戦争をデジタル技術でリアルに 東大教授と学生が届けたいこと

市民に犠牲が出る戦闘が各地で続いています。
イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突は1か月を超え、ロシアによるウクライナへの侵攻は開始から1年8か月がたちましたが、どちらも先の見えない状況です。
一方、戦争を体験した世代が少なくなった日本。東京大学の学生たちが最新のデジタル技術を駆使して戦争の記憶を次の世代に届ける取り組みを行っています。
(ニュースLIVE!ゆう5時 ディレクター 溪美智)

“爆撃された建物が目の前に” VRでウクライナの被害を体験

ウクライナの被害の実態を「VR(バーチャル・リアリティー)=仮想現実」で体験できると聞き、東京大学大学院・情報学環の、渡邉英徳教授の研究室を訪ねました。

専用のゴーグルをつけるとデジタル空間に再現されたウクライナの現地の様子を360度見ることができます。

映し出されたのは首都キーウ近くの村、ホレンカでロシア軍の攻撃を受けて損壊した集合住宅です。まるで現場に入り込んだような臨場感がありました。

VRの中を見渡すと建物の前に壊れた滑り台が置かれていました。

子どもたちが暮らしていた日常が爆撃によって一瞬で失われたことが伝わってきます。

こちらはロシア兵によって350人以上が監禁されていた小学校です。

壁には日付を把握するためのカレンダーや子どもが描いた絵、さらに亡くなった人の名前などが書かれています。

私は精巧に再現されたVR空間に引き込まれ、“すぐそこにあった暮らしが破壊された”ということを全身で感じたような感覚に陥りました。

ゴーグルを外しても、しばらく違和感が残り、不思議な感覚が続きました。

VRコンテンツを企画・開発した渡邉英徳教授は人工衛星から撮影したウクライナの画像や現地のクリエイターなどが制作しネット上に公開している3Dモデルを入手し、デジタル地球儀プラットフォーム「Cesium」にマッピングして公開しています。

そして、ことし8月には私が体験したウクライナで被害を受けた建物などの3Dモデルが見られるVRコンテンツを完成させました。

東京大学大学院 渡邉英徳教授
「『われわれが生きている日本の普通の街と同じような街がウクライナでは破壊されて、生活の場が奪われた』というような感覚を3Dのデータであればよりビビッドに伝えられる。一人でも多く『生活の場が奪われるような戦争は嫌だ』という直感的な感覚を持つ人が増えることはとてもいいことなのではないかと思います」

渡邉さんに3Dモデルを提供したのはウクライナ現地のクリエイター、キーウ在住のヤロスラフ・ハライチクさんです。小学校の3Dモデルなどを撮影しました。

ヤロスラフさんに映像に込めたメッセージを聞きました。

ヤロスラフ・ハライチクさん
「3Dモデルの撮影は戦争の恐怖とは何か、戦争とは何なのかを、ことばではなく視覚的に記録するために行っています。すべて将来同じことが起きるのを防ぐためにしているんです。つまり、この画像は『戦争が起きたらどうなるか、見てください。そして繰り返さないでください』という未来へのメッセージでもあります。私たちは血を流しています。こんなことが二度と起こらないように、それが私の願いです」

戦争を伝える東大生 “原爆投下直後の広島をアバターで歩く”

渡邉さんのもとで学ぶ学生たちはそれぞれが独自の切り口からデジタルを使って戦争を伝える研究に取り組んでいます。

その1人、大学院生の小松尚平さんは最新の機械を使って、若者に身近に感じてもらえるコンテンツを制作しています。

人が中に入れて、四方八方に28台のカメラが設置された機械。

全身を同時に撮影することで服装や髪の毛までそっくりなアバター、自分の分身を作ることができます。

このアバターを原爆投下直後の広島の古い写真に合成し、パソコンなどで操作すると、すべてが焼き尽くされ、がれきが広がるの広島の街を歩き回ることができます。

写真の中で自分の分身を動かすことで貴重な資料である当時の写真をじっくり見て興味を持ってほしいというのがねらいです。

大学院生 小松尚平さん
「戦争の現実みたいなものを肌で感じることはすごく難しい。日本で戦争を体験した世代がもういなくなってしまうこのタイミングで作らないと、そうした人たちの声や記憶、災いの経験というものを次の世代に継承できないと思います」

人気ゲームを利用して子どもたちが戦争を考えるきっかけを

子どもたちに身近な「ゲーム」を使って戦争や平和について考える場を作った学生もいます。

同じく大学院生の片山実咲さんは広島市で小学生を対象にワークショップを開きました。

ワークショップでは、まず、広島市内の資料館で原爆投下前後の町並みや暮らしについて学び、どのような建物があったのかなど町の概要を把握します。

続いて、子どもたちは広く普及している市販の“街づくりゲーム”を使って、原爆によって破壊される前の町を作っていきました。

自分たちが手を動かして作り上げた町が原爆によって一瞬にして消える。原爆の恐ろしさを感じてほしいことが目的です。

大学院生 片山実咲さん
「原爆が投下される前についてしっかり学ぶことで、原爆が奪ってしまったものの本質に迫ることができるのではないかと考えました。命だったり、当たり前の日常だったり、家族との温かい場所だったり。そういった戦争が奪うものを子どもたちなりに理解してほしい。そして願わくば、それはいけないことだ、と自分ごととして考えてもらえたらいいなと思って」

ゲームを使ったワークショップを経験したうえで子どもたちは被爆者の話を聞きました。

町の変化や暮らしが一変した様子について理解を深めている様子が見られました。

ワークショップに参加した子ども
「核兵器の恐ろしさが身に染みてわかりました。この経験をいかしてこれからも積極的に平和に関わる活動をしていきたいです」

「僕は近所の人に優しくしたりして平和を作っていこうと思います」

“戦争の解像度を高める” 動物写真から見えるもの

かつて、軍隊が馬や犬など戦地に連れていく「従軍動物」がいました。

大学2年生の冨田萌衣さんと岡野明莉さんは新聞社に残る「従軍動物」の写真だけを集めたデジタルアーカイブに取り組んでいます。

デジタルアーカイブは写真が撮影された場所の緯度と経度の情報をもとにデジタル地球儀の上で正しい位置を割り当てマッピングします。

どんな場所で撮られたどんな写真なのか、デジタル地球儀の上を旅するような感覚で見ることができるコンテンツを目指しています。

冨田さんは戦時中しばしば撮影されていたという動物の「墓」の写真に注目しました。

馬を埋葬したとみられる場所で軍服姿の人々が敬礼しています。

当時、こうした写真が新聞で報道されていたことに冨田さんは戦争を伝えるとはどういうことなのか、改めて考えさせられたと言います。

大学2年生 冨田萌衣さん
「動物たちを撮った写真から当時の人達が戦争に対してどんなふうに考えたかったのかといった、一歩引いた目線みたいなものも写真アーカイブを通じて伝えられたらいいなと思っています」

一方、岡野さんは従軍していた犬の写真だけを集めました。

出撃前に兵士が犬を抱いている瞬間や犬がエサを食べている瞬間など具体的な場面を見ることで、戦争に対する解像度をあげてもらいたいと考えています。

岡野明莉さん
「今までは戦争っていうものに対してぼんやりとしか理解していなかったけれど、
戦時中の写真には出来事の一瞬一瞬が切り取られている感じで、具体的な所まで想像が及ぶようになったと思います」

従軍動物の写真を集めたデジタルアーカイブ、完成は来年2月ごろを予定しています。

“物理的な壁” “時間の隔たり” をデジタルで解消

私は日本で生まれ育った20代の若者の1人として、「戦争」を実感を持って捉えることに難しさを感じ、自身の世代がそんな状態では次の世代にも正しく伝えられない、と危機感を覚えていました。

しかし今回の取材で渡邉教授のもとに集まった若い学生たちのアイデアの多様さ、力強さを感じました。

紹介したほかにも多くの学生が独自のやり方で戦争を伝え考えるための研究を行っています。

物理的な壁や時間の隔たりが引き起こす課題をデジタル技術で解消し伝えていく取り組みに光を見いだした取材でした。

(11月6日「ニュースLIVE!ゆう5時」で放送)