「給料上げろ!」4年で40%の賃上げストライキ どうなる?

「給料上げろ!」4年で40%の賃上げストライキ どうなる?
「インフレ経済についていくのは難しい。中間層から貧困層上部に移行してしまっている」

アメリカの自動車メーカー、フォードで働く男性の言葉です。

UAW=全米自動車労働組合が、賃上げを求めて大手自動車メーカー3社に対して初めてとなる同時ストライキに突入し、今も続いています。(10月24日時点)

要求は4年で40%の賃上げ。日本人からすると、驚くような強気の要求です。このストライキ、読み解くとアメリカの今の政治や経済、社会が抱える課題が複雑にからみあっていることが分かります。

(アメリカ総局記者 江崎大輔)

「収入は昔より減っている」

アメリカで続くUAWによるストライキ。

組合員に直接話を聞こうと私は中西部ミシガン州デトロイトに飛びました。

フォードの工場で働くチャールズ・ウェイドさん(46)に自宅で話を聞くことができました。

ストライキの理由について、ウェイドさんがまず挙げたのが、長引くインフレです。
チャールズ・ウェイドさん
「2007年から今までのインフレ率を計算したら、当時より今の方が(実質の)収入が少なくなっているという統計を見た。多くを求めているんじゃない。家を買えるようになること、公共料金や食費を支払って家族を養えるようになること。そういうことを求めているんだ」

3社同時ストに突入

UAW=全米自動車労働組合は組合員が40万人を超えるアメリカでも最大規模の労働組合の1つです。

大手自動車メーカーのGM=ゼネラル・モーターズ、フォード、それに、クライスラーを買収したヨーロッパのステランティスの3社との間で労使交渉が合意できず、2023年9月15日に初めて3社に対して同時にストライキに突入しました。
この時点でUAWの要求は4年で40%の賃上げ。

各メーカーのCEOの報酬が4年間の平均で40%上昇したというのが根拠だとしています。

これに対して、会社側は組合への提示内容を明らかにしていませんが、この時点では20%前後を回答していると報じられ、大きな隔たりがありました。

体感では根強いインフレ

統計上、アメリカのインフレは鈍化傾向が現れています。

物価上昇率は2022年6月に対前年同月比で9.1%を記録しましたが、2023年8月と9月は3.7%となりました。
ただ、生活実感ではまだ、物価が高いという消費者の声を取材でよく聞きます。

私自身、ニューヨークで駐在していて、スーパーでトマトなど食料品を買う時には価格の高さに驚くことがままあります。

2023年9月の統計でも、伸びは鈍化しているものの、食品は3.7%上昇、外食は6.0%上昇、住居費は7.2%の上昇(いずれも対前年同月比)となっていて、生活に身近なところで負担感が強いのが実態です。

組合のスタンドアップ戦略

UAWを率いるのは、29年間、組合活動を続けてきたショーン・フェイン委員長です。
もともとはクライスラーの電気技師で、会社がリーマンショックの翌年2009年に経営破綻したときの組合の交渉担当者でした。

フェイン委員長が今回のストライキでとった戦略が「スタンドアップ・ストライキ」と呼ばれるものです。

3社の組合員およそ15万人が一斉にストを起こすのではなく、限定した形でストを始め、経営側が交渉に応じなければストの規模を拡大して経営側にプレッシャーをかける戦略です。

最初にストに入るのは3社の3つの工場に決まりました。

私はストが始まる直前、9月14日遅くからストが予告されていたミシガン州ウェインのフォードの自動車組み立て工場に向かいました。

工場の前に着くとすでに多くの組合員がストの準備を始めていて、高揚感に包まれていました。
9月15日午前0時になると歓声とともにストが始まり、夜中にもかかわらず、組合員が道行く車に対して待遇の改善を訴えました。

スタンドアップ・ストライキはその後、4回にわたって拡大され、現在、3社の7つの工場と、GMとステランティスの部品の配送施設38か所で、あわせて4万人を超える規模となっています。

スト開始から1か月余りがたちました。

組合側の発表では10月20日時点で経営側は23%の賃上げを回答しているとしています。

当初よりは引き上げられているものの、まだ要求との開きは大きく、スト収束のめどはたっていません。(10月24日時点)

格差拡大への根強い不満

フォードに勤務するウェイドさんが賃金とともに不満を感じているのが、格差拡大です。

自分たちの生活に比べて会社の幹部たちの報酬の高さに不公平を感じているのです。
チャールズ・ウェイドさん
「アメリカの平均的なCEOと労働者の賃金格差は400倍だ。彼らは自動車生産のコストのせいぜい6%だけですよというが、クルマの価格をすでに30%も値上げしている。労働者から金を強奪しておいて、あなたがたは強欲だという。強欲なのはどっちだよ?」
リーマンショックによってもたらされた深刻な経済危機と、GM、クライスラーの破綻。

富が一部の人に偏っていて、自分たちに回ってこないという根強い不満が鬱積していることが感じられました。

EVシフトが交渉を難しく…

自動車産業で働く組合員たちをストに駆り立てるもう1つの要因がEVシフトです。
ガソリン車に比べて部品の数が少ないEVの普及が雇用の縮小につながることに組合側は強い懸念を訴えています。

ウェイドさんは環境対策など時代の流れだとは理解しつつ、働く場所を失わないか心配だといいます。
チャールズ・ウェイドさん
「EVシフトは必要だが、EVシフトの計画で中間層の労働者を排除し、新たな貧困層を作り出すことは認められない」
今回、労使交渉がここまで長引いているのは、EVシフトによる自動車業界の競争激化が要因だと指摘されています。

いま世界の自動車メーカーの間ではEV普及に向けた価格競争が激しくなっています。

低コストのEVを生産する中国勢のほか、アジアやヨーロッパのメーカーとも価格競争を迫られる中で、経営側としてはコスト増加要因である賃上げに簡単には応じられないという事情があるのです。

大統領選挙にも影響

このストライキはアメリカの政治とも直結しています。

産業のすそ野が広く、多くの人が働く自動車産業だけにストは来年秋の大統領選挙と関わってくるのです。

しかも工場が集積する中西部のミシガン州やオハイオ州はスイング・ステートと呼ばれ、大統領選挙のたびに民主党、共和党の支持が変わる、選挙戦のうえで極めて重要な州なのです。

働く人たちの不安や不満は投票に影響すると案じたのか、労働組合を有力な支持母体とする民主党のバイデン大統領は9月26日にミシガン州のストの現場を訪れ、賃上げ要求に理解を示しました。
バイデン大統領
「組合が中間層を築き、中間層がアメリカを築いてきた。あなたたちはいまよりもずっと多くの賃金を支払われるべきだ」

トランプ氏はEV批判

一方、翌9月27日には、共和党の有力候補、トランプ前大統領も同じミシガン州で演説しました。

バイデン政権が後押しするEVの普及が雇用の縮小につながるとして、バイデン大統領を批判、自分への支持を呼びかけました。
トランプ前大統領
「バイデン大統領はEVを義務として押しつけているが、それはアメリカの自動車産業の死を意味する。私は自動車産業が滅びることを許さず、かつてなく繁栄させる」
ウェイドさんは自宅でこの演説を聴いて「票集めのための演説のように聞こえた」と感じた一方で、トランプ前大統領がEV普及が雇用の縮小につながると述べたことは票の獲得につながる可能性があると話していました。

インフレ再燃のおそれも

こうしたストの動きを警戒しているのがFRB=連邦準備制度理事会です。

記録的なインフレを抑え込むため、FRBは2022年3月以降、あわせて11回の利上げを行いました。
ようやくインフレ率が落ち着く傾向が見え始めているところに、大幅な賃上げが実現すると人件費の上昇分を物価に転嫁する企業が増えてインフレが悪化しかねないと警戒しているのです。

アメリカでは5月から9月にかけて映画やテレビの脚本家でつくる労働組合がストライキを行いました。

物流大手のUPSの労働組合もことし集会を開くなどの労使交渉の結果、大幅な賃上げを実現するなど、労働組合の動きが活発になっています。

最悪は景気後退?

ストが長引けば実体経済に悪影響が及びかねないと指摘する専門家もいます。

アメリカの格付け会社傘下の経済調査会社「ムーディーズ・アナリティックス」のエコノミスト、マーク・ザンディ氏です。
マーク・ザンディ氏
「もしストがハロウィーン(10月31日)を過ぎて感謝祭(11月23日)になり、より多くの生産が停止すれば、大きな問題になるだろう。仮に10月末まで続き、生産の半分から4分の3が停止するとすれば、10月から12月のGDP=国内総生産の伸び率は0.3ポイント押し下げられるだろう。さらにストがことしの年末まで続き、ビッグ3の生産のほとんどが何らかの形で停止するという最悪のケースでは、景気後退となる可能性が高い」
労働者が仕事に携わらなかった労働損失日数が2023年、累計ですでに1000万日を超え、歴史的な“ストの年”となっているアメリカ。

働く人たちの賃金が上向くのは望ましいことですが、ストの長期化はインフレの悪化や自動車産業の低迷を引き起こしかねない導火線でもあります。

そしてその背後にはアメリカ国民の格差拡大への不満が横たわり、バイデン大統領は政治(=選挙)をとるのか、経済をとるのかの難しい選択が突きつけられています。

すべての人を満足させる回答は現時点では見当たらず、分断が進む今のアメリカの難しい現状を映し出しています。

(9月27日「ニュースウオッチ9」で放送)
アメリカ総局記者
江崎 大輔
2003年入局
宮崎局 経済部 高松局を経て現所属