振込先が外国人?特殊詐欺で急増 その背景は

振込先が外国人?特殊詐欺で急増 その背景は
「また外国人名義か…」

取材中、ある捜査員が漏らしたことばです。
外国人名義とは、金融機関の口座のこと。
被害が後を絶たない特殊詐欺事件で今、こうした口座が現金の振込先に悪用されるケースが急増していることが、大阪府警の調べで分かりました。

いったい何が起きているのか。

背景を取材すると、コロナ禍との意外な関係性が見えてきました。

(大阪放送局 記者 大野敬太)

“外国人名義” 3年前の3倍近くに急増

ことしの被害額がすでに全国で300億円を超え、深刻な状況が続く特殊詐欺。
大阪でも過去最悪のペースとなっています。

こうした中、大阪府警は犯行の「ツール」として悪用されている金融機関の口座について調べました。これらの口座は、詐欺グループが第三者から違法に買い取っているとみられています。
ことし9月末時点で、特殊詐欺で現金の振込先となったことが確認できた口座はおよそ1600。このうちの2割にあたる312の口座が、外国人とみられる名義だったことが分かりました。3年前と比べてすでに3倍近くに急増していました。

捜査関係者によると、国籍は多岐にわたるとみられていますが、最も多かったのはベトナム人とみられる「グエン」という名字で、およそ50に上っていました。次いで、ベトナム人や韓国人とみられる「チャン」という名字がおよそ40、などとなっています。

口座が開設された金融機関は、北は北海道、南は鹿児島まで全国各地に及んでいました。

気付かないうちに…

外国人とみられる名義の口座が悪用された具体的なケースが、捜査関係者への取材で分かりました。
ことし4月に大阪府内で起きた事件です。

60代の女性の自宅に、市役所の職員を名乗る男から「健康保険制度が変わって還付金を受け取れます」という、うその電話がありました。
「ATMで手続きの書類を発行することができる」と伝えられた女性は、近くの銀行へ向かい、携帯電話で指示されるままにATMを操作。
その結果、指定された口座に現金およそ10万円を振り込んでしまったといいます。

この時、女性は口座の名義を確認していませんでした。
後日、還付金が振り込まれないことから被害に気付き、警察に相談したということです。
私たちは、当時発行された振り込みの明細書のコピーを入手。
そこには金額とともに、口座の名義人の欄に「グエン」という名前が記されていました。

名義人の正体は?

「グエン」という人物は何者なのか。

口座について警察が調べたところ、ベトナム人留学生が2016年10月に開設していたことが分かりました。この留学生は、5年前の2018年1月に在留期限が切れ、すでに出国していたということです。

こうしたことから、警察は留学生や技能実習生などが帰国する際、使わなくなった口座を違法に売買するケースが増えているのではないかとしています。

ただ、なぜ最近になって急増しているのか、その理由は警察への取材だけでは分かりませんでした。

背景にコロナ禍が?

次に、私たちは在日ベトナム人などの事情に詳しい関係者に取材し、背景を探ることにしました。
取材に応じてくれたのは、ベトナム人留学生などの支援を行う東京のNPO法人です。
生活支援だけでなく、犯罪などで強制送還されるベトナム人の帰国手続きを支援する活動も行っています。
こちらは20代のベトナム人女性です。
もともと留学生でしたが、学費が払えなくなって失踪。
その後、在留資格が切れたものの妊娠が発覚し、「帰国して出産したい」とNPOに支援を求めてきました。

この女性は帰国する際、航空券代に充てるためにみずからの口座を売ったことを明かしたといいます。
NPO法人「日越ともいき支援会」吉水慈豊 代表理事
「『飛行機のチケットは買えますか?』と私が尋ねると『買えるのでちょっと待ってください』と言ってどこかへ行ってしまいました。そして帰ってきたので『ところでどこに行っていたの』と聞いたら『東京の大久保で口座を売ってきた』と。『なぜこんなにまじめな子が?』と思いました」
このNPOによると、コロナ禍で仕事を失った末に犯罪などに関わるケースが最近増えていて、こうしたベトナム人の帰国手続きを支援する中で、キャッシュカードや通帳を売って現金を得たという話をよく耳にするようになったということです。
実際、来日した多くのベトナム人が登録しているというSNSのグループを見ると。
大量の通帳が写った写真や、ベトナム語で口座の売却を呼びかけている投稿が複数見られました。こうしたSNSが口座を売買する主なルートになり、口座一口あたり数万円で取り引きされているといいます。

NPOでは、コロナ禍でこうした違法な売買が広がったのではないかとみていて、留学生などに対し口座を売らないよう呼びかけています。
NPO法人「日越ともいき支援会」吉水慈豊 代表理事
「来日したもののコロナ禍で仕事を失い、お金を失い、住まいを失ったという外国人が続出しました。口座の売買については、犯罪という意識は薄いと思います。困窮状態でお金がない、生活できないという中で、公的な支援にもつながらず、お金に換えるために口座を売ってしまう。こうした外国人の若者がいるというのが日本の現状です。これまで以上に国などが指導して犯罪に巻き込まれないようにするとともに、警察も周知していく必要があると思っています」

“口座を売って後悔するケースも”

さらに、知人が口座を売ったことがあるというベトナム人留学生の男性(25)も取材に応じてくれました。
男性によると、インターネットやSNSで口座や保険証、運転免許証を買い取るという人物がたくさんいて、「もう日本に戻ることはないから」と軽い気持ちで売っている人も多いといいます。

この留学生の知人も、そのうちの1人でした。

技能実習生だった知人は、口座を売っていったん帰国し、その後再び日本で働き始めました。しかし、口座が事件に悪用されていたことが分かり、検挙されたということです。

口座を売ったベトナム人の中には、犯罪に悪用されたことを知って後悔する人もいて、SNS上では最近、注意を呼びかける投稿も目立ってきているといいます。

留学生の男性は、こうした違法な売買をなくすためには、来日するベトナム人をめぐる現状を変えていくことが必要だと訴えます。
ベトナム人留学生
「留学生の多くは金銭的にまったく余裕がなく、コロナ禍でアルバイトが減ってしまうと生活が厳しくなります。また、ベトナムで借金をして来日する人が多いのですが、利子すら払えずに職場から失踪するケースもあります。口座の売買などをしなくても済むよう、こうした現状を変えることが一番だと思います」

口座の名義は必ず確認を

急増する、外国人とみられる名義の口座。
私たちが詐欺の被害に遭わないようにするにはどうすればいいのでしょうか。

警察によると、外国人とみられる名義の口座は、個人名義にもかかわらず市役所をかたる手口で使われるなど不自然なケースが多く、詐欺に気付くきっかけになり得るといいます。

警察は取り締まりを強化するとともに、外国人名義の口座に振り込むよう指示されても絶対に従わないよう、注意を呼びかけています。
大阪府警府民安全対策課 鈴木一浩 課長補佐
「ATMを利用する場合には、振込先の口座や名義などを必ず画面上で確認してください。そうすれば特殊詐欺だけでなく、ほかの犯罪からも大切なお金を守ることができます。ふだんから『名義を確認する』という習慣を身につけるとともに、不審に思ったらすぐに警察に相談してほしい」
(11月8日「おはよう日本」 10月31日「ほっと関西」で放送)
大阪放送局 記者
大野敬太
2018年入局
大阪府警を担当
事件取材や調査報道に取り組む