“念”で機械を動かす 最先端の脳科学がもたらす未来

“念”で機械を動かす 最先端の脳科学がもたらす未来
YouTubeに公開された7分足らずの動画に世界が衝撃を受けた。

動画に写っているのは、オンラインゲームをプレーするアメリカ人の男性。
その手元にあるはずのコントローラーが、ない。

代わりとなっているのが頭に取り付けられた装置だ。
脳に埋め込んだ電極で脳波の情報を読み取り、ゲームのキャラクターの動きに変換し操作しているのだ。

脳と機械をつなぎ、“念じた”とおりに動かす。
BMI=ブレイン・マシーン・インターフェースと呼ばれる技術の開発競争が、今、世界で激化している。

(大阪放送局 記者 絹田峻)

頭に埋め込まれた電極

こちらが世界に衝撃を与えた動画。

動画の男性が来日すると知り合いの研究者から聞き、早速インタビューを申し込んだ。

インタビューが実現したのは、2023年10月。

ネイサン・コープランドさん(37)は、「観光で疲れた」などと言いながら、終始笑顔で取材に応じてくれた。
ネイサンさんは18歳のとき、車を運転していて交通事故に遭い、首に大けがをした。

今も胸から下がまひしていて、車いすで生活している。

腕はある程度は動かせるが、指は動かすことができないという。

ネイサンさんが脳に電極を埋め込む手術を受けたのは、事故から10年がたった28歳のとき。

アメリカのピッツバーグ大学の臨床研究に参加し、4つの電極を脳に埋め込んだ。

同行している母親が彼の髪の毛をかき分けると、電極につながる金属製のコネクターが頭の皮膚から出ているのが見えた。

このコネクターにケーブルを接続してコンピューターとつなぐのだ。

会う前からわかってはいたが、間近でみるとやはり驚きを隠せなかった。
頭に装置を埋め込むことに、不安はなかったか。

決断の理由を質問すると、ネイサンさんはこう話してくれた。
ネイサン・コープランドさん
「交通事故のあと、私は悲しく憂うつな期間を経験しました。事故にあった人たちに私と同じような思いをしてほしくなかったんです。BMIを使う時は自分の腕を前後左右に動かすイメージをしています。頭に描くだけで機械を動かせるのは最高ですよ」
ネイサンさんは週に3日、それぞれ4時間ほど、大学で機械の動作確認などを行っているという。

ゲームのほかにロボットアームを操作する実験にも参加している。

この実験では腕を動かすだけでなく、手を開いたり、握手したりするといった指の細かな動きも正確に再現することができていた。

“触った”感覚を脳に届ける

BMIができるのは、機械の操作だけではない。

機械の手が“触った”感覚を脳に届ける研究も進められている。

ネイサンさんの脳の電極のうち2つは、感覚を制御する「感覚野」という場所に埋め込まれている。ロボットアームの指先が何かに触れると、取り付けられたセンサーが反応して触った感覚を電気信号に変更しケーブルを通じて電極に送られる。

すると、まるで自分の指で触ったかのような感覚が再現されるという。
「人工触覚」と呼ばれるこの技術について、ネイサンさんは電極の埋め込み後、半年に渡って行われた実験に参加した。

目隠しした状態でロボットアームのどの指を触られたかを当てるもので、ネイサンさんの正答率は84%にのぼったという。
ネイサン・コープランドさん
「自分の手が物に触れているわけではないのに、手が少しチクチクしたり圧迫されたりするような感じです。何かに例えることが難しい感覚です。BMIは機械を動かせるだけでなく感覚まで備わっているので、さまざまな病気の患者などの生活を助けられる可能性があると思います」

脳波解読にAIも

BMIはけがや病気で失われた体の機能を補う医療技術として20年以上前から研究されてきた。

脳と機械をつなぎ、頭の中でイメージしたとおりにロボットアームを動かしたり、パソコンで文字を入力したりできれば、患者の生活を劇的に変えることができる可能性があると期待されている。

ただ、ネイサンさんのように電極を埋め込むタイプのもので、実用化されたものはまだない。

開発の大きな壁となってきたのは脳波の解読だ。

実際に生活で使うには、頭の中でイメージした動きと、機械の動きがぴったり一致しなければならない。

「右手の親指を曲げる」イメージをしたのに、人差し指が動くような精度では実用化は難しい。

この課題の解決につながると期待されているのがAI=人工知能だ。

膨大な脳波のデータをAIに学習させることでより正確な解読が可能になり、装置の精度も実用に耐えるものに近づきつつあるという。

AIの進歩がBMIの開発競争を後押ししているのだ。

より使いやすく「ワイヤレス化」も

さらに、BMIを日常生活で使いやすくするための研究も世界各地で進んでいる。

大阪大学の平田雅之特任教授が進めるのは、脳に埋め込んだ電極と機械とを「ワイヤレス」でつなぐ装置の開発だ。
大阪・吹田市にある研究室で、開発中の装置を見せてもらった。

3センチ×4センチの大きさの脳波計。

この脳波計を電極とともに頭の皮膚の下に埋め込み、測定した脳波をコンピューターに送信する仕組みだ。
ワイヤレスの装置は、主に「使いやすさ」と「安全性」という2つの点でメリットがあると考えられるという。

ネイサンさんの装置は使うたびに頭にケーブルをつなぐ必要がある上、つなげたままでは移動も不便だ。

また、ケーブルをつなげるためのコネクターの部分が頭の皮膚から露出していて、細菌などに感染するリスクがあるという指摘もある。

この日、平田さんの研究室で脳波に見立てた電気信号を使った実験を見せてもらった。

実験の結果、微弱な信号も増幅して正確に読み取ることができたという。

今後、患者を対象にした臨床試験で安全性などを確認し実用化を目指す計画だ。

ワイヤレスのBMIをめぐっては、海外でも、全身の筋肉を動かせなくなる難病の患者が装置を介してパソコンを操作しネットショッピングができるか確かめる臨床試験が行われている。
大阪大学 平田雅之 特任教授
「アメリカを中心に有線型の装置を使った非常に長期間の臨床研究が行われています。しかし、いつでもどこでも長期間在宅で使うということになると、体内に埋め込むワイヤレス化というのが必要です。研究を進め、BMIの技術を重症の患者さんに届けたいと思います」

BMIが描く未来は

世界で開発競争が進む中、BMIを医療以外の分野に応用できないかという期待も高まっている。
10月、大阪市内でBMIの将来の利用のあり方を考えるワークショップが開かれた。

大学院生や研究者など20人あまりが集まり、ネイサンさんの姿もあった。

ワークショップでは、BMIを使ってヒトの運動能力を超えるロボットスーツを操作したり、「人工触覚」の機能を応用して、大量の情報を直接脳にインプットしたりできるのではないかといったSFのようなアイデアも話し合われた。

BMIが実用化された未来について、ネイサンさんはどう感じているのか。
ネイサン・コープランドさん
「彼らが考え出したアイデアのいくつかはとてもいいと思うし、彼らのアイデアが将来、実用化されることを願っています。誰もがBMIの恩恵を受けられるようになることを希望しています」
BMIの実用化をめぐっては、安全面などクリアすべき課題も多く、広く一般に使えるようになるのは20年以上先になるという見方もある。

技術的な課題に加え、適切に使うための新たなルールや法整備が必要かどうかも検討しなければならない。

「つらい思いをする人を減らしたい」と願って研究に参加したネイサンさん。

その思いが実現できる未来になるよう、今後も取材を続けたい。

(10月17日「ほっと関西」で放送)
大阪放送局 記者
絹田 峻
2011年入局 
担当は医療・科学技術
前任の科学文化部では宇宙分野などを取材
思い出の言葉は「リターン・トゥ・フライト」