秋の味覚 サケに異変が “いくら丼が食べられない?”

秋の味覚 サケに異変が “いくら丼が食べられない?”
山形県庄内地方にある酒田支局に勤務して3年目。私の秋の楽しみといえば、酒田市のお隣、遊佐町の「いくら丼」。プチッとした食感がたまらない。

秋になると故郷の川に帰ってくる「サケ」。遊佐町は、100年以上にわたってサケの人工ふ化に取り組む「鮭の町」だ。これから年末年始にかけて、サケやイクラの需要が高まってくる中、ことしは、サケに異変が起きている。

「捕獲数が大幅に減っている」
(山形放送局 記者 和田杏菜)

本州を支えるサケ

秋田県との県境にある山形県遊佐町。

人口およそ1万2500。日本海に面し、鳥海山が一望できる自然豊かな町だ。
遊佐町で放流されたサケの稚魚はオホーツク海やベーリング海などを巡り、およそ3年の歳月を経て故郷の川に戻ってくる。

この町の秋の風物詩はサケの捕獲。
山形県内の捕獲数のおよそ9割を占めている。
また、水産研究・教育機構のまとめでは、昨年度の日本のサケの河川での捕獲数は、北海道に次いで、山形県が2番目に多い。

ここ数年、不漁の岩手県や宮城県など太平洋側をはじめ、日本海側の新潟県など各地に卵を提供している。

昨年度は426万粒の卵を提供。
山形県は本州のサケの資源を支えているといえる。
遊佐町で人工ふ化に50年以上関わる尾形修一郎さん(75)。

祖父の代からサケに関わり3代目になる。

尾形さんに、サケの人工ふ化の魅力について聞いてみた。
尾形修一郎 組合長
「卵をとって育てたサケが、成長して川に飛び跳ねながら帰ってくる姿をみると、やりがいを感じる、もっと頑張ろうという気持ちになる。川にサケがいっぱいいるとうれしいし、気持ちもポジティブになる」

“自然の恵み”と“最新の設備”

なぜ、遊佐町ではサケの遡上(そじょう)が盛んなのか。

町ではサケの人工ふ化に、明治時代から100年以上、取り組んでいる。
町内を流れるのは「月光川水系」。川幅が狭いのが特徴で、遡上してくるサケをせき止める「ウライ」と呼ばれる仕掛けを設置して捕獲している。

尾形さんは、この川幅が重要だと話す。
尾形修一郎 組合長
「幅の広い川では大雨があった場合、根こそぎ『ウライ』が流されることがたびたびある。月光川水系では、川幅が狭いので、流されることがない。これがサケの資源をつくる意味ではプラスに働いてきた」
平成28年には、尾形さんの組合が3億円ほどかけて最新の人工ふ化場を整備。人工ふ化の技術が高い北海道から学んだ。

その1つが「大型の飼育池」。
稚魚にストレスをかけないように以前のおよそ9倍の大きさにした。
尾形修一郎 組合長
「悠々と魚が泳ぐことができて、敏しょう性のあるいい稚魚ができるようになった。この施設のポテンシャルを高めることによって、われわれの将来は、まだまだ大丈夫だと思う」

サケに異変

しかし、ことしはサケにとって、いつもと状況が違うようだ。
遊佐町の道の駅鳥海「ふらっと」では、例年、10月中旬には「いくら」が入荷するが、ことしはまだ入荷できていない。
道の駅のこの時期の名物は地元産のいくらをふんだんに使った3500円の「いくら丼」。しかし、ことしは昨シーズンのいくらを冷凍保存していたものを使用している。

道の駅の担当者は次のように話す。
道の駅 担当者
「本来であれば、いまが旬のことしのものを使いたいところだが、いまは昨年のいくらを冷凍保存したものを提供している。しかし、これも数が限られているため、これからサケが増えてくることを願うばかりだ」

変わる海の環境

「サケにいったい、何が起きているのだろうか」
この地方の河川での捕獲数を過去3年間で比較してみた。
尾形さんの組合では、9月中旬に始まるサケの遡上が、ことしは2週間ほど遅れた。

さらに、10月に入ってからも少なく、ことしは10月末時点で捕獲数は1329匹となっていて、去年の同じ時期の17%、おととしの28%にとどまっている。
【過去3年間 総捕獲数(10月末時点)】
▽令和3年度:4762
▽令和4年度:7635
▽令和5年度:1329(前年度比 17%)
尾形修一郎 組合長
「初めての経験で気をもんでいる。これまで捕獲数が少ないと“遅れている”という捉え方をしていたが、非常に心配
山形県だけでなく、ことしは本州全体が同じような状況だ。

水産研究・教育機構や宮城県などによると、
▽9月末時点の本州全体の河川での捕獲数は去年の同じ時期と比べてわずか9%。
▽10月に入っても少なく、太平洋側の宮城県や岩手県などでも10%~20%程度にとどまっている。

背景にあるのは、ことしの記録的な暑さの影響などによる「海面水温の上昇」とみられている。
サケの生態などに詳しい北海道大学の帰山雅秀名誉教授は、気象庁のデータをもとに山形県沿岸のことし9月の平均の海面水温を分析した。

その結果、去年より3度も高い26.4度。この100年で最も高かった。

さらに気象庁によると、10月も海面水温は例年より1度から2度ほど高くなった。
北海道大学 帰山雅秀 名誉教授
「日本海側のサケは、太平洋側のサケに比べて減少傾向が小さく、環境変化への適応力が高い傾向があった。しかし、ことしは日本海側でも海面水温の上昇の影響を受けたことが考えられる。遡上が2週間も遅れることはほとんどない。サケは、沖合で遡上のタイミングを待っている段階で体が成熟してしまって、帰って来られなかった可能性も考えられる」
さらに帰山名誉教授は、サケの稚魚が放流された3年前の海面水温が高かったことも捕獲数に影響を及ぼしている可能性があると指摘している。
サケの稚魚は川を下ったあと、沖合へ旅立つ前に沿岸に滞在して成長する。しかし、海面水温が上昇すると、サケの滞在期間が短くなり、体力がつく前に沿岸を離れてしまうのだ。
北海道大学 帰山雅秀 名誉教授
「3年前の春の海面水温も高く、サケにとって厳しい環境だったことが考えられる。ことしは暖冬とも言われている。ここ数年の暖冬は、よくとしの春の暖かさとも関係しているため、来年もこの状態が続くとサケの稚魚の沿岸生活への影響が心配される」

“貴重なサケ資源を守りたい”

尾形さんの組合でも海面水温の変化には神経を使っている。

ことしは町内でふ化させる分の卵を確保するのに精いっぱいで、ほかの県からすでに要望があるが、卵を提供できる見通しはまだ立っていない。
月光川水系では、例年11月末に、再び遡上(そじょう)のピークが訪れる。

「過酷な環境にも耐え、ふるさとに戻ってきてほしい」

尾形さんの今の思いだ。
尾形修一郎 組合長
「先人の熱意が代々伝わってきて、私たちもその志を理解して、いま頑張っている。この厳しい環境の中で帰ってくるサケがいるので、われわれも、もっともっと努力して、負けない丈夫な稚魚を育てて放してやることが、大事だと思っている」

【取材後記】

私は酒田支局に着任してから毎年、尾形さんの組合を取材している。例年だとほぼ毎日サケの捕獲が行われているが、ことしは1日おきに捕獲するなど、自然が相手とはいえ、寂しく感じた。
月光川水系のサケは、遊佐町にとって重要な産業であるだけではなく、全国のサケの事業者にとっても欠かせない存在になっている。

海の環境がめまぐるしく変化する中、尾形さんたちは、これまでも環境の変化に負けない稚魚を育ててサケを守ってきた。

そして、11月末のピークに、多くのサケが遡上してくることを願いたい。

(11月1日「やままる」で放送)
山形放送局 記者
和田 杏菜
2016年入局
甲府局を経て山形局
おととし11月から酒田支局で庄内地方の話題を取材
夏は「岩ガキ」秋は「サケ」と遊佐町のおいしい食べ物に感動させられっぱなし