“2割減便”地方鉄道が直面する人手不足

“2割減便”地方鉄道が直面する人手不足
悲願の新幹線開業が来春に迫る福井県。膨らむ期待の裏で、ローカル線は岐路に立たされています。

10月のダイヤ改定で、1日の運行本数を2割削減。その理由は、運転士の不足です。
利便性を犠牲にしても、減便に踏み切らざるを得なかった背景とは。ベテラン運転士への密着取材で見えた、地方鉄道の厳しい現実に迫ります。
(福井放送局記者 宮本雄太郎)

新幹線開業迫るも“寂れていく”

北陸新幹線の金沢・敦賀間の開業が来年3月に迫り、期待に沸き立つ福井県。

再開発が進むJR福井駅周辺から北に2キロほど離れた場所に、福井鉄道「福武線」のターミナル駅・田原町駅があります。
ダイヤが改定された10月14日の朝、私が田原町駅をたずねると、鉄道を利用する女性客のグループが、切符を買い求めようと駅員を囲んでいました。

駅員は、困った表情で女性たちに伝えました。
駅員
「ごめんね、きょうから急行列車なくなってしもうて」

女性客たち
「えーなくなったの?」
運行本数の2割削減に加え、日中の急行列車の廃止。

新幹線の開業を控え、観光地などを周遊するための2次交通の充実が求められる中での減便は、住民たちに驚きを持って受け止められました。

利用客の1人は、取材にこう答えました。
利用客
「日本全体で人口が減って、当然福井も減っていく中で(ダイヤの維持は)難しいのかな。しかたないとは思うんですが、だんだん福井が寂れていくのかなと思うと、寂しい気持ちになります」

“運転士離れ”歯止めかからず

減便した福武線は、福井市の田原町駅と越前市のたけふ新駅の間の21.4キロを結ぶ、福井鉄道唯一の鉄道路線。
コロナ禍で減少したものの、年間200万人近くが通勤や通学などで利用する、地域住民の足です。

感染状況も落ち着き、ようやく利用客の回復の兆しが見えてきた矢先。

会社は、相次ぐ運転士の離職に直面しました。

福武線は減便前、上下線あわせて平日105本、休日は98本の運行をしていました。

必要な運転士の定員は28人です。

しかし、コロナ禍での離職や退職で昨年度末までに23人に減っていました。

このため、運転士免許を持つ本社勤務の社員2人が、急きょ現場に復帰。
なんとかダイヤを維持しようとしますが、その後も運転士の離職に歯止めがかからず、10月の時点で20人に。

減便に追い込まれました。

ベテラン運転士の1日に密着

“運転士離れ”はなぜ起こったのか。

私は会社と交渉し、減便前の運転士の1日の業務に密着しました。

取材したのは、24年間にわたって福武線の運転士を務める吉田哲也さん。

高校を卒業後、福井鉄道に入社し、鉄道の運行一筋のベテランです。

吉田さんにとって、福井鉄道の運転士は憧れの存在でした。
福井鉄道 吉田哲也運転士
「私が小さいころは福武線の支線が1本ありまして、それによく母、祖母と一緒に乗っていたんです。その運転士にずっとなりたかった。だから運転士になれたことはとてもうれしくて、毎日やりがいをもってやらせてもらっています」
運転士の勤務は早朝~夕方、日中、夜~始発など、10以上のシフトに分けられます。

私が取材した日、吉田さんの出勤は朝5時過ぎ。

最初の運行は午前6時27分です。

それまでに、車両の点検を済ませなければなりません。

まだ暗い駅のホームで、吉田さんは懐中電灯を片手に車両に乗り込みました。
電気系統の設備に異常がないか、ブレーキが正常に作動するか、ドアがきちんと開閉するかなど、200項目以上に及ぶ点検をこなします。

点検を終えたのもつかの間、最初の運行が始まります。

ワンマン運行のため車掌はいません。

駅員や改札がない駅も多く、路線バスのように運賃の支払いのチェックなども運転士が行います。

また、福武線は全国的にも珍しく、鉄道と路面電車が路線の途中で切り替わる特徴があります。
福井市の中心部を走る路面電車は並行する車の交通量も多く、運転に気をつかう場面が増えます。

この日の午後は天気が崩れ、雨が降りだしました。

交通量が増える夕方の交差点、右折車線に入った車が線路の間近に迫ります。
視界も悪く、電車の進行を妨げないか、運転席付近で取材していた私の気持ちも張り詰めました。

吉田さんは車両の横側が移るモニターを慎重に確認しながら、スピードを落としてゆっくりと通過し、事なきを得ました。

冷静に対処したように見えた場面でしたが、ベテラン運転士でも、路面電車の運行は常に緊張が強いられます。
吉田運転士
「(気をつかうのは)特に夕方の福井市内の軌道線(路面電車)の運転ですね。ドライバーも私も視界が悪い状態で、事故を起こさずに走るというのが、当たり前ですけどなかなか大変です。必ずすぐに止まれるスピードに落とし、行けると思っても過信しないことが重要です」
吉田さんが運転する最後の列車が駅に到着したのは、午後6時すぎ。

出勤から12時間以上がたっていました。

事故やトラブルがなかったことを運行管理者に報告し、勤務終了です。

翌朝の出勤は午前7時半。

勤務が短いシフトもあり、1日の平均勤務時間は8時間ほどですが、運転士の不足で時間外の勤務が増えたり、週2日の休みを満足に取ることが難しくなったりしているといいます。

この「労働環境の悪化」が、運転士離れの要因の一つとなっていました。

若手運転士の指導や育成にもあたっていた吉田さん。

福武線の運転は、鉄道と路面電車の2つの免許の取得が必要なこともあり、運転士が現場で独り立ちできるまでには少なくとも1年半程度の時間がかかります。

せっかく育てた後輩たちが会社を去って行く姿に、複雑な思いを抱えていました。
吉田運転士
「好きな仕事とはいえ休みもほしいので、育てた運転士が退職していくのは複雑ですね。その人が選んだ人生ですから好きなようにもさせたいし、私が一生懸命育てるからもう少しこの会社でがんばってみないかって思いもあります。寂しい気持ちはあります」

課題はわかっていても…

長時間の勤務が離職を招き、さらに労働環境が悪化する。

その悪循環を断ち切ろうと、会社は苦渋の決断で減便に踏み切りました。

一方で、もう一つ積み残された課題が「待遇の改善」です。

福井鉄道は鉄道以外にも路線バスなどを運行するバス部門を抱えています。

部門ごとの給与水準は公表していませんが、会社全体の平均給与は317万円余り。

鉄道業界の平均と比べると、中規模の会社(従業員100~999人)より4割程度低く、さらに小規模な会社(10~99人)の平均よりも低い水準にとどまっています。
業界全体で運転士が不足する中、より待遇の良い職場を求めて、県外の鉄道会社に去っていった運転士もいるということです。

会社として、労働環境や待遇の改善にどう向き合おうとしているのか。

福井鉄道の吉川幸文社長が、インタビューに応じました。
記者
運転士不足の要因をどう捉えている?
吉川社長
「やはり運転士が他社に移ってしまうのは、賃金が低いことが大きい。それと、勤務環境の悪化。人員の不足で、拘束時間や時間外の勤務が長くなってしまっていた。運転士の負担を軽減するために、停車駅を知らせるシステムやICカードでの運賃支払いの設備などを導入するなど、労働環境の改善に努めていきたい」
記者
賃金の改善はどのように行う?
吉川社長
「新卒の賃上げはマストだと思うが、あとは他社の水準に3年なり5年のスパンで追いつくよう、賃上げを進めたい。運賃の値上げで増える収入分も賃金に回したいと考えているが、電気代やメンテナンスの資材なども高騰している。細かい部分の経費の見直しも進めながら、従業員への還元を行っていきたい」
会社は、来年3月に約28年ぶりとなる運賃の値上げを予定しています。

これによって鉄道収入を増やすほか、福井県や沿線の自治体からシステム導入などの補助を受けて設備投資の負担を減らし、従業員への還元を進めたい考えです。

一方、業績はコロナ禍の利用客の減少などで昨年度まで4期連続の最終赤字。

今年度も電気料金の値上がりなどコストの上昇もあり、厳しい経営環境が続きます。
吉川社長はインタビューの中で、今年度中に運転士を少なくとも3人確保し、来年3月の北陸新幹線の開業までに増便を行う考えを明らかにしました。

ただ、運転士の労働環境が再び悪化するのを避けるため、元のダイヤには戻さず小幅な増便にとどめる見通しです。

経営資源が限られる中、住民の利便性の向上と運転士の労働環境の改善をどう両立させるのか。

そう問うと、地方鉄道ゆえの苦しい胸の内を明かしました。
吉川社長
「当社の事業部門はいくつかあるが、鉄道と路線バスは行政の支援あって成り立っている部門で、大きく収益を稼ぐことはできない。だからといって、社会的な責任を放り出して『明日電車が走りません』『路線バスが維持できません』と言うわけにはいかない。何としても地域の足は維持していきたいと思うし、来年3月の新幹線開業を控えて、2次交通を充実させるという大きな使命を果たさなければいけない」

全国に広がる運転士不足

福井鉄道に限らず、長崎県の「長崎電気軌道」や高知県の「とさでん交通」も今年に入り路面電車の運行を減便するなど、運転士不足の影響は全国各地に広がっています。

鉄道や路線バスで収益を稼ぐことはできないーー。

都市部と対照的に、急速な“縮小”が進む地方。

吉川社長の発言は、公共インフラの維持に黄色信号がともった現実を浮き彫りにするものでした。

一方で、高齢化が同時進行する町では、車の運転が難しくなる高齢者の日常の足を確保するためにも、公共交通の役割はむしろ重みを増しています。

鉄道やバス路線を何のために維持するのか。

維持にかかる費用を地域全体でどう負担していくのか。

本格的な縮小期を迎えつつある日本で、これからの公共交通はどうあるべきか、住民一人一人が見つめ直す時期にきたのだと感じます。

(10月19日「ニュースザウルスふくい」で放送)
福井放送局記者
宮本雄太郎
2010年入局
東京・経済部から現所属
地方経済や原発、エネルギー問題を中心に取材