「好循環」は生まれるのか?企業の賃上げ戦略とは…

「好循環」は生まれるのか?企業の賃上げ戦略とは…
来年4月からの賃金はどうなるのか。春闘交渉の事実上のスタートは例年1月ですが、いま、大手企業を中心に早くも賃上げを決める動きが出ています。異例ともいえる秋の賃上げ表明。企業の賃上げ戦略を取材しました。(経済部記者 五十嵐圭祐 西園興起 三好朋花 甲木智和)

秋の賃上げ表明相次ぐ

大手企業の間では、来年の春闘を待たずに例年よりも時期を大幅に前倒しして賃上げを決めたり方針を表明したりする動きが出ています。

家電量販大手のビックカメラは、正社員の組合員を対象に、8年連続となるベースアップを決定。
来年4月から月額2万円から3万円のベースアップを行う方針で、引き上げ額は2004年以降で最大だということです。
<賃上げを表明した主な企業>

サントリーホールディングス
2年連続でベアを含めた平均7%程度の賃上げを行う方向で労働組合との交渉へ

明治安田生命
来年4月から社員およそ1万人の賃金を年収ベースで平均7%引き上げる方針
この時期に賃上げの方針を表明したのは経営側の強い意思が示された結果とも言えます。経営者からは持続的な賃上げのための“好循環”を作りたいということばが多く聞かれます。
永島社長
「働く人の処遇が上がれば、より一層活力とやる気を持って仕事に励んでくれる。それをお客様満足度や生産性の向上につなげ、さらなる賃上げに向けた循環をつくっていきたい。日本経済全体のデフレ脱却や、あしたはきょうより良くなる実感が持てる社会につながればいいと思う」

事業の変革で賃上げの好循環へ

持続的な賃上げを可能にする好循環をどう作っていくのか。
グループ会社を含め5万人余りの従業員が働く「TOPPANホールディングス」が打ち出しているのは、「事業の変革」です。

事業を変革して稼ぐ力を強化して利益を創出。それを従業員に還元するという好循環を作り出そうというのです。
この会社ではことしの春闘で月額7000円のベースアップを含め、組合員平均で4.2%の賃上げを実施。

業績が計画どおりに推移することを前提に、今後も数年間は賃上げを継続したい考えです。
従業員
「賃上げはモチベーションアップにつながりますし、ありがたいという気持ちです。頑張ろうと思えるのもそうですし、どうしても他社の友人などの賃金と比べてしまうこともあるので」
「事業の変革」に欠かせないのは人材の獲得です。会社ではことし10月、1900年の創業以来続いていた社名(凸版印刷)から、主力事業としてきた「印刷」の文字を無くしました。

さまざまな業界で紙からデジタルへの移行が進む中で雑誌やチラシなど紙の印刷物が減少し、この分野の印刷事業の売り上げはグループ全体の1割程度にまで縮小しています。
このため新たな収益の柱として企業のデジタル化の支援やコンサルティング事業などの強化を進めていて、特にデジタル分野の人材については2025年度をめどに今の2倍の6000人にまで増やす計画を掲げています。

こうした取り組みを進めるために持続的な賃上げが欠かせないと考えています。
奥村 執行役員
「賃金を上げるためにも事業を変革して利益を創出し、それを従業員に還元する。この好循環をいかに獲得していくかに尽きる。能力を持った人たちをどのように採用していくのかが課題で、いかに働き手から選ばれる会社になるかがとても重要だ」

経団連の方針は

来年の春闘で企業の経営側の指針となる経団連の基本方針はどのようなスタンスとなるのか。取材で明らかになった原案では、このように位置づけています。
「ことし(2023年)から起動を始めた『構造的な賃上げ』の実現に向けて極めて重要な年だ。ことし以上の意気込みと決意をもって賃上げの積極的な検討と実施を求めたい」
経団連の調査では、ことしの春闘での大手企業の賃上げ率は3.99%(136社)。およそ30年ぶりの高い水準となりました。

来年の春闘でことしの結果を上回るのは難しいのではないか、という声も聞こえてきますが、踏み込んだ内容になっています。

基本方針では、持続的な賃上げの必要性も強調されています。
「『来年以降』も賃金引き上げのモメンタムを維持・強化し、構造的な賃金引き上げの実現に貢献していくことが経団連・企業の社会的な責務だ」
経団連の指針は毎年議論されて定められるものですが、今回のように中期的な対応を盛り込むことは異例ともいえます。
十倉会長も10月25日の記者会見で「経団連としては前回の春闘も相当の熱量だったが、物価高に負けない賃上げは1回かぎりで終わらせず、継続的に行う必要があるので、今回も最大限の熱量で呼びかけていきたい」と強調しました。

「5%以上賃上げ要求」理解できる

700万人以上の組合員が加盟する労働組合の中央組織「連合」は、来年の春闘で定期昇給分とベースアップ相当分をあわせて「5%以上」の賃上げを要求する方針を決めました。

ことしの春闘で「5%程度」を要求していたのでそれを上回る水準を求めるとして表現を強めた形です。

この方針については、経団連の十倉会長をはじめ、経済団体のトップはいずれも連合の要求としては理解できるという見解を示しています。

ただ、中小企業などでつくる日本商工会議所の小林会頭は「中小企業は業績が改善していないのに雇用確保などのためにやむなく賃金を上げているのが大半で、なかなか難しいというのが実感だ」と述べ、目標の達成は難しいという認識も示しています。

利益を生み出すために

賃上げを持続させるためにはその原資となる利益が必要です。

中小企業の中にも価格転嫁や生産性の向上を進めるなどして厳しい状況の中でも賃上げを実施している動きも出ています。

逆に大手企業でも賃上げができていないところもあります。

専門家は企業には利益の創出、賃上げ、そして人材の獲得につながる好循環を生み出すための取り組みがいま、求められていると指摘します。
菊池研究員
「これまでの商品やサービスに付加価値を加えるとともに値段の上昇分を上回るような付加価値を加えることができれば価格転嫁が進められるのではないかとみている。これ以上の新たな付加価値を加えるのが難しい業種もあるかもしれないが、従来は扱っていなかった業種に進出したり、業種の転換を考えたりするなどより積極的な企業の動きが求められている局面だ」
(10月24日「おはよう日本」などで放送)
経済部記者
五十嵐圭祐
2012年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
商社や流通業界を担当
経済部記者
西園興起
2014年入局
大分局を経て経済部
金融業界を担当
経済部記者
三好朋花
2017年入局
名古屋局を経て経済部
現在はITや電機業界を担当
経済部記者
甲木智和
2007年入局
財界を担当