娘を救った父の絵本

娘を救った父の絵本
「もう、学校に行きたくない」

小学2年生の美桜(みお)さんはある日突然、父にこう打ち明けました。

きっかけは学校で肌の色をからかわれ、いじめを受けたことでした。

しかし父親が描いた絵本に救われ、今では学校に楽しんで行っています。

最愛の娘を救った絵本に込められた父の思いとは。

(おはよう日本ディレクター 山田加奈子)

肌の色で受けた “いじめ”

2020年、父親に打ち明けたブレイスウェイト美桜さん(当時8歳)です。

アフリカ系カナダ人の父親と、日本人の母親の元に生まれました。

神奈川県の公立小学校に通う美桜さん。複数のクラスメートから肌の色を理由にあだ名をつけられたり、からかわれたり、いじめは4か月にわたって続いたといいます。

それでもなんとか学校に通い続けましたが、ある日、我慢も限界に達しました。
美桜さん
「いじめられてから、朝になると学校に行きたくないなって思うようになって。何もしていないのに、なんでからかわれないといけないのだろうと」
父親のキノタ・ブレイスウェイトさん(45)は、2006年にカナダから来日しました。

日本でも肌の色を理由にいじめが起きたことを知って、大きなショックを受けました。

白人が人口の約半数を占める、カナダのトロントで生まれ育ったキノタさん。
みずからも黒人であることで激しい人種差別を受けてきたといいます。

小学校の頃には、肌が黒いとの理由でクラスメイトから不快なあだ名をつけられました。

高校ではロッカーに「死んだらどうだ?」と書かれた手紙が入っていたこともありました。
キノタさん
「娘から肌の色でいじめられていると打ち明けられて、自分がトロントの学校にいたときのことを思い返しました。そして、今の世界ではこのようなことは起きてはならないと思ったんです」

娘のため 父がとった行動は

国と時代が変わっても、差別がなくならないことに心を痛めたキノタさん。

娘には同じような経験を味わわせたくないと、自分に何ができるかを考えました。

小学校に掛け合ってお願いしたのが、美桜さんのクラスメイトの前で授業をする機会をもらうことでした。
キノタさんはその授業で、
▽祖先はアメリカの奴隷制を逃れ、カナダで自由を手に入れたこと、
▽アフリカ系カナダ人の入植地を作り、カナダの歴史と社会に貢献してきたこと、
▽そうしたルーツがあるゆえに自分たちの肌の色には誇りを持っていることを伝えました。

すると、子どもたちはみな驚いたような表情を見せたと言います。
キノタさん
「いじめていた男の子のひとりが僕のところにやってきたのです。彼は英語でこう言いました。『キノタさん、教えて下さってありがとうございました。美桜さんをいじめて本当にごめんなさい。僕たちはもう二度としません。いつでもまた学校に来てくださいね』と。僕の思いが、彼らに伝わったんです」
キノタさんはそこで、いじめは異なる人種や文化に“無知”だったことが原因であることを理解したといいます。

そうしたことを、子どもたちにまず知ってもらうために取り組んだのが、美桜さんのいじめの実体験を絵本にすることでした。
タイトルは、「Mio The Beautiful(ミオ・ザ・ビューティフル)」。

多くの子どもが読めるよう、文章は日本語と英語を並記しました。

そして、いじめた子を諭す教師のことばに、キノタさんが伝えたいメッセージを込めました。

「You are all beautiful children」(みんな子どもはそれぞれ美しいんだよ)
キノタさん
「私はこうしたことばを使って、すべての子どもたちが美しいことを広めていきたいんです。人種や言語に関係なく、みなすべて尊重されるべきなんです」

父から学んだ娘は

インターナショナルスクールで教師をしているキノタさん。

作成した絵本の読み聞かせ会を、定期的に開催しています。
この日は都内の教室で、小学生とその保護者、約30人が集まりました。

参加者に話を聞くと、自分と他人とのさまざまな違いから、いじめを経験したという子どももいました。

実体験が絵本になった美桜さんは、当初は照れくさい気持ちが強かったといいます。

しかしいまは、この本を通して、自分と同じようにつらい目に遭う子どもがいなくなることを祈っています。
美桜さん
「お父さんが自分のつらい経験を絵本にしてくれたから、これからは他の子のいじめがなくなったらいいなって思います」

広がる共感の輪

絵本「ミオ・ザ・ビューティフル」は2021年に自費出版されると、SNSで口コミが広がり、発行部数2千部を記録。

大手インターネット通販サイトでは、一時、部門別のベストセラーとなりました。
キノタさんの元には、何百もの共感や感謝の声が寄せられています。

特に多かったのが、日本で働く外国人教師からでした。

いまでは、国内にある多くのインターナショナルスクールで、この絵本が置かれているといいます。
インターナショナルスクールの教師
「この本は、他人の違いを受け入れ、また他人と自分が違うことで私たちが特別な存在であることを気付かせてくれます。この本を読むことで、生徒たちが自分の言動に気を配り、友達に対して親切になったと感じています」
この絵本をきっかけに、人種などの多様性について親子で話すようになったという家庭もあります。

神奈川県に住む牧野恵美さんは、小学生の娘さんに読み聞かせたいと、絵本を購入しました。
牧野さん親子が心ひかれる教師のことばがあります。

「いろんな人がみんな一緒に暮らしているのが日本なんだよ、ステキなことでしょう?みんなが同じようだったら、とてもつまらないと思いませんか?」
母「ここ読んでどう思った?」
娘「そうだと思った。つまらないと思った」
母「私もそう思う。みんな見た目とか違うもんね。それでいいもんね」
牧野恵美さん
「もともと子どもは肌の色で人を差別したりする考えや感性はもっていないと思うんです。見た目で差別をし始めるのは、大人がそういう言葉を言って、それを子どもがどこかで吸収しちゃっていくのが原因なのだと日々感じています。娘にも、見た目で人を判断しないことが当たり前なんだよと伝えていきたい」

多様性の大切さを伝える

キノタさんがいま力を注いでいることがあります。

子どもに教える側に、人種や文化などの多様性の大切さを伝える活動です。

これまで、30か所以上で講演を行ってきたキノタさん。この日は、都内にある大学を訪れ、教員を目指す学生たちに、国際教育の実践的な指導方法を教えました。
キノタさん
「多様性をより低学年から教えることができれば他者を受け入れられる子どもに育つでしょう。教えるときに、さまざまな文化の本や音楽を取り入れることで、子どもたちに“これが当たり前なんだ”と感じさせるのも有効です」
講演では、娘が多様性にまつわるいじめを受けた当事者であり、教師でもあるキノタさんに、学生たちからさまざまな質問が飛び出しました。
男子大学生
「実習校に行ったとき、クラスに日本語があまりしゃべれない子どもがいたのですが、教室にいたくないからと外に出ていってしまったり、周りの子どもも子どもに話しかけなかったり。自分が先生だったら、どうすればよかったのでしょうか」
キノタさん
「私なら、“バディ・システム”を取り入れます。新しい生徒が来たら、彼らを手助けしてもらえるように、一人か二人の生徒をバディ(相棒)としてつけます。そうすれば、最初からその子に友達がついている状態になりますよね」
女子大学生
「私は将来、幼稚園の先生になりたいです。遊びのなかで、異なる文化の絵本や歌を使うことが大切だと思っていますがどうでしょうか」
キノタさん
「幼い子どもたちは、まだ心が形成されていないため、多様性を取り入れた学習をより早い時期から始めることができればすばらしいと思います」
講演をきいた女子大学生(来年から小学校教員になる予定)
「教員として子どもたちにただ伝えるだけではなくて、実践的で体験的な活動を通して子どもたちが多様性について考えられるような機会を設けていきたいと思います」
キノタさんの活動に賛同する玉川大学の大谷千恵教授は、多様性を子どもたちにより浸透させていくためには、教えられる教員を増やしていくことが大切だとしています。
玉川大学教育学部 大谷千恵教授
「先生の役割はすごく大きいです。多文化共生には共感的な理解がすごく大事で、直接、人と出会って、その人の言葉を通してどんな気持ちだったかというところに思いをはせる経験ができるといいと思います。キノタさんの取り組みを通じて、これから教師になろうとしている学生にとってたくさんの気づきと学びがあると思ったところです」
キノタ・ブレイスウェイトさん
「私の最終的な目標は、すべての子どもが学校に行けて、幸せになれて、受け入れられて、良い教育を受けられて、世の中に貢献できて、すべてをよりよくすることです。そのためにベストをつくしたいです」

取材後記

日本の在留外国人の数は2022年、初めて300万人を超え過去最多になりました。

外国にルーツをもつ子どもの数も増えていて、学校現場では異なる人種や文化などの多様性をどのように教えるかが課題となっています。

キノタさんの絵本「ミオ・ザ・ビューティフル」を手にとった子どもたちが、将来、他者との違いを受け入れられる大人へと成長することによって、本当の意味での多文化共生の社会が実現することを、心から願っています。
おはよう日本 ディレクター
山田加奈子
2010年入局
大分局、政経・国際番組部などを経て現所属