クマ行動記録から見えてきたこと “人とクマとの陣取り合戦”

クマ行動記録から見えてきたこと “人とクマとの陣取り合戦”
捕獲され、麻酔でぐっすり眠っている若い雌グマです。

人を怖がることも知らず、市街地近くに出てきていました。もし問題を起こしていたら駆除されていたかもしれません。

しかし3年後、その雌グマは市街地に出てくることはなくなりました。

「捕獲と駆除は必要。でもそれだけでは被害は繰り返される」

人とクマが適切な距離をとってすみ分けることはできるのか。長期的な対策で被害を防いできた町で現地調査に同行取材しました。

クマ調査に同行取材

その町とは、長野県軽井沢町です。

クマの生態に詳しい人材がいるNPO法人に委託し、20年以上前から対策を続けています。
NPOはまず、わなで捕獲したクマの首に発信器を取り付けて、行動を追っています。冒頭で紹介した2歳のクマも、その1頭です。
NPO法人ピッキオ 田中純平さん
現実にクマによる被害が起きている中で、“なぜ捕獲したクマをまた森に返すのか”という意見もあります。軽井沢でも以前はそうした声が聞かれました。ただ、行動を調べていくことで初めて見えてくるものもあります。
NPOではこの発信器から発せられる電波を手がかりに、クマの活動が盛んになる6月から10月にかけて、毎日欠かさず現地でクマの行動調査を続けています。

10月下旬、この調査に同行させてもらいました。

深夜から早朝にかけ、森の中で

深夜、スタッフたちは車で森の中へと入っていきます。

いま、発信器を取り付けているクマは38頭です。少しずつ移動しながら、アンテナを使って1頭1頭の電波を受信、位置を特定していきます。
調査は毎日、夜中から早朝にかけて行われています。

クマはもともと日中に行動しますが、人の住む地域に近づくと人目を避けるために夜行性になる傾向があるからです。

もし人の地域に近づきすぎているクマがいることがわかれば、人が活動を始める朝までに、山側の方へと戻す必要があります。

人が動く時間までに山へ 明け方の攻防

夜明け前、1頭のクマから電波を受信しました。

「だいたい、ここから数百メートルのところにいると思います」
市街地にほど近い場所までたびたび来ていたことから、これまでも動きを注視していた1頭でした。この日は住宅地のすぐ近く、JRの駅からわずか1キロの距離にまで近づいてきていました。

NPOでは調査の際はいつも「ベアドッグ」と呼ばれる特殊な訓練を受けた犬を連れて行動しています。
ベアドッグは匂いを察知してクマを見つけると大きな声でほえて威嚇します。これがクマに「この場所にいては危険だ」と理解、学習させることにつながるといいます。

もし発信器を付けていないクマが近くに潜んでいた場合にも匂いで気付くため、スタッフの安全確保にも欠かせない存在です。
スタッフはベアドッグとともに、見つけたクマの近くへ追い払いに向かいました。

日の出が近づき、人が散歩で外に出始める朝が迫っていました。

危険を伴う追い払いの現場には同行せずに車の近くで待機していると、ベアドッグがほえる大きな声が響きました。

クマは山林の方向へと逃げ去っていったということです。
NPO法人ピッキオ 関良太さん
クマに“ここは安心して食べられる場所じゃないよ”ということを、変わらず教え続けることが必要だと思っています。気付いたら人のエリアに入ってきてしまっているとなるとまずいので、地道で大変なこともありますけど、シーズン中は毎晩、責任を持ってどこにいるか調べるようにしています。

かつてクマ被害が相次いだ町

実は軽井沢町では、1990年代後半から2000年代の初めにかけて、たびたびクマが人の住むエリアに出没していた時期がありました。
クマに街なかのごみ箱を荒らされる被害が多発。市街地に出てきたクマに人が襲われ、けがをすることもありました。

言わずと知れた歴史ある避暑地・別荘地で、年間を通じて多くの観光客が訪れます。

被害が深刻化すれば、町のブランドが傷つきかねない。どうやって防ぐかは、喫緊の課題となっていました。
一方で、葛藤もありました。

町の森林エリアの多くは国の「鳥獣保護区」に指定され、猟銃を使うことが禁止されています。

また、さまざまな野生動物も生息する自然の豊かさに魅力を感じて訪れる人も少なくない中で、駆除だけに頼った対策に踏み切ることはできませんでした。

そこで取り組んだのが「ゾーニング」と呼ばれる対策です。

3つのエリアに「ゾーニング」

軽井沢では町全体を3つのエリアに分けて、人とクマとのすみ分けを目指しています。

「森林エリア」はもともとクマが生息してきた場所です。「市街地エリア」には人が多く暮らしています。

そして、その間に設けたのが「緩衝地帯」です。森の中に別荘も点在して、人もクマも出入りするエリアです。
森の中にブナなどのエサが不足していたり、ほかのクマとエサ場をとりあった結果、どうしても「森林エリア」から出てきてしまうクマもいるといいます。

「緩衝地帯」では、特に人との接触の危険が高い日中にはクマが入ってこないよう、働きかけに取り組んできました。

同行取材した調査でも、主にこのエリアから「森林エリア」にクマを追い払っていました。

1頭1頭、個性が

これまでに発信器をつけて行動を追跡してきたクマはあわせて217頭にのぼります。

NPOでは、1頭1頭のクマに管理番号などにちなんだ名前をつけて管理してきました。
ひとことで「クマ」と言っても個性があり、山の中にずっととどまっているクマもいれば、広範囲に動きまわるクマもいます。

人里に出てきて問題を起こすのは、その中のごく一部のクマだということです。
NPO法人ピッキオ 田中純平さん
1頭1頭にどんな個性があってどういう動きをするのか、名前を付けることで把握しやすくしています。

あるクマの3年間の記録

働きかけを重ねることで、徐々に行動に変化をみせたクマも出てきています。

2014年の夏、2歳のときに「緩衝地帯」で捕獲された雌グマの「ジュンナ」です。
日中に人前に堂々とあらわれ、人を怖がるようすもなく木に登って桑の実を食べているという通報が相次ぎました。
発信器を付けたジュンナはその後どうなったのか。3年間の行動記録が残されています。
赤色の点が、2015年にジュンナの電波が確認された場所です。

赤い線が「緩衝地帯」と「市街地」のボーダーラインですが、ジュンナはそのラインを越えて、下側の市街地のエリアまでたびたび入ってきていたことがわかります。

NPOではそのたびに追い払いを繰り返し、「この場所はだめだ」とわからせるための働きかけを繰り返しました。

すると翌年2015年、ジュンナは行動を山側の方へと移していきます。
青の点が2016年の電波が確認された場所です。

「緩衝地帯」と「森林」の緑の線をほとんど越えることなく、森林エリアにとどまっていたことがわかります。

その後もジュンナは人とクマとの“すみ分け”を守るような動きをみせ、市街地に近づくことはなくなっています。

「将来のために地域ごとに考える」

多くの時間と費用はかかるものの、軽井沢町では地道な取り組みが積み重ねられてきました。

町ではクマにごみを荒らされる被害はほとんどなくなり、この10年余り、人の暮らすエリアでの人的被害は1件も起きていません。
NPO法人ピッキオ 田中純平さん
問題を起こしたクマを捕獲して駆除することは必要なことです。一方で、そうした受け身的な対策だけをしていても、また繰り返しクマは出てきて被害が起きてしまいます。将来のために、どうして人のエリアに出てきているのか、出てこないようにするにはどうすればいいかということをそれぞれの地域で考えていくことが今、求められているように感じます。

専門家に聞く いま必要な対策は

各地でクマの被害が相次ぐ中、こうした軽井沢の取り組みは、ほかの地域のモデルになるものなのでしょうか。

クマの生態に詳しい東京農工大学大学院の小池伸介教授はこう話しています。
東京農工大学大学院 小池伸介教授
軽井沢の取り組みはすぐできたわけではなく、長い時間と手間をかけてクマを押し返してきたもので、非常にきめ細かい対策を行っているという意味では理想的な対策と言えます。一方で、きめ細かい分だけお金もかかり、クマ対策をできる人材も用意しなければならないので、そこまで野生動物にお金をかけられない自治体も少なくないという現実もあります。
そして、クマへの対策は地域の状況によって異なるとしたうえで、特に、目の前で今、出没と被害が相次ぐ地域で必要なことについては、次のように指摘しています。
住民の安全を守るために“ある程度の捕獲や駆除はやむなし”というのが、クマが増えている東日本では現実的な対策です。集落の周辺では捕獲を強めてクマが居つかないようにすると同時に、柿の実などクマのエサとなる「誘引物」を除去するなどの対策を急ぐことが必要です。
そのうえで小池教授は、目の前の対策に加えて長期的な視点で対策を打つことの必要性にも触れ、「本来は、今のような大きな問題になる前に対策を行わなければいけません。山の中のクマのモニタリングを続けることで、“フェーズが変わるタイミング”を的確に見つける。そんな先進的な取り組みがある」として、兵庫県のある試みをあげました。

山にクマは何頭いるのか

その兵庫県が取り組んでいるのは、クマの生息数の把握です。

何頭いるかが推定できれば、場当たり的な駆除や保護ではなく、根拠を持って対策をとることができるからです。
兵庫県の野生動物対策の拠点、兵庫県森林動物研究センターです。

センターでは、わなで捕獲したクマを麻酔で眠らせ、個体識別のためのマイクロチップを体内に埋め込んだあと、再び山に放しています。
そして翌年以降、捕獲したクマのうち何頭にチップが入っているかを確認することで、周辺にどれだけクマが生息しているかを推定しています。

たとえば、50頭捕獲してほとんどマイクロチップが入っていないクマだと、周辺には他のクマがまだ多く生息していると、推定できます。一方、ほとんどがマイクロチップが入ったクマだと、他のクマはあまり多く生息していないことが伺えます。

こうした情報をもとに統計的な分析を行うことで、生息数がどのくらいなのか、増加傾向にあるのか減少傾向にあるのかを推定できるのです。

きっかけは「保護」

取り組みのきっかけは、実は「絶滅への危機感」でした。

戦後、日本では今よりもずっと山での狩猟が盛んでした。その影響でクマの生息数が一時大幅に減少し、高度経済成長期には“幻の生き物”とも言われるほど、絶滅が危惧された地域もありました。

兵庫県内でも1990年代にはクマが100頭以下しかいないとされ、狩猟が禁止され、保護を図ることになりました。

ところが2000年代に入って、市街地でのクマの出没が増加しました。しかし、当時はクマがどのくらいの数いるのか、適切に把握することはできませんでした。
兵庫県森林動物研究センター 横山真弓研究部長
「生息数が正確に分からなければ、駆除しすぎて再び絶滅に追い込んでしまうおそれもあります。クマの数を管理していくためには何よりもまずは生息数を把握することが必要ですが、日本ではこれまで数を把握することはほとんどできていませんでした」

見えてきた「クマ増加」 対策も

そこで、先ほど紹介したマイクロチップを使った調査と推定を始めた結果、「県内のクマの生息数は推定で800頭を超える」とするデータが割り出されました。

予想していた以上に、頭数が増えていることを示す結果でした。
兵庫県森林動物研究センター 横山真弓研究部長
クマは増えにくい動物といわれてきましたが、現実的には非常に増加力を取り戻していました。闇雲な駆除をするのではなく、管理可能な数まで一旦減らし、それを維持していくという考え方が重要です。
調査結果を受けて、兵庫県では2016年に狩猟を解禁。

さらに、次の年からは市街地から200メートルの範囲に限って、捕獲を強化することにしたのです。

その後も「800頭」を上回るか下回るか、センターの推計の結果を目安に、狩猟を実施するかや駆除する頭数を決めるなど、クマの生息数を一定に保つ「管理」を続けています。
兵庫県ではこの2年、山の中でクマのエサとなるブナの実りが「大凶作」とされていますが、クマによる人的被害は1件も出ていません。
兵庫県森林動物研究センター 横山真弓研究部長
クマと共存していくためにどのくらいの数を駆除できるのか、ちょっとした変化もとらえていく必要があります。より細かな生息数のデータをもとに対策をとるようにしていかないと、長期的には被害を減らしていくことは難しいのではないでしょうか。

過去最悪のクマ被害 いま求められることは

今回の取材の中で、人とクマとのいまの関係を語る時、別々の専門家がくしくも同じことばを使って例えていました。

「常に人間と動物の間は“陣取り合戦”的なものがあって」
(東京農工大学大学院 小池伸介教授)

「ある意味“陣取り合戦”みたいな感じになります」
(NPO法人ピッキオ 田中純平さん)

近年、クマは人が使わなくなった里山や耕作放棄地に生息の範囲を広げているとみられます。さらに人口減少や高齢化などがいちだんと進み、人の生活が変化しているのを背景に、生息地を広げてきたクマと人が出会ってしまい、各地で被害が多発するようになったと、専門家はそろって指摘しています。

“陣取り合戦”の中で人がクマに押されている」というのです。

“自然災害と同じ”

そして、過去最悪の被害が出ている今の事態を語るときにも、やはり同じことばが口々に出てきました。

それは「クマによる被害は“自然災害”と同じ。防災対策と同様に“予期して備える”ことが重要だ」とするものです。
東京農工大学大学院 小池伸介教授
野生動物の問題というのは、“出てきたら駆除すればいい”という考え方が多かったと思いますが、実はクマによる被害はほかの自然災害と同じなんです。大雨への防災対策でも100年に1度の大雨に備えて大きな堤防を作ったりしますが、クマの場合もことしのように数年に1度のどんぐりの不作、凶作の年には出没が増えて被害が増えることがわかっているわけです。
だからその数年に1度の大量出没に備えて誘引物を除去したり、クマの分布域を山奥に押し戻して出てこないようにする、洪水が起こらないようにするのと同じ視点が必要なんです。
いま、環境省や農林水産省、それに大学などが連携して、野生動物管理の専門的な人材の育成に向けた取り組みに乗りだし、大学生に向けたカリキュラムが試行的に始まっています。

同じ野生動物のニホンジカやイノシシなどをめぐっては農作物への被害が深刻化したことから積極的な管理が進められてきました。一方で、クマに対してどのような管理を図っていくか、より本格的な議論が求められています。
東京農工大学大学院 小池伸介教授
今まで人間の力が強いときはお金も手間もかけないで野生動物と付き合ってこれたが、日本人は少子高齢化でどんどん減っていく。今までのような付き合い方では、人間の方が安全に付き合っていけない。普段から手間もお金もかけて、動物が出てこないようにする、被害が出ないようにしていかなきゃいけないということを、今回のクマ騒動は教えてくれたのだと思います。
(11/10 おはよう日本で放送)
おはよう日本 ディレクター
越村 真至
2017年入局 札幌局などを経て現所属
北海道ではヒグマの出没や猟師の取材を経験
ネットワーク報道部 記者
廣岡 千宇
2006年入局 横浜局、福島局などを経て現所属
実家近くでもクマ目撃情報が 自分事として取材しました