息子に店を継がせる勇気がなくなった

息子に店を継がせる勇気がなくなった
「息子に店を継がせる勇気がなくなった」

そう寂しそうに語ったのは、ある飲食店の男性経営者です。コロナ禍で受けた500万円の融資。危機的な状況を乗り切る大きな支えになった一方で、返済という重い負担は今も続いています。こうしたなか男性は、借入金の返済を終えたら、自分の代でお店をたたむことを決めました。

(金沢放送局記者 竹村雅志)

ゼロゼロ融資という重荷

私が訪ねたのは、60代の男性が経営している石川県内の割烹料理店です。

36年前に開業し、常連客に支えられて営業を続けてきました。
しかしコロナ禍で状況は一変します。

相次いだ休業や時短の要請で、月に200万円ほどあった売り上げは激減。

国や自治体からの協力金や補助金を活用していましたが、家賃などの維持費が重くのしかかりました。
割烹料理店を経営する男性
「朝起きても店を開けられず何もしないで家に帰る。あのときは不安でうつ病のような精神状態でした」
いずれは、別の店で修行を積んでいた30代の息子に店を引き継ぐつもりだったという男性。

しかし、その将来像は大きく崩れてしまいました。

コロナ禍で背負った債務が、事業環境が大きく変化するなか、思いがけない大きな壁となったのです。

先が見通せない状況が続いていた3年前の5月、男性は当面の資金を確保するため、500万円を借りました。

新型コロナの影響を受けた中小企業が一定の条件のもと、実質無利子・無担保で融資を受けることができる「ゼロゼロ融資」です。

コロナ禍過ぎても戻らない客足

いずれ客足は回復し、経営を立て直せると考えていたという男性。

しかし、通常の営業を再開しても、コロナ禍でいったん遠のいた客足を完全に取り戻すことはできませんでした。
最悪の時期は脱したとはいえ、売り上げはいまも、コロナ禍前の7割ほど。

光熱費や食材費などこのところの物価の上昇も、厳しさに拍車をかけています。

しかし客足がさらに遠のくのではないかと値上げに踏み切れずにいます。
割烹料理店を経営する男性
「何とかやっていけていたので、コロナがなければお金を借りることはなかったです。常連の方もめっきり少なくなりました。コロナで外食するとか、遅くまで外にいるというのがなくなって、習慣化したようです」
ゼロゼロ融資の返済は、2年前から始まりました。

毎月10万円。

以前の売り上げなら問題にならなかったはずのこの金額が、いまは大きな重荷となっています。

利益もほとんど残らない状況です。
かつては、息子に店を引き継ぐ時には、築60年と老朽化した店の建物を改装するか、別の場所に新しく店を構えようと考えていました。

しかし、店を引き継ぐ勇気も金銭的な余裕ももうないと言います。

別の店で修行に励んでいた息子は結局、別の業種に転職しました。

借入金の返済を終えたら、男性は店をたたもうと考えています。
割烹料理店を経営する男性
「店の改装も現実的ではなくなりました。改装するにはまた融資を受けないと難しい。また借金を抱えると、その返済が息子にかかる。そこまでして店を引き継ぐ勇気がなくなりました。コロナがなければお金を借りることはありませんでしたし、修行を続けていた息子に店を継がせる方向に進んでいただろうと思います」

債務で事業の引き継ぎ困難に

この男性が暮らす石川県の信用保証協会は去年の冬、県内の60代以上の経営者を対象にアンケートを行いました。

その結果、予想を大きく上回るおよそ3割もの経営者が「自分の代で廃業する」と回答しました。

事業を引き継ぐことが困難となる背景には、収益の悪化や過剰債務による経営の悪化、後継者そのものの不足など、さまざまな要因があるとみられますが、協会では、コロナ禍で抱えた債務がいま、中小企業の事業の引き継ぎをより困難にする要因の1つになっていると見ています。
石川県信用保証協会 猪谷浩之 総務企画部長
「ゼロゼロ融資の返済が本格化し、経営者は債務の大きさを認識するようになった。借金があるなか、事業を引き継いでくれる人がいないのではと経営者は不安になっている」
アンケート結果を受けて、協会はことし7月、事業の引き継ぎに不安があれば相談を受け付けるという内容のチラシを配りました。

県内の事業者から寄せられた相談はおよそ50件。

その半数以上は、ゼロゼロ融資の債務により、事業の引き継ぎに不安を抱えているというものでした。
石川県信用保証協会 猪谷浩之 総務企画部長
「(寄せられた相談は)氷山の一角だろうと思います。どこにも相談せずに事業継続をあきらめる方がもっといるはずです」
こうした状況を少しでも食い止めようと、協会では支援を強化しています。

協会では、中小企業診断士などを事業者に派遣する制度の活用を呼びかけています。

この制度は、リーマンショックを受けて始まりましたが、協会ではゼロゼロ融資の返済が本格化したことし7月以降、より積極的にPRしています。

コロナ禍から企業は

民間の信用調査会社「東京商工リサーチ」によると、「ゼロゼロ融資」を利用した後の企業の倒産件数は、ことし4月から9月までの半年間に333件。

前の年度の同じ時期に比べ44%あまり増えました。

景気は回復傾向にあるものの、物価高や人手不足などの課題に直面する企業は少なくありません。

こうしたなか、信用調査会社では、業績の回復が遅れてコロナ禍で抱えた債務の返済などが困難となり、倒産や事業の継続を断念する企業が増加するのではないかと懸念を強めています。
東京商工リサーチ 原田三寛情報部長
「これまでも過剰債務が事業承継の足かせになっている状況はありましたが、コロナ禍を経て、債務を抱える事業者が増え、債務残高も大きくなっています。ゼロゼロ融資による過剰債務は、承継を断念させる流れを加速させた面があります。(廃業の増加で)雇用が減って、人口の減少が進み、取引先の経営まで立ちゆかなくなる連鎖廃業がおきる可能性もあります」
ゼロゼロ融資などのコロナ対応の貸し付けはことし8月までに44兆円に上っています。

ゼロゼロ融資の返済は、この夏以降、本格化しています。

コロナ禍で体力を奪われた事業者は、どのように経営を立て直していけばいいのか。

企業の状況に応じた支援の充実も求められているのではないかと感じました。

(10月17日「かがのとイブニング」で放送)
金沢放送局記者
竹村雅志
2019年入局
警察や行政取材を経て現在は経済取材を担当