日本各地で「オーバーツーリズム」が問題に 解決策はあるのか

日本各地で「オーバーツーリズム」が問題に 解決策はあるのか
「地元住民が全然バスに乗れない」
「農地に無断で入られた」
「人口2000人の町に年間40万人が訪れ、戸惑っている」

外国人も含め国内外の観光客が押し寄せて地元住民の暮らしに支障が出る「オーバーツーリズム」。いま、各地で問題となっています。

観光客の受け入れと地元住民の生活の両立をどう図るのか。対策が急がれています。

(経済部記者 樽野章/京都局記者 清水阿喜子、櫻井亮、春口龍一)

全然、バスに乗れない…

毎日多くの観光客でにぎわう京都の中心部。

世界遺産の清水寺近くのバス乗り場では、乗車を待つ観光客が長い列を作り、一度に全員が乗り込めないこともあります。
観光客だけでなく、ふだんからバスを利用する地域住民にも影響が出ています。
通院で利用している住民
「全然バスに乗れない。乗れてもやっとこさで席が空いているなとみたらスーツケースが置いてあったこともある」
京都市によりますと、こうした状況が特に目立つようになったのは、新型コロナが5類に移行した5月以降だといいます。

市民からは「混雑していて乗れなかった」「観光客の大きな荷物があって降りにくい」といった声が多く寄せられています。

なんとか混雑を解消できないかと、京都市では、新たな対策を始めています。

市内を走るバスであれば1日に何度でも乗れる「バス1日券」の販売を9月末で終了。

代わりに、バスと市営地下鉄の両方を利用できる「地下鉄・バス1日券」のバス車内での販売を始めました。
バスから地下鉄へと移動手段を分散させるねらいですが、どれだけの効果が出るかは未知数です。
京都市交通局 北尾雅則 営業推進課長
「効果はあると思っているが、これのみですべてが解決することはない。ほかの施策も組み合わせて混雑対策を図っていきたい」

観光地ではありません!

オーバーツーリズムの問題は、京都の中心部以外でも起きています。

京都市から北に130キロ、「舟屋」が名所となっている伊根町です。

海に面した住宅の1階部分に小型の漁船を格納する家がおよそ230軒立ち並びます。
SNSの普及に伴って10年ほど前から国内外から多くの人が訪れるようになりました。

人口およそ2000人の町に、ことしは40万人が訪れると推計されています。

舟屋周辺の道幅は狭いため、人と大型バスがぶつかりそうになることもあります。
撮影スポットを求めて観光客が誤って舟屋の敷地内に入るケースも出ています。

住民の間には、戸惑いが広がっています。
住民
「土日に買い物に行くのは避けています」

別の住民
「静かな町だったが、観光客が歩行者天国のように道の真ん中を歩くので歩きにくい」
小さな町なので、受け入れ体制の整備などは簡単にできるものではありません。

伊根町観光協会では観光客に守ってほしいマナーをパンフレットなどに示しています。

その中には「伊根の舟屋は観光地ではありません」という記載もあります。
観光客が訪れれば、経済的な効果や住民との交流といったメリットは生まれる。

ただ、その前提として、ここが生活の場であることをきちんと理解し、尊重してほしい。

深刻な状況を訴えるため、あえて強い言葉でメッセージを出しているということです。
伊根町観光協会 橋本和枝さん
「観光客の方にも満足してもらう一方で、住民の穏やかな暮らしを守っていきたい。これという打開策はまだ考えられていないが、伊根の舟屋には住民の暮らしがあるということをより周知するなどして、観光客と地元の共存を図っていきたい」

影響は全国各地で

観光庁によりますと、オーバーツーリズムは、すでに各地で起きているといいます。

例えば、北海道美瑛町。

広大な農地が広がる美しい景色で有名ですが、写真をおさめようと、農地に無断で立ち入る事例が相次いでいます。

地元の人が使う生活道路に、長時間、車を違法に止めるケースも報告されています。

神奈川県鎌倉市では、人気漫画ゆかりの場所とされる踏切周辺に観光客が殺到。

車道にはみ出して地域の交通の妨げになっていると問題になっています。
背景にあるのが、コロナ禍で落ち込んだ観光客の急激な回復です。

ことし1月から9月までに日本を訪れた外国人旅行者は1737万人。

去年の同じ時期の17倍に上っています。

もちろん日本人の国内旅行も増えています。

一方、観光業界では、コロナ禍で働いている人が仕事を離れ、サービスを縮小したところも少なくありません。

受け入れ体制が十分でないところに観光客が集中したことも影響していると見られます。

こうしたなか、政府は10月18日、緊急の対応策をとりまとめました。
その1つが混雑状況に応じて鉄道の運賃設定を変える取り組みです。

時間帯などによって運賃を変えられる現行の制度を、観光客で混雑した場合でも適用できるようにします。

この秋に鉄道各社に通達する予定です。

また、タクシー不足で観光客と地元住民の双方から不満が出ている地域もあるため、繁忙期に、ほかの地域から車両やドライバーの応援を受けられる仕組みを普及させます。

さらに、混雑しがちな定番の観光ルートから、空いているルートへの誘導を図ったり、私有地への立ち入り対策として、防犯カメラの設置の支援を行ったりします。

政府は、全国で20程度のモデル地域を定め、集中的に対策を進める方針です。

オーバーツーリズム 解消できるか

こうした対策で、オーバーツーリズムは解消されるのでしょうか。

専門家は、そう簡単なことではないという見方を示しています。
城西国際大学 観光学部 佐滝剛弘教授
「政府がオーバーツーリズムの対策にかじを切ったことは評価したい。ただ、世界の観光地では10年ほど前からオーバーツーリズムの影響が出ていて、どこも完全には解決していない。特効薬はないので、考えられる施策のうち効果的なものを組み合わせて地道に進めるしかなく、地域の経済とキャパシティのバランスを取り、どう持続可能な観光にしていくかが求められている」
その上で、「目に見える課題」だけではなく「目に見えにくい課題」への対応も欠かせないと指摘します。
佐滝剛弘教授
「例えば、有名な観光地を抱える地域では、空き地にホテルばかりができて住宅を建てる土地が限られ価格が高騰することで、新たに人が住めなくなり人口が流出している。観光客で地域経済が潤っているように見えても、実は市民の生活が苦しくなっているというような状況になりかねない。行政は観光客を呼び込む取り組みと並行して一般の市民の声を丁寧に聞く姿勢が求められる」

年間6000万人を目指すなかで

「オーバーツーリズム」に関する取材でよく耳にするのが、専門家の話にも出てきた「特効薬がない」という言葉です。

地域によって置かれている状況は異なるため、それに応じた対策を見つけていくしかありません。

一方、世界を見渡せば、さまざまな試みが始まっています。

スペインのサグラダ・ファミリアなど著名な観光地の中には、事前予約制を導入することで、一度に訪れる旅行者の数を制限するところもあります。

イタリアのベネチアでは、来年から、観光客がピークとなる時期に、日帰り客を対象に1日5ユーロ、日本円で790円を試験的に徴収する計画です。

日本政府は、2030年に外国人旅行者を年間6000万人にする目標を掲げています。

これは、過去最高だった2019年の3188万人の2倍近い水準です。
今後、さらなる混雑も想定される中、観光客の受け入れと地元住民の生活の両立をどう図っていくのか。

国内外の様々な対策を参考にしながら、早急に検討していくことが求められます。

(10月3日と17日「ニュース630 京いちにち」、10月18日「ニュースLIVE!ゆうごじ」で放送)
経済部記者
樽野章
2012年入局
福島局などを経て現所属
国土交通省を取材
京都放送局記者
清水阿喜子
2011年入局
札幌局 政治部 ネットワーク報道部などを経て現所属
京都市政を担当
京都放送局記者
櫻井亮
2012年入局
宇都宮局 経済部などを経て現所属
京都府政や経済分野の取材を担当
京都放送局記者
春口龍一
2021年入局
京都府警などの担当を経て現在は丹後舞鶴支局
京都府北部の取材を担当