【詳しく】中東情勢 米に対抗姿勢のロシア 外交戦略のねらいは

イスラエルはガザ地区への地上侵攻を進め、ハマスを壊滅させるとしています。これに対してロシアのプーチン大統領はパレスチナ寄りの立場から、イスラエル支持のアメリカに対抗する姿勢を示しています。

今後、プーチン大統領はどのように動こうとしているのでしょうか。NHKの元モスクワ支局長で長年ロシアを取材している石川一洋専門解説委員に聞きました。

※11月15日「キャッチ!世界のトップニュース」で放送した内容です
※動画は9分35秒、データ放送ではご覧になれません

Q.世界の注目はウクライナからパレスチナに移っている状況です。
プーチン大統領はこれをどう見ているでしょうか?
(聞き手 望月麻美キャスター)

石川一洋専門解説委員
A.アメリカの関心がウクライナからイスラエルに移ってきたのは、プーチン大統領にとっては好ましい状況で軍事支援が滞る事態を待ち望んでいるでしょう。

プーチン大統領は今回の事態を招き世界中に不安定を広げているのはアメリカだというレトリックでアメリカ批判を強めて、反米感情を世界に拡散しようと狙っています。

プーチン大統領
「アメリカとその同調者が世界的な不安定さから利益を得ようとしている。戦争の中で血に塗られた利益を得ようとしているのだ」

Q.またハマスの攻撃とロシアとの間に何かつながりはあるのでしょうか?

A.ロシアはハマスの政治組織とは関係を保ち、ハマスをテロ組織とは呼んでいません。交渉の相手と認め、実際にモスクワでハマスの代表と人質の解放について交渉しています。しかしイランのようにハマスの後ろ盾ではなく、直接ハマスの襲撃にロシアが関与した可能性は低いと思います。ロシアはいわば漁夫の利として、中東におけるアメリカの影響力を下げるために今回の危機を利用しようとしています。

ロシア政府の安全保障外交政策に詳しいスースロフ高等経済学院教授は次のようにロシア側の見方を述べています。

スースロフ高等経済学院教授
「ハマスのテロ行為とイスラエルのガザ地区への攻撃が導き出した結論は、パレスチナ国家の建設なくして中東における平和不可能だというだ。パレスチナ問題を解決することなく、サウジアラビアとイスラエルの関係を正常化しようとしたアメリカの政策は破綻した」

A.つまり、アメリカが仲介して2020年に実現した、イスラエルとUAEアラブ首長国連邦の関係正常化、さらに交渉中だったサウジアラビアとの関係正常化は、どちらもパレスチナ問題の解決なく進めようとしたことである、その政策は破綻したという主張です。サウジアラビアやアラブ首長国連邦もアメリカとイスラエルへの批判を強めていることを中東でのロシアのプレゼンスを増す絶好の好機ととらえているでしょう。

ただパレスチナ問題の解決といういわば正論を掲げたロシアですが、アメリカの影響力低下のためにパレスチナ問題を政治利用しようとしているシニカルな立場ともいえます。安保理の常任理事国としてのロシアは平和の構築に何をしているのだという批判は免れないでしょう。

Q.アメリカ外交の破綻はロシアの利益ということで、中東でも反米路線を明確にしているということですね。

A.アメリカとの対立軸という観点でロシアはパレスチナ寄りの立場を取っています。

ただロシアの中東での外交は、サウジアラビア、イラン、そしてイスラエルと様々な矛盾と対立に満ちた中東において、あらゆるプレーヤーと良好な関係を維持したいというバランス外交が本質です。

特にイランとサウジアラビアとの関係を両立させることを重視しており、イランとサウジアラビアの立場がパレスチナ問題で近づいたことは、ロシアにとって好都合と考えているでしょう。

ロシアは来年BRICSの議長国で、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦そしてエジプトという中東の主要なプレーヤーを新規加盟国に加えた拡大BRICSの首脳会議を主催します。

こうした機会を利用して、中国とともにイランやサウジアラビアとの協力関係を深めて、パレスチナ問題においても政治的な動きを仕掛けてくるかもしれません。すべては中東においてアメリカの影響力をできる限り低下させることを目的としています。

ただこうした都合の良いバランス外交を続けられるのは、危機が中東全体に飛び火しないことが前提となります。

もしも紛争にレバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、さらにもしもイランがイスラエルとの軍事衝突に直接参加すれば、アメリカとイランの直接の軍事衝突になりかねず、バランス外交を続けることは難しくなります。

Q.イランとサウジアラビアとの関係を重視しているということですが、ロシア国内の状況はどうなのでしょうか?

A.ロシア国内に反ユダヤ主義を噴出させる恐れはあります。2000万人以上のイスラム教徒、そしてユダヤ人も数多く住んでいます。先月ロシア南部ダゲスタンで反イスラエルの暴動が起きて空港に暴徒が侵入する事態となりました。

ダゲスタンは敬虔なイスラム教徒が多い多民族の共和国ですが、山のユダヤ人と言われるユダヤ系も住んでいます。

国営テレビで共にウクライナへの軍事侵攻支持では一致する司会者ソロビヨフ氏とユダヤ系の中東専門家サタノフスキー氏、イスラエル出身の軍事専門家ヤコフ氏がロシアがパレスチナとイスラエルをどちらを支持するかでは、激しく対立する場面も出ています。

プーチン大統領はアメリカに責任転嫁することで国内に対立の火種を収めようとしています。

ロシアのバランス外交にとって、もっとも難しいのがイスラエルとの関係をできるだけ損なわないようにするということですが、国内に民族紛争が飛び火する恐れもあります。

Q.ロシアがパレスチナ寄りの姿勢を取ることは、イスラエルとの関係を犠牲にするということになりませんか?

A.実はプーチン大統領のもとロシアとイスラエルとの関係は深まってきました。

特に2000年代、初期のプーチン政権はチェチェンなどイスラム過激派との激しいテロとの戦いを続け、ネタニヤフ首相との連携を強めました。

もしも2000年代のプーチン大統領であればよりイスラエル寄りの立場を示したかもしれません。

ロシアはウクライナへ軍事侵攻を続けています。

しかしイスラエルはウクライナへの全面的な軍事支援は避けておりますし、また厳しい対ロシア制裁には参加していません。

一方今回、プーチン大統領は、民間人の虐殺は非難しても、ハマスを明確に非難することは避けていますイスラエルはロシアの態度に大きな失望を覚えているでしょう。

スースロフ教授はプーチン大統領はイスラエルのガザへの攻撃を厳しく非難しながらもイスラエルと敵対的な関係にならないようにリスクマネージメントを行っているとしています。

スースロフ高等経済学院教授
「ロシアは国連安保理の場で反イスラエルの決議案を主導することはないし、ハマスやヒズボラのようなイスラエルの敵に武器は渡さないだろう」

Q.まさに綱渡りといえますが、果たしてこのバランス外交、思惑通りに行くのでしょうか。

A.八方美人のバランス外交は、見た目は良いのですが、だれからも信用されません。

イスラエルにも旧ソビエトから多数のユダヤ系の人々が移住しています。まさにロシアからの移住者がハマスの攻撃に対してあいまいな態度を取るプーチン大統領に怒りを募らせています。イスラエルの対露政策が転換する契機となるかもしれません。

いずれにしてもロシアは中東でのアメリカの影響力を低下させる好機とみており、中東がウクライナとともに米ロ対立の主戦場となるでしょう。