“想定外と誤算” 札幌冬季オリンピック 招致暗転の実像

“想定外と誤算” 札幌冬季オリンピック 招致暗転の実像
「札幌の地に再び五輪の火を!」

2014年、当時の札幌市長が2回目の冬季オリンピック招致を表明してから9年、その活動は暗礁に乗り上げました。

災害による方針転換、そして東京オリンピックで不祥事が相次ぎ、市民の支持も広がらないなか、札幌市とJOC=日本オリンピック委員会は今月11日、2030年大会の招致断念を表明。その直後には、34年大会の招致も極めて厳しいものになりました。

招致活動の裏側で何があったのか?関係者への取材をもとに、実像に迫ります。

2030年大会 招致断念の背景は

ことし10月初旬、関係者からNHKの取材班にある情報が入りました。

「札幌市とJOCがまもなく、2030年大会の招致断念を表明する」

IOC=国際オリンピック委員会による30年大会の候補地の絞り込みは早くて年内、11月末から12月にかけての理事会で行われるとみられ、招致活動の停滞が続いていた札幌市などが、先に何らかの態度を表明する可能性があると考えられていました。
1972年に日本で初めて冬のオリンピックを開催した札幌市が、2回目の冬の大会招致を正式に表明したのは2014年のことです。当初は「2026年大会の招致」を目指していました。

4年後の2018年、最初の“想定外”が起きます。最大震度7の揺れを観測した北海道胆振東部地震です。被害は大きく、復興を優先するため、「2030年大会の招致」に方針転換します。

それでもこの時点では、立候補地のなかで最有力とされていました。ところが、このあとも想定外の事態が起きます。新型コロナウイルスの感染拡大です。開催への機運を高める活動は、思うように進みませんでした。
そして、決定的なダメージを与えたのが、2021年夏の東京オリンピック。巨額の開催費用に加え、組織委員会の元幹部などが絡む汚職・談合事件が起き、国民にオリンピックアレルギーともいえる不信感が広がりました。
札幌市とJOCは、計画の見直しとともにプロモーション活動を休止せざるを得ませんでした。2022年の秋以降、関係者からは「招致はもう無理」ということばが聞かれるようになります。

その後、ヨーロッパの国や地域が相次いで2030年大会の開催地に立候補すると、「札幌の状況を見たIOCが、名乗りをあげるよう声をかけた」といううわさが駆け巡りました。

こうした中、JOCはことし6月、札幌市が2030年以降の大会招致を希望する場合も、候補地として認めることを決議。札幌市はIOCとの間で、開催年次を絞らず議論を進める「継続的対話」を行っているため、あえて断念を表明せずとも、水面下で調整を続ける選択肢もありました。

現に関係者は「開催地を選ぶのはIOC、こちらから断念と言う必要はない」と強調していました。
しかし、10月11日、札幌市の秋元克広市長とJOCの山下泰裕会長はそろって会見を開き、2030年大会の招致断念と、34年以降を目指す方針を正式に表明しました。

山下会長は「JOC側から提案した」と説明したものの、関係者は「札幌市側の意向が強かった」と明かしました。

2030年大会はアメリカのソルトレークシティーやスウェーデンなど、少なくとも6つの立候補地が名乗りをあげ、ほかが有力ななか、「落選都市」と受け取られないようにすること。そして、仕切り直しというポーズを取ることで、市民らの一定の理解を得たいとする札幌市側の思惑が働いたという見方を、この関係者は示しました。

“誤算”だった2大会同時決定

しかし、「再スタート」を表明したわずか2日後、秋元市長、山下会長にとって“誤算”といえる事態が起きました。IOCがインドで開催した理事会後、2030年と34年の冬のオリンピック・パラリンピックの開催地を同時に決定する方針を示したのです。
早ければ11月末に開催される次の理事会で、34年大会の候補地も絞り込まれることになります。“34年以降”と方針を転換したばかりの札幌市にとって、極めて厳しいものになりました。

山下会長はこの2日前の会見で、「2大会同時決定は可能性としては低いと考えている」と答えていただけに、IOCの方針に「予想せず驚いた」とまさに寝耳に水の事態。JOC、そして山下会長の情報収集の甘さを露呈するかたちとなり、札幌市の幹部は「2038年以降の招致を目指すとなると、一度仕切り直す必要がある」と答えるなど、関係者にも動揺が広がりました。

IOCに近い日本の関係者は「国際的に評判を落とす結果。IOCの判断に踊らされず、日本主導の大会にするには、一度白紙に戻し『どうしても札幌にやってほしい』と言われる状況をつくる必要がある」と指摘しました。
一連の結果、札幌市が招致を実現できるのは早くて2038年、15年先です。市にしてもJOCにしても、現体制で臨むにはあまりに先になります。

招致活動がすでに長期化するなかで、今後も税金を投入し続けるのか。もう“誤算”は許されず、周囲からは「白紙撤回を検討すべき」という意見も出ています。今後、秋元市長と山下会長はどのような決断を下すのでしょうか。

“招致失敗”の影響はさまざま

2030年、34年大会の“招致失敗”の影響は小さくありません。北海道内の建設業界からは、大会を見込んでいた外資系ホテルの進出計画が取りやめになる可能性があるとする声、そして、外国人観光客の増加を期待していた観光業界からは落胆の声もあがっています。
また、2030年度末に予定されている北海道新幹線の札幌延伸への影響も懸念されます。

現時点で、一部の工区で3年から4年程度の遅れが生じていることに加え、道内で進む半導体工場などの建設に伴う人手不足もあり、30年大会の招致断念は、新幹線の札幌延伸の延期を決める“引き金”になるのではないかと指摘する関係者もいます。

札幌市は前回1972年のオリンピックを契機に、人口190万人の大都市に発展しましたが、当時整備されたインフラやスポーツ施設は老朽化しています。

2回目の大会招致をまちの新たな発展につなげようと、スキー場の魅力向上や観光コンテンツの充実、それにバリアフリーの強化などを掲げましたが、見直しが求められることになります。

今後の招致の可能性は

では、2038年以降は大会招致の可能性はあるのでしょうか?

IOCは、気候変動の影響で世界中で雪不足が進むなど、オリンピック・パラリンピックを開催するための安定した気象条件が整う候補地が、将来的に減ることを危惧しています。

そうしたなか、世界的に最も恵まれた環境であり続けると言われているのが、札幌市です。
カナダの大学を中心とした研究チームが去年1月に発表した論文では、世界の温室効果ガスの排出量が劇的に削減されなければ、今世紀末には、過去の冬の大会の開催地のうち、安全な競技環境を提供できるのは札幌市のみになると予測。

IOCは、冬の大会を持続的に開催するため気象条件が安定した複数の候補地による「持ち回り制」を導入することも検討していて、実現すれば札幌市は重要な候補地の1つとなります。
IOCで開催地選考に関わるカール・シュトス委員
「札幌は、気候変動が進むなかでも非常に安全性が担保された候補地だ。34年大会に向け開催に必要な条件を整えるには期間が短すぎるが、近い将来、必ずオリンピックの開催地に戻ってくる」
また、オリンピックの歴史に詳しい中京大学の來田享子教授はこう指摘します。
中京大学 來田享子教授
「近年のオリンピックは人権問題や社会の持続可能性など、世の中の変化を後押しすることに価値を見いだす段階にきている。札幌が雪のあるまちのモデルとして、オリンピック・パラリンピックを通じてどんな姿を見せようとしているのかを、市民の望む形で提案できることが求められている」
札幌市が2回目の冬の大会の招致を目指し続けるのであれば、東京大会で失ったオリンピック・パラリンピックへの信頼を回復する地道な取り組みがまず求められます。

合わせて、雪資源という世界的にも恵まれた環境を持つ都市として、いかに大会の開催が社会にとって価値のあるものなのか、明確に示すことが求められそうです。
(10月11日「ニュース7」で放送)
スポーツニュース部 記者
今野朋寿
2011年入局
パリ大会では、バドミントンやフェンシングを担当。推しのアスリートはレッドソックスの吉田正尚選手。
スポーツニュース部 記者
細井拓
2012年入局
IOCなどオリンピック、パラリンピック関連、陸上取材などを担当。100キロマラソン完走タイムは11時間37分。
札幌放送局 記者
前嶋紗月
2019年入局
札幌市政を担当。
五輪をはじめ、様々なテーマを分かりやすく伝えたいと思っています。