中国の地方都市 高まる財政破綻リスク 債務1800兆円の衝撃

中国の地方都市 高まる財政破綻リスク 債務1800兆円の衝撃
不動産大手の「恒大グループ」や「碧桂園」などが相次いで経営危機に陥り、不動産不況の波が押し寄せている中国。

経済成長が失速する中で、さらに中国経済の長期低迷を招きかねない大きなリスクが隠されていました。1800兆円を超える、地方政府の債務です。

それにより、財政破綻のリスクを抱える地方都市がいくつもあることが、NHKの独自取材で見えてきました。

(NHKスペシャル シリーズ調査報道・新世紀File1 中国“経済失速”の真実 取材班)

“財政悪化” 貴州省の実態

ことし2月、中国の貴州省政府のシンクタンクが、緊急を知らせる声明を発表しました。

「債務の問題は重大で緊急に解決すべきだが、財政が限られているため、この問題を解決するための進展が極めて難しい。自分たちだけでは、効果的に解決できないことが明らかになった」

貴州省の地方政府で、返済不可能にまで膨らんでいるという債務。一体、何が起きているのか。私たちは、中国内陸部に位置する貴州省の省都・貴陽に向かいました。
もともと貴州省は、中国の中でも貧しいとされてきた地域の一つでしたが、2000年以降、貧困脱却を目指す中央政府のかけ声のもとで開発が進められてきました。

その結果、この20年にわたりGDPが年平均で10%を超える成長を遂げてきたのです。
しかし、街の郊外に出てみると、目についたのは工事が中断して放置された道路や橋、建物の数々でした。

道路ができてもあまり車が通らないため、農地の代わりに使っている農家もいました。
農家の人
「ここはまだ道路が完成していないし、車もほとんど通らない。だから唐辛子を干しているんだ。道路ができることを期待するのはやめた。道路ができても、生活が便利になるとも思えないし」

背景に「特殊な投資会社」

なぜ、このような事態に陥ってしまったのか――。

GDPを成長させるために、道路や橋などのインフラ開発を推し進めてきた貴州省。しかし、開発のための財源には限りがありました。そこで地方政府が出資して作ったのが、「地方融資平台」と呼ばれる特殊な投資会社でした。

中国の地方政府は、中央から認可された債券発行以外、資金調達が認められていません。それを回避して、資金をより集めるのが融資平台です。

銀行からの融資や債権の発行によって資金を集め、インフラ開発を推し進めてきたのです。
このスキームは、じつは中国全土の地方政府が利用してきたもので、融資平台は今では全土に1万以上あると言われています。
しかし、ここにきて、開発による収益が思うように上がらず、資金繰りが悪化する融資平台が相次いでいます。

特に、貴州省の融資平台の中には、銀行からの融資の返済が困難となり、返済を20年間繰り延べにすると公表したところも出てきているのです。
融資平台の資金繰りが悪化すれば、影響を受けるのは地方政府です。

公式の統計では、地方政府の債務の中に融資平台の債務は含まれていませんが、実際には地方政府が返済に関して保証しているとみなされているため、融資平台の債務は地方政府の「隠れ債務」と言われているのです。

地方政府の債務 1800兆円

では、地方政府の債務はどれくらいにのぼるのでしょうか。

IMF=国際通貨基金の試算によると、地方政府が公式に発表している債務は35兆元、日本円にすると約700兆円です。「隠れ債務」については56兆元、日本円で約1100兆円となり、合計1800兆円にものぼっています。
しかし、この金額がそれぞれの地方政府にとってどのくらいインパクトがあるのか、個別の債務がわかるデータについては、ほとんど公表されていません。

そこで私たちは、隠れ債務である融資平台の債務データをどうすれば入手できるのか、シンクタンクや大学の研究者など、複数の専門家を取材。そして、中国の民間企業がこうしたデータベースを保有していることを知り、入手しました。

まず、地方政府ごとの「債務比率」を調べました。債務比率とは、地方政府の収入に占める債務残高の割合のことで、財政の悪化状況をはかることができます。

31の省や直轄市のうち、債務の比率が最も悪い10と、最もよい10を調べた結果が下記の表です。
ワースト1位は沿岸部にある天津です。ただし債務比率が悪いのは、ほとんどが中部地域や西部地域の内陸に位置しています。これは、依然として、沿岸部と内陸側で地方政府の収入に大きな差があるためです。
例えば、中国南東の沿岸部に位置する広東省。IT産業で急速に発展を遂げた深セン※などがあり、債務の総額をみると全国6位ですが、政府の収入が多いため、債務比率にすると全国28位。債務の負担は少ないことがわかります。(※セン=土へんに川)
一方、内陸に位置する貴州省は、債務総額約55兆円。債務比率にして667%で、ワースト4位となっています。

さらに、貴州省の債務比率の推移を見てみると、2021年から22年にかけて急速に悪化していることが分かります。調べてみると、貴州省に限らず、多くの地方政府の収入が21年から22年にかけて減少していました。
なぜ、急速に債務比率が悪化したのでしょうか。

大きな要因の一つが、地方政府が依存してきた「土地収入」の減少です。中国では土地は国が所有していますが、地方政府は土地の使用権を不動産開発会社に売り、その収入をインフラ開発などの財源にあててきました。

しかし、昨今の不動産会社の業績悪化に伴って、この使用権の売却収入が落ち込み、不動産業界に依存して経済を成長させてきた地方政府にとって、大きな痛手となったのです。

“財政悪化の警戒ライン” 80以上の都市

地方政府の財政状況が悪化することに、中央政府も危機感を募らせています。

中国国務院は「地方政府の債務リスクに対する緊急対応計画」という文書を発表。地方政府の債務が危機的状況にある場合、財政再建計画を開始しなければいけないとしています。
その基準については「債務の利息支払いが政府の支出の10%を超える場合」となっています。この基準は財政破綻につながりかねない、“財政悪化の警戒ライン”と考えられています。

では、中国の都市(地級市)レベルで見たとき、どれくらいの都市が警戒ラインを超えているのか。

私たちは、アメリカのシンクタンク・ロディウムグループで中国の債務問題を分析しているローガン・ライト氏に協力を依頼。利息の支払額のデータの提供を受け、分析を試みることにしました。
分析対象の利息の支払い額には、「隠れ債務」の利息も含まれています。すると、データが利用できる205の都市のうち、財政再建を必要とするレッドラインを超えているのは、87都市にのぼることがわかったのです。

ローガン・ライト氏は、最悪のシナリオも想定する必要があると、警告を鳴らします。
「今まで融資平台が発行する債券は、地方政府が“実質的に保証”していたため、安全で債務不履行となることはないと考えられてきました。しかし、実際には、一部で支払いの遅延が起きています。もし、債務不履行に陥る可能性が出てくると、債券の信用は一気に落ちてしまうでしょう。確かに、債務不履行に陥る融資平台が出てきても、2~3社くらいであれば、強引に政治の力で押さえ込むことができるかもしれません。しかし、いったんそういうことが起きれば、債務不履行の連鎖の波が押し寄せることになります」
その上で、今までのように投資に頼った成長モデルを維持することは難しいと指摘します。
「融資平台を使った投資の成長モデルは、地方政府にとって自分たちの懐を痛めずに公共インフラへの投資ができるため、都合のいいものでした。しかし、もはや投資の拡大を見込むことはできません。多くの人は、中国はこれからも、政府の掲げる目標通りGDP成長率5~6%を維持できると考えているかもしれませんが、それは非常に非現実的です。中国の成長ペースは今後、鈍化していくでしょう」

データ分析から判明した「危機的状況」

中国の地方政府の財政が悪化していることは、近年多くの研究者が指摘し続けてきました。しかし、特に「隠れ債務」に関するデータは、あまり表には出てこないため、その詳細な実態が分かってきませんでした。

今回分析できたのは一部ではありますが、中国の地方財政の危機的な状況、そして、従来の投資に頼った成長モデルを変えなければ、中国経済は長期低迷につながりかねないリスクをはらんでいることが見えてきました。

このことは、中国と経済的なつながりの強い日本にとっても他人事ではなく、中国経済の動向は今後も引き続き、取材していきたいと思います。
(11月5日「NHKスペシャル」で放送)
プロジェクトセンター ディレクター
高橋裕太