「経済的威圧」とは?影響力強める中国に どう向き合う?

「経済的威圧」とは?影響力強める中国に どう向き合う?
「経済的威圧」ということばを知っていますか?聞き慣れない人も多いかも知れませんが、いま国際社会で、その是非が問われている行為です。

10月末、大阪で開かれたG7=主要7か国の貿易相会合でも経済的な影響力を強める中国を念頭に、この「経済的威圧」にどう対処していくかが大きなテーマとなりました。
(経済部 記者 保井美聡)

日本産の水産物をめぐる“経済的威圧”

G7の貿易相会合を前に、私は「経済的威圧」の事例とも言える現場を取材しました。

訪れたのは東京 江東区の豊洲市場にある仲卸会社の売り場です。
早朝に訪ねてみると、きらきらと輝くウニや水産物が次々と箱に詰められていました。

こちらの会社は豊洲から20余りの国や地域に、高級魚のキンメダイや、ウニ、ノドグロなどを輸出しています。
しかし、ことし8月以降、厳しい経営環境に見舞われています。

海外の売り上げのうち、およそ半分を占めていた香港向けの輸出がほとんどなくなってしまったのです。

原因となったのは、中国と香港政府が8月から実施した日本産の水産物に対する輸入規制。東京電力福島第一原発にたまる処理水の海への放出に反発しての対応です。
【中国】
日本産の水産物の輸入を全面的に停止
【香港政府】
福島や東京など10都県からの水産物の輸入を禁止
このため輸出向けの取り引きが激減し、1か月の売り上げは去年の同じ時期と比べて数千万円も減少する状況が続いています。

新たな輸出先を模索するも…

いまはアメリカ向けの輸出を増やすことに力を入れていて、冒頭に登場したウニもアメリカに輸出される予定のものでした。

ただ香港に輸出していた量をカバーするのは遠い道のりで、対応に苦慮しています。
仲卸会社「山治」 山崎康弘社長
「香港や中国に代わる輸出先は簡単に見つかるものではないし、中国の人たちなどに純粋においしい魚を食べてもらいたいと思っている。香港の商社とは今も頻繁に電話していて『日本の魚を使いたい』ということも言ってくれている。やっぱり政治家どうしが腹を割って話をしてほしいなと思っています」
影響は各地の水産業に広がっています。
中国の輸入停止措置を受け、JETRO=日本貿易振興機構が9月に水産業を支援するための緊急対策本部を立ち上げたところ、専用窓口には、すでに200件余りの相談や問い合わせが寄せられているということです。

「経済的威圧」とは?

「経済的威圧」は特定の要求や政策を受け入れさせようと、ある国がほかの国に対して、輸出入の制限や関税の引き上げ、不買運動などの一方的な経済的措置を行使して、圧力をかける行為です。
国際法上の明確な定義はないものの、国際経済法に詳しい中央学院大学の中川淳司教授は今回、中国が行った日本産の水産物の輸入停止も処理水の海への放出をやめさせるのが目的だとする中国の主張を考えれば、典型的な「経済的威圧」にあたると話します。

近年では、経済的な影響力を強めた中国が輸出入の制限などで相手国に圧力をかけるケースが多くなっているとされています。
日本が圧力を受けたケースでは、2010年に沖縄県の尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件をめぐって、中国がレアアースの日本への輸出手続きを事実上停止した事例があります。

レアアースは自動車や家電などに広く使われる重要物資だけに当時、産業界には懸念が広がりました。

米中の覇権争いやロシアによるウクライナ侵攻など国際社会の分断が深まる中で、自由貿易体制は揺らぎ、各国は「経済的威圧」に備える必要に迫られているといいます。
中央学院大学 中川淳司教授
「中国が筆頭の貿易相手国となっている国は世界中にあり、中国が世界の貿易で占める地位はずいぶん大きくなっている。経済的威圧の効果を高めないためにも重要な物資のサプライチェーン=供給網の多様化などにふだんから取り組む必要性が高まっている。そのうえで、こうした行為の是非を国際法に合致するかどうかで判断し、問題があれば国際社会として対処していくべきだ」

G7でも「経済的威圧」が議題に

10月末から大阪で開かれたG7の貿易相会合でも、中国を念頭に「経済的威圧」にどう対処するかが議論されました。
今回の会合には経済成長が続くインドや資源国のオーストラリアなど5か国の貿易相も招かれ、経済安全保障上の重要性が高まる半導体や、リチウムなどの重要鉱物のサプライチェーン=供給網の強化に向けて、連携していくことを確認しました。

会合の中で日本は、中国が行う日本産の水産物の輸入停止には科学的根拠がないとして、即時撤廃に向けてG7各国に結束した対応を求めました。

その結果、G7の閣僚声明では中国による輸入停止を念頭に次のことばが明記されました。
【G7 閣僚声明】
「新たに導入された日本の食品への輸入規制を含め、不必要に貿易を制限する いかなる措置も直ちに撤廃されることを強く求める」
処理水の放出後、国際会議の成果文書に初めて中国の輸入規制の撤廃要求が盛り込まれました。
会合に参加したEU=ヨーロッパ連合のドムブロフスキス上級副委員長はNHKのインタビューに対し、日本の対応について次のように話しました。
EU ドムブロフスキス上級副委員長
「EUは処理水の放出に関して、日本が行っているモニタリングシステムは十分で、科学的な証明ができていると考える。中国が日本産の水産物の輸入を停止していることについても日本の立場を支持する

「経済的威圧」にどう向き合うか

今回の会合では、多くの国が中国の輸入停止に対する日本の立場を支持した形となりました。

しかし「経済的威圧」と疑われる行為は中国だけに限ったことではありません。
2017年に発足したトランプ政権は保護主義的な貿易政策を進め、ときに関税の引き上げなどをちらつかせて相手国に譲歩を迫りました。

中国との間では貿易摩擦が激化して、互いに関税上乗せなどの応酬となり、自由貿易の機運は後退しました。

最近では、アメリカが先端半導体や製造装置の中国への輸出を規制する措置を強化していますが、中川教授はこうした行為も威圧と捉えられるとしています。

また、世界的にEVシフトが進むなかで、各国の自動車メーカーの競争も激しさを増していますが、中国以外の国でも自由貿易の原則に反する自国の利益誘導ともとれる措置を導入しようとする動きがみられています。
「経済的威圧」が新たな「経済的威圧」を生まないためにも、今後、日本はじめ各国が導入する規制などが国際法に合致し、公正な競争条件の確保につながるものかを見極めるとともに、各国で透明性のある基準づくりを進めていく必要がありそうです。

(10月28日「ニュース7」などで放送)
経済部記者
保井 美聡
2014年入局
仙台局、長崎局を経て現所属
現在は通商分野の取材を担当