「洗脳されていた」塾の“先生”から10年間受け続けた性暴力

「洗脳されていた」塾の“先生”から10年間受け続けた性暴力
その“先生”は、ふだんは親しげなのに、怒るとどなって怖かったといいます。

「自分のことを大切にしてくれる人だ」と思い込まされ、決して許されない性暴力を小学校高学年の時から10年間にわたって受け続けた20代の女性。

「昔の私のように被害にあっても声を出せないでいる子どもたちに、自分は悪くないと気付いてほしい」

つらい胸の内を明かしてくれました。

(広島放送局記者・亀山真央、松江放送局カメラマン・前岡和)

※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細に触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。

“うちで勉強しよう”

女性が“先生”と出会ったのは、小学校の高学年になってから通い始めた塾でした。

講師としてふだんは他の子どもたちとも親しげに接していたという“先生”。

ある日、「個人的に勉強を教えてあげるからうちで勉強しよう」と声をかけられました。

親に相談したところ、塾の講師なら信用できると送り出されました。

この“先生”には同居する家族がいました。今思えば、そのことも、親を安心させる要因になっていたのかもしれないといいます。

塾講師という信頼される立場を悪用し、甘いことばで誘う。これが、悪質な性暴力へとつながる卑劣な「手口」です。

繰り返し呼び出されるうちに、夕食を一緒に取るなどして自宅に遅くまでいるようになりました。

自分だけ「他の子とは違う」。そんなことばをかけられ、幼心に特別扱いをされている実感があったといいます。

最初に被害にあったのは、そんな時でした。
「2人きりでテレビに向かって座っていたら、後ろに“先生”が座り、ズボンの上から下半身を触られました。何でそんなところを触るんだろうという違和感はありましたが、ふだんからひざの上に乗せてもらったりしていたので、抵抗しないといけないとまでは思いませんでした」
子どもへのわいせつな行為は、暴行や脅迫を用いなくても、そして仮に本人の同意があったとしても、犯罪です。ただ、当時の女性はまだ幼く、法律の知識はもちろん、性的なことに関する知識もありませんでした。

「大切だから」コントロールの手口は

性暴力は次第にエスカレートし、女性は、裸にされて写真を撮られるようになったといいます。

従わないと、“先生”は大声でどなり、こう繰り返したそうです。

「大切にしているからこういうことをするんだ、誰にも言ってはだめだ」

女性が中学生になってからも、「勉強を教える」という名目で呼び出されることが繰り返されました。やがて携帯電話を持つようになると、頻繁に連絡を取るよう強要されたといいます。

しかし、連絡を取るのをやめることはできませんでした。「コントロールされていて、できなかった」といいます。
「中高生になってからは、自分が受けている行為に対して疑問を持つ気持ちも芽生えてきました。でも、それを口にすると『俺が合っていて、お前は間違っている』と、どなりつけられました。口答えをするとよけいに怒るのでどんどん萎縮してしまい、逆らえませんでした。

『怖い、会いたくない、嫌だ』という気持ちを抱く一方、『自分以上にお前を愛してくれる人はいない』とささやかれ、自分が大切にされているのだと思い込まされていた部分もあったんだと思います。また、このころには後ろめたい気持ちもあり、親やまわりの人には言えないままでした。

今振り返ると、洗脳され続け、おかしいのに逃げられない、呪いのような状態だったと感じます」

20代で気付いた被害 きっかけは性暴力への抗議デモ

女性が大学生になったころから次第に“先生”と会う機会が減り、連絡を無視してもどなられることはなくなりました。

10年にもわたって続いた性暴力から解放されると、ある気持ちの変化が出てきました。“先生”の行為が未成年だった自分につけ込んだ許されないものだったのではないかと思うようになったのです。

しかしその一方で「自分も悪かったのかもしれない」という思いがなかなか拭えなかったといいます。
「本当は、もっと強く拒否すれば良かったんじゃないか、ちゃんと親に打ち明けられたんじゃないかという思いがあって、断り切れなかった自分を否定し続けてしまいました。専門の相談窓口があるのは知っていましたが、『自分よりももっとひどい被害を受けている人がいるはずだから、自分なんかが相談しては迷惑なんだ』というためらいがありました」
そんな女性の思いを変えるきっかけとなったのが、2019年に始まった“フラワーデモ”のニュースを目にしたことでした。性犯罪で加害者の無罪判決が相次いだことで、各地で性暴力の根絶を求める抗議活動が広がっていました。

さらに、SNSでは“#Me Too”とつけて、過去に性被害を受けたことを訴える世界的な動きが広がりました。性暴力の被害者が少しずつ声をあげる機運が醸成されてきたのです。

同じような被害にあった人たちの声を聞けたことで、女性はこのころ、ようやく「自分は悪くなかった」と感じることができるようになったといいます。

弁護士に言われて気づいた被害

こうした心情の変化もあって、去年、女性は自分が10年にわたって受け続けた性暴力について初めて相談窓口に相談しました。

その時、性犯罪の被害者支援にあたっている弁護士から「典型的な“手なずけ”の手口による犯罪だ」という説明を受けました。

女性の弁護士によると、性犯罪における“手なずけ”とは、わいせつな目的を隠して甘いことばやうその誘いで子どもに近づき、徐々に身体的な接触などに移行する手口のことを指します。

具体的には以下のような行動です。
○ コミュニケーションを通じて信頼させることで加害者への心理的なハードルを下げる
○ 子どもが認識できない間に服従関係を築く
○ 口止めをした上で性暴力を続ける
女性は弁護士から説明を受け「まさに自分のことだ」と感じたといいます。

勇気を出して臨んだ民事裁判

専門機関の後押しを受け、女性はことしに入ってからある行動に出ました。

“先生”を相手に損害賠償を求める民事裁判を起こしたのです。

被害から相当の年月がたっていたため、※「時効の壁」で刑事事件として告訴することは断念せざるを得なかったものの、もし今も“先生”から性暴力を受けている被害者がいたとしたら、裁判を起こすことで性加害に向き合わせることになり、新たな被害を防げるのではないかという思いが後押ししたといいます。

※ことし7月以降は刑事訴訟法の改正により被害者が18歳になるまでは事実上時効が適用されないようになりました。

裁判で女性は「小学生のころから繰り返し性暴力を受け、洗脳されて性的に搾取される違法な行為だったと判断する能力が奪われた。今も眠れないなどのトラウマ症状に悩まされ、人生が大きくねじ曲げられたと言っても過言ではない」などと主張。本人からの謝罪と損害賠償を求めました。

10年という長期間にわたり卑劣な性暴力を繰り返していた“先生”への裁判。

長期化も覚悟の上のことでしたが、相手が女性側の請求を認めたことで4か月後には和解が成立しました。
女性の弁護士によりますと和解条項には下記のようなことなどが盛り込まれたということです。
・小学校高学年から成人に至るまで繰り返し性加害行為を行っていたことと、女性につけこんで心身を深く傷つけたことを認めて真摯に謝罪する

・合意した金額の慰謝料を支払う

・“先生”が保存している女性の写真や動画をすべて削除する

・女性に一切連絡しないと約束する

・特定に至らない範囲でマスコミなどでの報道を認める

被害を受けてきた人へ『自分を否定しないで 悪いのは加害者』

安心して勉強できる場所であるべき塾にいた講師から10年にわたって性暴力を受けた女性。その心の傷は、今も癒えていません。

過去には布団から出られない日々が続いたり、気がついたら高い所から飛び降りそうな感覚になったりすることがありました。

和解が成立した今でも、突然、涙があふれ出ることがあるといいます。

そして、今なお、両親に当時の被害を打ち明けることはできていません。

それでも、今回、つらい過去について話をしてくれたことについて、次のように話しています。
「私自身、抱え込んでいる時に“フラワーデモ”などのニュースで頑張って被害を語る人の姿を見て、『1人じゃない』と思うことができました。

被害を受けてきた人には、『自分を否定しないで。悪いのは相手だから』と伝えたい。そして、『被害に大小はないから、相談しても大丈夫だよ』と言いたいです。

ちゃんとした相談機関があるので、信頼して相談してほしいです。

子どもは幼くて、性被害を受けていること自体を理解できない場合が多いと思うので、親など周囲の人が『大丈夫かな』とアンテナを高くして異変に気付いてほしいです。

また、子どもから相談を受けた際には、いったん、疑わずに耳を傾けてあげてほしいと思います」

子どもの性被害どう防ぐ?

子どもが性被害にあうのを防ぐにはどうすればよいのでしょうか。

子どもの性被害の実態に詳しい追手門学院大学の櫻井鼓准教授は、日常的に次のような声かけをしておくことが重要だと指摘しています。
1. 水着で隠れる場所=プライベートゾーンは、他人が勝手に触ってはいけないと教える

2. 嫌だと思ったら相手が大人であっても「嫌だ」と言ったり、その場から立ち去ったりしていいと教える

3. 不安なことがあったら、信頼できる大人に相談するよう伝える
櫻井准教授
「子どもは『だめなこと』がわかっていると、それをされた時に『嫌だ』と感じます。その気持ちを相手に伝えてもいい、逃げてもいいということは、日頃から教えてほしいと思います。

また、被害を被害と認識できなかったり、嫌な気持ちをまだうまくことばにできなかったりする年齢の子どもたちについては、ふだんから大人がよく様子を観察するようにしてほしいです。

ストレスを感じたり不安な気持ちになったりすると、口数が少なくなったり、睡眠や食事に影響が出たりすることがあります。そうしたサインを見逃さないことが大切です」

会う前に処罰することも可能に

ことし7月の法改正で、子どもが受けた性被害は認識できるまでに時間がかかることなどから18歳になるまでは事実上時効が適用されないようになりました。

また、わいせつ目的で16歳未満の子どもをだましたり誘惑したり、お金を渡す約束などをしたりしたうえで、会うように要求することや、わいせつな写真や動画を送るよう要求することが新たに処罰の対象になりました。

SNSを通して加害者と接点を持ち被害にあう事例も多くある中、一連の法改正などの議論を行う法務省の法制審議会の審議に参加してきた成蹊大学の佐藤陽子教授(刑法専門)に話を聞きました。
佐藤教授
「新設された“手なずけ”の手口についての条文は、実際に被害にあってしまう前の段階でも処罰を可能にしている点で、大きな意義があります。『こういう犯罪がある』ということが一般的に認識されていれば、SNSのメッセージ上で面会を要求されたりわいせつな画像を要求されたりした時に、『この人はおかしいことをしているのではないか』と気付くきっかけとなります。また、万が一被害にあってしまった場合においても悪いのは加害者なんだと理解することができ、周囲もその認識に基づいて被害者を支援することができます」

取材後記

子どもが安心して学ぶことに責任を負っている塾の講師が、性暴力を繰り返していただけでなく、“先生”という存在への信頼を悪用したと思うと、本当に卑劣で許せない行為だと感じます。

女性は被害者なのに、自分を否定する感情を持ち続けることを強いられたほか、「自分を大切にしてくれる人だ」と思い込まされてきました。ここに、“手なずけ”の手口の恐ろしさがあると思います。

同じような被害にあう子どもを出さないために、勇気を出して語ってくれた女性の思いを多くの大人が受け止めて、子どものサインを見逃さないことが必要だと感じます。
広島放送局記者
亀山 真央
2021年入局
警察・司法取材を担当
性暴力の裁判などを広く取材しています
松江放送局カメラマン
前岡 和
2020年入局
名古屋局を経て現所属
主に在留外国人や性暴力について取材しています
◇被害の相談は「性犯罪相談電話」(#8103)や「性被害ワンストップセンター」(#8891)で受け付けています。

◇内閣府のチャット相談事業「Cure Time」では、性暴力に関する相談を毎日17時~21時、チャットやメールで受け付けています。年齢・性別・セクシャリティーを問いません。日本語のほか、英語や中国語など10か国語に対応しています。