“行方不明” 5年間で71件 「放課後等デイサービス」で何が…

障害のある子どもたちを預かる「放課後等デイサービス」。

去年、大阪・吹田市の施設で男子中学生が行方不明になり、1週間後に近くの川で亡くなっているのが見つかりました。

NHKが府内の自治体に情報公開請求を行ったところ、施設で子どもが一時、行方不明になったケースは過去5年間であわせて71件に上ることが分かりました。

子どもたちにとって大切な場所でなぜ、行方不明が相次ぐのか。
取材を進めると、国の制度の課題が見えてきました。

(大阪放送局 記者 堀内新)

送迎車から降りたあと…

大阪・吹田市を流れる神崎川。

去年12月。

ここで豊中市の中学1年生、清水悠生さんが亡くなりました。

3歳の時に「自閉スペクトラム症」と診断され、ことばで意思疎通を図ることが難しかったという悠生さん。

両親は写真を貼ったり絵を描いたりした手作りのカードで一緒に遊びながら、成長を見守ってきました。

水遊びがなによりも大好きだったといいます。

母親の亜佳里さん
「学校から帰ってきても、家の小さなプールに入るほど好きで、ものすごい笑顔で楽しそうに遊んでいました」

小学1年のころからは、吹田市にある放課後等デイサービスの施設「アルプスの森」に通うようになり、授業が終わった後、帰宅するまでの時間を過ごしていました。

去年12月9日。
特別支援学校での授業を終えた悠生さんは、いつもどおり、送迎車に乗って施設に向かいました。

そして、施設の前に到着し、送迎車を降りたそのとき。

悠生さんは突然走り出し、そのまま行方が分からなくなりました。

警察などが周辺を捜索したところ、1週間後に川で亡くなっているのが見つかりました。

施設への入所にあたり、両親は施設側とある取り決めを交わしていました。

悠生さんは、本人の障害の特性から急に走り出してしまうことがあったため、送迎車から降りる際は職員2人が必ず付き添い、施設内に誘導するというものです。

しかし、両親は事故の後、施設の職員が取り決めを守らず、1人で対応していたことを施設側から聞かされたといいます。

母親の亜佳里さん
「車の乗り降りの時が最も危険で『必ず2人でやります』と施設側から言われていたので、安心して子どもを預けていました。今は本当に許せず、悔しい気持ちでいっぱいです。悠生はキラキラ光る水面を見て遊びに行こうと考えたのだと思います。ここに来ると、あの子を助けたかったとか、苦しかったのではないかとか、そんなことを思って毎回悲しくなります」

事故を受けて、吹田市はことし2月、施設に対する監査を実施。

決められた対応をせず生徒の安全確保を怠ったとして、新規の利用者の受け入れを3か月間停止する行政処分を行いました。

施設側は取材に対し「ご遺族に対して大変申し訳ないという気持ちは時間がたっても変わることはありません。2度と同じような事故が起きないよう注意を払い、再発防止に努めてまいります」とコメントしています。

“行方不明” 相次ぐ

悠生さんが亡くなってからまもなく1年。

NHKは府内の放課後等デイサービスの施設を管轄する自治体に情報公開請求を行い、同じような事故が起きていないか調べました。

その結果、子どもが一時的に行方不明になったケースが昨年度までの5年間であわせて71件に上ることが分かりました。

行方不明になった当時の具体的な状況が確認できたケースは41件で、
▼職員が気づかないうちに外に出てしまったケースが17件と最も多く、
▼送迎車を乗り降りする際にいなくなったケースが11件、
▼公園で遊んでいた時が9件、などとなっていました。

吹田市の事故を除くといずれもその後、発見されていますが、中には▽貯水池で泳いでいたり、▽川にひざ丈ほどまでつかって凍えたりしていたケースもありました。

女の子が行方不明になった公園

このうち、高槻市の施設ではおととし4月、公園で子ども8人が職員と遊んでいたところ、女の子1人の行方が分からなくなりました。

事故の報告書によりますと、職員が周辺を捜したものの見つからず、通報を受けた警察も捜索にあたりましたが、いなくなってからおよそ3時間後、女の子が市内を流れる川の中を歩いているのを住民が発見しました。

川はひざ丈ほどの深さで、女の子は長い時間水につかっていたことから体が冷え切っていたということです。

その後、病院に搬送されけがなどはないことが確認されました。

報告書には「発見が遅ければ命の危険に関わる可能性もみられた」と記載されています。

女の子は以前からことばを発することができず、みずから助けを求めることは難しい状態だったということです。

原因について、施設側は報告書で「監視が行き届かない場所での活動をしてしまった」、「児童に対するスタッフの確保ができていなかった」などとしています。

職員を増やすと運営厳しく…

どうすれば子どもがいなくなるのを防げるのか。

取材を進めると、対策を徹底しようとすれば施設の運営が厳しくなるという現状も見えてきました。

知的障害や発達障害のある子ども、あわせて26人を受け入れている大阪・豊中市の施設「Ange(アンジュ)」です。

1日あたりの定員は10人。
国の規定では障害の程度にかかわらず子ども10人に対して最低2人の職員の配置が義務づけられていますが、この施設では常に5人程度を配置しています。

この施設では重い障害があり、意思の疎通が難しい子どもも多いため、2012年の設立当初から対策に力を入れてきました。

施設内では、気づかないうちに子どもが外に出てしまわないよう、扉が開くとベルが鳴るようにしているほか、2か所ある部屋の出入り口に職員を1人ずつ配置し、常に目を配っています。

さらに、送迎車の乗り降りでは子どもに少なくとも3人の職員が付き添い、道路に飛び出さないよう気を付けています。

しかし、この施設でも3年前、公園で遊んでいたときに、当時7歳の男の子がいなくなったことがあったといいます。

職員が目を離した隙のことでした。

幸い、すぐに見つかりましたが、これを受けて施設では危険に気付くことが難しい子どもについては、職員が1対1で対応するよう改めました。

さらに、吹田市の施設で悠生さんが亡くなったことを受け、ことしからは子どもが行方不明になった場合に備えて、保護者の同意を得た上で顔写真やニックネームなどを警察などと共有する取り組みも始めたということです。

ただ、安全を確保するためには多くの職員が必要で、この施設では厳しい運営を余儀なくされています。

施設の最大の収入源は国や自治体から受け取る報酬ですが、これは主に受け入れる子どもの人数で決まるため、職員を増やすほど運営は赤字になるといいます。

この施設では別の介護サービス事業の収益で補填しているのが実情だということです。

Ange 管理責任者 郡奈美さん
「子どもの特性にもよりますが、急に走り出した時、声をかければ止まってくれるとは限りません。安全確保のために十分な数の職員を配置しようと思えば、国の基準では経営的にとても厳しくなるという現状を知ってほしいです」

“制度設計に課題”も

放課後等デイサービスは、児童福祉法に基づき、障害がある子どもを放課後や休日に受け入れる福祉サービスで、11年前の2012年4月に始まりました。

厚生労働省によりますと、全国の施設の数はことし7月時点であわせて2万758か所、利用者数はのべ34万3430人に上っています。

こうした施設の現状について、障害のある子どもの支援に詳しい立命館大学の田村和宏教授は制度設計に課題があると指摘しています。

立命館大学 田村和宏教授
「療育面と安全面を考慮して職員の数を増やせば運営が赤字になるという、課題が山積している制度設計だ。現状では障害のある子どもの安全を確保できる体制にはなっていない。子ども3人に対して1人程度の職員を配置できるよう、国は報酬の体系を見直すなどして事故を防ぐ対策を急ぐべきだ」

今回の取材で明らかになった71件の行方不明事案。

これは大阪府の5年間に限った事例で、氷山の一角の可能性があります。

亡くなった清水悠生さんの母親、亜佳里さんは「みずから見学して決めた施設だっただけに、息子を助けられなかったことへの後悔がずっと残っています。同じような事故を繰り返さないよう、社会全体で考える機会を作ってほしい」と話していました。

放課後等デイサービスは、障害のある子どもの居場所であると同時に、将来自立した
生活を目指すという点でも大きな役割を担っています。

子どもたちが安心して通える場所にするにはどうしたらいいのか。

これからも取材を続けたいと思います。

(11月1日に「ほっと関西」で放送)