学校って命がけで行く所じゃない

子どもが突然、「学校に行きたくない」と言い出したら、どうしますか?

無理やり学校に連れて行った帰り道。
子どもが無意識に赤信号の中、車の前へ…

「子どもが学校に行きたくないのは恥ずかしいことじゃない」
「学校は命がけで行く所じゃない」

母親はわが子のために、自分でフリースクールを立ち上げました。

(山口放送局 映像制作 市本結月)

【動画で詳しく】不登校の息子は赤信号で… 母親は

赤信号の横断歩道を…

学校からの帰り道。
小学1年生の村上蓮くんは、横断歩道の前で赤信号が変わるのを待っていました。

すると、どこかから声が聞こえてきたといいます。

「れんくん。こっちこっち、おいで」

周りを見ても誰もいません。
それでも、また名前を呼ぶ声がします。

「れんくん。こっちこっち」

鳴り響くクラクション。
気付くと目の前にはトラックが止まっていました。

「赤信号、僕、わたっていた。目の前が車だったんだ。ごめんなさい。ママごめんなさい」

幻聴が聞こえるまで、男の子は追い込まれていました。

「学校やめたい」自分を責め続ける息子

「ごめんなさい。死にたい。学校やめたい」

蓮くんが、最初に泣きながら訴えてきたのは、小学1年生の秋でした。

学童終わりに迎えに行った帰りの車の中で、突然打ち明けられた母親の忍さんは、とても驚いたといいます。

村上忍さん

母親の村上忍さん
「今まで無遅刻・無欠席だったのにどうして?って。お先真っ暗という感じですよね。崖からいきなり突き落とされた感じ。学校行かなくなったらどうなるの?子どもは学校というものしかイメージできなかったので」

バリバリの体育会系で、スポーツインストラクターの仕事をしている忍さん。学校に行きたくないのは根性がないからだと、最初は息子の気持ちを理解できませんでした。

詳しく話を聞くと、同級生から嫌な言葉をかけられたといいます。
それでも蓮くんは、自分が悪いからだと責め続けました。

村上忍さん
「学校という言葉を聞くだけで、過呼吸が始まったり、一日中手を洗ったり、1日に何度も着替えたり…。学校にこだわればこだわるほど体調は悪化するし、どうしていいか分かりませんでした」

忍さんと蓮くん

とても繊細で自分のことばかり責める蓮くん。
もしかしたら、息子自身にも何か原因があるかもしれない。
病院に連れて行って検査すると、発達障害と診断されました。

「ただ話を聞いてくれるだけでいい」

とにかく学校に行ってほしい。
忍さんは悩みながらも、息子と一緒に登校し、先生のところに連れて行く生活を続けたといいます。

無理やり学校に連れてこられて、固まってしまう蓮くん。
体調も悪化していきました。

なんとか言うことを聞かせなければ。

そんな思いが次第に積み重なっていった時、親子げんかをしていて、ついに感情が爆発してしまいます。

「ママはこんなに頑張っているのに、なんで動いてくれないの?」

泣きながら訴えた忍さん。
すると蓮くんから、こう返ってきました。

「何もしてくれなくていい。ただ話を聞いてくれるだけでいい」

もしかして、自分の考えを無理やり押しつけてしまっていたのではないか。
そう感じ始めたといいます。

学校って命がけで行く所じゃない

「学校に行きたくない」と最初に告げられてから3か月ほどたった頃、忍さんの価値観を大きく変える出来事が…。

「気付いたら赤信号をわたっていて、車の前にいた」

蓮くんから、泣きながら伝えられたのです。

村上忍さん
「血の気がひきますよね。その日から学校行かなくていいよ、ごめんね、無理やり行かせてごめんねって、しんどかったねって。自分の価値観を変えよう。あとは、息子を信じよう。そう決心しました」

「『学校に行けない僕はダメな人間だ。みんなに迷惑をかけているし、お母さんにもかけている。みんなと同じことができない僕はダメな人間だからいなくなったほうがいい』と言っていたが、そうじゃない。学校って命がけで行く所じゃない。体を壊していく所じゃない」

翌日から、蓮くんは学校を休むようになりました。

居場所が見つからないなら自分で作ろう

徐々に蓮くんの症状は落ち着いてきました。

学校に代わる居場所がほしいと、さまざまなフリースクールを探しましたが、なかなか思うような場所が見つかりません。

同じような声は、他の不登校の親からも聞こえてきました。

「ないなら自分で作ろう」

村上さんは、2018年に不登校の子どもたちや親を支える団体「Happy Education」を設立。

市民活動センターの部屋を借りて、同じように悩んでいる子どもや親が話し合う場を作りました。

最初は誰も来ないこともありましたが、少しずつ口コミで広がり、孤立しがちな不登校の子どもや親の情報共有の場になっていきます。

活動を始めて1年後には、県のビジネスコンテストで準グランプリを獲得。
空き家バンクから購入した自宅を開放して、フリースクールを立ち上げました。

フリースクールは地域の人たちとも一緒に活動

ゲームをしたり、勉強をしたり、子どもたちのやりたいことをサポートする取り組み。

活動は週に3日。4歳から18歳までの不登校の子どもたちおよそ30人が利用しています。何時に来るかも、何をするかも子どもたちに任されています。

村上忍さん
「先生と生徒という関係ではなく、同じ目線で横一列の関係を築ける場所が欲しかったんです。選択肢を本人に与えて、本人に選ばせる。失敗したらつらいだろうけど、乗り越えるのも勉強だろうなって。好きなことしていいよ、その分責任が伴うよというのをリアルに学んでもらいたいなって」

学校以外にもいろいろな選択肢がある

中学2年生になった蓮くん。今では、症状は落ち着いています。

得意のオンラインゲームで作った海外や、全国各地の友達とゲームをするのが日課。ゲーム中に分からない漢字や言葉が出てくると、積極的に調べています。

蓮くん

ゲームをしている様子を撮影し、編集した動画をYouTubeに投稿。
将来、動画で収入を得られるようになることが目標だと話しています。

将来の夢もできました。

感覚が過敏で固いパンが食べられない蓮くん。
自分と同じような症状の人が食べられるパンを作って、パン屋さんになりたいそうです。

村上忍さん
「これからの時代、何が仕事になるか分からないので、将来、何を目指すかをこちらが提案するのではなく、子どもがやりたいことをサポートしてあげたいと思っています。わが子が学校に行きたくないというのは恥ずかしいことじゃない」

不登校が増え続けている今だから

文部科学省によると、不登校の状態にある小中学生は、昨年度はおよそ29万9000人と、10年連続で増加して、過去最多となっています。

いじめの認知件数や暴力行為も過去最多となっていて、文部科学省は「コロナ禍での生活環境の変化や制限による交友関係の築きにくさなどが背景にある」とみています。

文部科学省が今年3月にまとめた不登校についての総合対策では、フリースクールなどを保護者に紹介する窓口を自治体に設置するようにしました。

村上さんは、子どもが不登校に悩んでいる人たちに、みずからの経験を踏まえ、こう伝えたいといいます。

村上忍さん

村上忍さん
「親は子どもが大事なので、学校に戻ってほしいという気持ちと、子どもを受け止めたいという気持ちは、葛藤して当たり前。自分の育て方が悪かったとかそういうことではないので、親は自分を責めないでほしい。悩みを一人で抱え込まないで、いろんなサポート機関やスクールカウンセラーに相談してほしい」

フリースクール みんなで考えて

一方、今月17日。

滋賀県東近江市の不登校対策を話し合う会議で、市長が「文部科学省がフリースクールを認めたことにがく然としている。国家の根幹を崩しかねない」などと発言し、批判を受けました。

村上さんはこの発言について「フリースクールは学校と敵対しているわけではないし、逃げ場ではない。子どもたちにとっての一つの選択肢だ」と言います。

村上さんのフリースクール

ただ、村上さんはこの機会をフリースクールについて考えるきっかけにつながるチャンスだとも受け止めています。

村上忍さん
「文部科学省も学校復帰を目的にするのではなく、大人になったときに自立した大人になれるように、学びの選択肢に学校以外もあってもいいよといっているけれど、なかなか現場に浸透していない。市長は公人として公の場での発言なので問題発言だと思うが、こういう価値観の方は多いと感じている。当事者じゃないと分からないリアルな絶望感を少しでも多くの方に知ってもらい、社会を変えていくきっかけになれば」

「学校に行きたくない」

不登校が増え続けている今、大人がどう対処するかは、けして他人事ではありません。