ある投資会社の“奇襲” 公的資金はどうなる?【経済コラム】

9月28日に上場が廃止されたSBI新生銀行。国から投入を受けた3490億円の公的資金を早期に返済することが最大の経営課題だ。今回、上場を廃止して親会社のSBIホールディングスのもとで改革を加速し、公的資金の返済に道筋をつけるというシナリオを描いていた。しかし、上場が廃止されたまさにその日、ある投資会社がSBI新生銀行の株式の9.75%を取得したことが明らかになった。
思わぬ横やりが入った形だが、その目的は何なのか。そして、気になるのは国民の税金を原資とする公的資金への影響だ。返済の行方はどうなるのか。取材した。(経済部記者 榎嶋愛理)

そして公的資金が残った

SBI新生銀行の前身は、1998年に経営破綻し、一時国有化された長銀=日本長期信用銀行。

国有化が決まり会見で頭を下げる当時の経営陣(1998年10月)

破綻処理のため国が投じた公的資金は7兆円を超え、このうち、債務超過の穴埋めに使われた3兆円あまりが損失として確定。

巨額の国民負担が生じることとなった。

旧長銀はアメリカの企業再生ファンド、リップルウッド・ホールディングスを中心としたグループに譲渡され、2000年には新生銀行に社名を変えて再スタート。

その後、2008年にアメリカの投資ファンド、ジェイ・シー・フラワーズが筆頭株主となった。

そして、2021年にはSBIホールディングスの傘下に入った。

この間、消費者金融事業を強化するなど独自の戦略に打って出たが、銀行の経営状況は好転せず、3490億円にのぼる公的資金の返済の道筋をつけることができなかった。

経営破綻後に公的資金の投入を受けた大手銀行のうち、りそなホールディングスやあおぞら銀行はすでに完済済みだが、SBI新生銀行は大手で唯一、公的資金が完済できていない銀行だ。

非上場化という“奇策”

20年以上にもわたって公的資金の完済が実現しなかったのはなぜなのか。

銀行が株式の価値を高めることができず、政府が求める返済条件を満たせなかったことがその理由だ。

株価が低迷した状態で政府から株式を買い取ればどうなるか。

政府の回収額が公的資金に投じた額を下回り、新たな国民負担が発生するおそれもある。

これは政府がもっとも避けたいシナリオだ。

政府の条件を満たすには株価を7400円あまりまで引き上げる必要があったが、株価はこれを大きく下回る水準にとどまっていた。

そこでSBIホールディングスが打ち出した“奇策”がSBI新生銀行の株式上場を廃止すること。

いわゆる“非公開化”だ。

株価の低迷で身動きがとれなかった状態から脱却し、公的資金の返済に向けた道筋をつけようというものだ。

非公開化によってSBI新生銀行の株主を親会社のSBIホールディングスと国だけに絞り込み、経営の自由度を高めるねらいがあった。

ことし5月から6月にかけ、SBIホールディングスはSBI新生銀行に対してTOB=株式の公開買い付けを実施。

SBI新生銀行の株式を1株あたり2800円で買い付け、株式の保有比率は53.74%に上昇した。

国は預金保険機構と整理回収機構であわせて引き続き22.98%を保有。

そして、10月2日には2000万株を1株とする株式併合を行い、保有する株式が2000万株より少ない株主については、1株2800円で強制的にSBIが株式を買い取るスクイーズアウトを実施する方針だった。

“奇策”は計画通りに進んでいるかに見えた。

横やりを入れた投資会社 その目的は?

しかし、ここで想定外のことが起こる。

SBI新生銀行の株式が上場廃止となった9月28日。

この日にねらいをつけたように、関東財務局にある投資会社の大量保有報告書が提出された。

提出者はエスグラントコーポレーションという投資会社。

560億円あまりを投じ、SBI新生銀行の株式を2000万株、率にして9.75%取得したという内容だ。

このうち9.05%については、9月21日に市場外で1株2800円で取得したとある。

手続きの完了を待つばかりだったSBIホールディングス。

その隙を突いた奇襲作戦のように見える。

注目すべきは取得した2000万株という数字だ。

株式併合で1株となる最低限の株数である。

スクイーズアウトのあとも株主としてとどまろうとしていることは明らかだ。

報告書に記載している保有目的の項目には、「投資および状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」とある。

「助言」「重要提案行為」…いったい何をしようと考えているのか。

エスグラントとは

そもそもエスグラントコーポレーション(以下、「エスグラント」)とはどんな会社なのか。

設立は2001年。

所在地は東京・渋谷区。

旧・村上ファンドの村上世彰氏が関わっているとされる「レノ」や「南青山不動産」とともに、企業に対して積極的に提案を行うアクティビストとして知られ、ときには対決姿勢を示すこともある。

村上世彰氏

オフィスがあるビルを調べると、村上氏が創設した村上財団や「南青山不動産」の事務所も入っていた。

かつて、エスグラントを含めた投資グループに経営改革を迫られたある大手企業は、この会社を村上ファンド系の会社の1つだと分析。

この分析をもとに作成したチャート図もあった。

村上氏との関係を示す線をたどっていくと、複数の会社を介した先にエスグラントの名前があった。

SBI新生銀行の関係者も「村上氏が関わる会社であることは間違いないだろう」と見ている。

しかし、投資会社にSBI新生銀行の株式を取得した目的や村上氏との関わりを尋ねても「ノーコメント」と繰り返すだけだった。

今後の注目点は

今後、どのようなシナリオが考えられるのか。

この分野に詳しい専門家2人に見立てを聞いた。

牛島信弁護士
「今後、少数株主から強制的に買い取った1株2800円という金額が安すぎるとして、裁判所に申し立てる動きが出てくるかどうかが注目点。この価格を決める過程で、特別委員会でもさまざまな意見が出ていた。

価格決定の不服申し立ては10月2日の株式併合決議の効力発生日から30日が協議期間で、協議が決裂した場合、申し立て期間はそこからさらに30日間となっている。トータルで60日の間に申し立てることになる。

仮に価格が不当だという申し立てが出された場合、裁判は1年近くはかかると考えられ、公的資金の返済スケジュールに影響が出る可能性もある。投資ファンドについては村上氏が関与しているとみているが、どこで満足するか分からない。SBIが投資会社の株をいくらで買い取るのか、どういう条件で投資会社の株を手に入れるのかが課題となる。こうした動きとあわせて、株主が平等に扱われれるのかという論点もでてくる」

東洋大学国際学部 野崎浩成教授
「SBIにとって、こうなることは想定外だったと思うが、特別決議に必要な3分の2以上の株式を握っているので致命的な打撃を受けることはなく、公的資金の返済に向けて大きな影響が出ることもないだろう。

公的資金の返済までに10年程度はかかると考えるが、SBI新生銀行が10年程度をかけて企業価値を高め、分割返済を特別配当という形で行いながら十分な資本を蓄えることができれば、株主はそこで大きな利益を手にすることができる。

投資会社側としても、我慢して待っていればより高い値段で引き取ってもらえる。そうしたねらいがあるのではないか」

公的資金の返済はどうなる

SBI新生銀行は公的資金の返済に向けた具体的な仕組みについて、再来年・2025年の6月までに決定する方針を示している。

今回、奇襲作戦のように株式を取得し、上場廃止後も大株主として残った投資会社。

株式取得の目的とする「経営陣への助言」「重要提案を行うこと」が具体的な動きとして表面化することになるのか。

そして、公的資金の返済にどのような影響が出るのか。

対決か静観か、それとも歩み寄りか。

当面、当事者の「次の一手」に目が離せない。

注目予定

来週はグーグルの親会社であるアルファベットやマイクロソフト、それにメタなど、アメリカのIT大手の決算が相次いで発表されます。

また、26日にはヨーロッパ中央銀行の政策理事会が開かれます。

そして、緊迫化するイスラエル・パレスチナ情勢にも引き続き注目です。