「もう少し給料がもらえていれば…」介護報酬改定へ議論本格化

「やりがいは感じていましたが、もう少し給料がもらえていれば…」

ことし2月に介護の仕事を辞め、異業種に転職した男性のことばです。

介護を必要とする人の数は増え続ける中、人手不足が続く介護の現場。こうした中、介護報酬の見直しに向けた本格的な議論が始まりました。

「やりがいのある仕事 でも…」

給与が低いことを理由にことし2月に介護の仕事を辞め異業種に転職した男性は、「介護の仕事は好きだったが給料が低く、今後の生活を考えると辞めざるを得なかった」と話しています。

都内に住む熊崎賢一さん(51)です。

元々、大型トラックの運転手をしていましたが、落ち着いた生活がしたいと考え、職業訓練校で介護の実務を学び、4年前から介護施設で働いてきました。

週に1度は当直勤務があり、夜勤の職員1人だけでトイレやはいかいで起きる高齢者の対応に追われるなど、仕事は楽ではありませんでしたが、利用者から笑顔で「ありがとう」と感謝の声をかけられたり、作った料理を喜んでもらったりした際にやりがいを感じていたと言います。

しかし、給与は月に手取りでおよそ24万円で、収入も上がらず生活に余裕がなく、貯金もできないため、このまま続けるのは難しいと思うようになりました。

他の介護施設に移ることも検討しましたが、介護業界の給与はどこも変わらないため、ことし2月に介護の仕事を辞めて、今は再び運転手の仕事をしています。

熊崎賢一さん

介護の仕事はやりがいはありましたが、給料が安く生活はギリギリでした。貯金がほぼできず、将来的にこのままで大丈夫か心配で、大げさですが、生きていてつまらないという気持ちになることもありました。もう少し給料がもらえていれば辞めずに踏みとどまっていたと思います。

介護職員の給与水準は

介護事業者はサービスを提供した対価として支払われる介護報酬の中から光熱費などの必要経費を差し引き、残りを介護職員などの給与として支払います。

このため、介護報酬が増えないかぎり、職員の給与を増やすことは、難しくなっています。

令和4年の厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、すべての産業の平均と介護職員の賞与込み給与を比較したところ、以下のようになっています。

▽すべての産業の平均 月36万1000円
▽介護職員      月29万3000円

全産業の平均よりも6万8000円低くなっています。

処遇改善のための加算などの対策が取られてきたこともあり、介護職員の給与は、この10年で、平成25年当時と比べて4万円近く上がって改善はしているものの、物価高などを背景に他の職種で賃上げの動きが相次ぐ中で、介護業界の給与が相対的に低い状態が続いています。

増え続ける要介護者 不足する人材

給与が低く介護業界から人材の流出が深刻になるのに対して、需要は高まっています。

介護が必要な高齢者の数は高齢化に伴い年々増加し、ことし3月末時点で、およそ694万人と介護保険制度が始まった2000年4月末時点の3倍以上に増えました。

この数は今後も増える見込みで国の令和2年度の集計では団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者になる2025年度には745万人に、さらに、団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年度には872万人にのぼると推計されています。

一方、介護が必要な高齢者を支えるのに必要な介護職員の数は、今年度はおよそ233万人と試算されていますが、2年前2021年の介護職員の実数は215万人で、人材確保が課題となっています。

さらに介護職員は2025年度には243万人、2040年度には280万人必要になると見込まれていて、このままでは人手不足で介護サービスを維持できなくなるおそれがあることから、人材確保をしながら制度を持続可能なものにしていく必要があります。

「自助努力だけでは…」

事業者は現状への危機感を強めています。

去年、介護職員が他業種に流出した経験を持つ介護施設の施設長は、「介護職員の処遇改善をしなければ人材は流出する一方で、各施設の自助努力だけでは太刀打ちできない」と話しています。

群馬県桐生市の特別養護老人ホーム「ユートピア広沢」では去年、突然職員から「アパレル業界に転職する」と伝えられました。

辞めた職員は、社会福祉士の資格を取った上で施設に就職していて、施設の面接では今後、経験を積んで、介護福祉士やケアマネージャーなどの資格も取ってステップアップしたいと話していたということで、施設長は、将来を期待していた職員だっただけに、異業種への転職には非常に驚いたということです。

施設長は、今後も人材流出が続けば、介護業界の人手不足に加えて、介護を必要とする人やその家族にも影響が出かねないと強い危機感を感じています。

施設長の服部弘さん

働きやすい環境を作るなどの取り組みは引き続きしますが、給料面の待遇を変えなければ流出を防ぐことはできず、自助努力では太刀打ちできない状況です。すでに働き手がいないために事業を廃止する施設もあります。これ以上職員が他業種に流出すると、必要な介護サービスが供給できず、家族が自宅で介護をするしかない状況になりかねません。こうした状況を踏まえ、介護報酬改定の議論を進めてもらいたいです。

介護報酬改定に向けた議論 本格的に始まる

こうした現場の声に、国はどう応えるのかが注目されます。

介護サービスを提供した事業者に支払われる「介護報酬」の改定は3年に1度行われていて、来年度は医療機関に支払われる診療報酬との同時改定となります。

介護が必要な高齢者が増え続ける中、制度を持続させるために、厚生労働省は23日から、専門家による審議会で介護報酬の見直しについて本格的な議論を始めました。

23日の審議会では委員から、「賃上げするから少ない職員で頑張ってほしいということでは、抜本的な対策にならないので、賃上げにより介護職員を確保する方向で議論しないと、サービスを維持することも困難になると懸念している」などの発言がありました。

審議会では、今後、
▽他業種の賃上げで、介護業界から他業種に人材が流出していることから、介護職員の処遇改善について議論が行われるほか、
▽介護ロボットなどの新たな技術や介護助手を活用することで、生産性を向上させる必要があるとして、これらを導入した場合に報酬にどう反映させるかなどについて話し合うことにしています。

厚生労働省は、サービスごとに検討を進め、年内に方針をとりまとめることにしています。

そもそも「介護報酬」の仕組みは?

「介護報酬」は、入浴介護やリハビリテーションなどの介護保険が適用されるサービスを介護事業者が要介護の高齢者などに対して提供した場合に、事業者に対してその対価として支払われるお金のことです。

多くの利用者が平等に介護を受けられるようにするため、介護報酬のサービスごとの金額は国によって細かく定められた公定価格となっていて、事業者が自由に価格を上げることはできません。

また、介護保険が適用されるサービスの内容も国で定められているため、事業者の裁量でサービスの内容を変えたり新しく作ったりすることはできない仕組みになっています。

さらに、利用者が利用できるサービスは、要介護度に応じて1か月の上限が定められているため、無制限に利用することはできません。

多くの介護事業者では収入のほとんどを介護報酬が占めるため、その額は事業者の経営を左右し介護職員の給与にも影響します。

一方、介護報酬を引き上げることは国民の負担増につながる可能性があります。介護報酬は、サービスの利用者本人の負担や40歳以上の人が払う介護保険料、それに税金の3つを原資としています。

報酬を引き上げた場合、サービスの利用者負担や税金や社会保険料の国民負担が増えて痛みが伴う可能性があるとして、これまで3年に1度の改定では慎重に議論されてきました。