外国人技能実習制度 相次ぐ失踪などを受け新制度へ たたき台

外国人の技能実習生の失踪が相次いでいることなどを受けて、政府の有識者会議は、今の技能実習制度を廃止して新たな制度をつくるとした最終報告書のたたき台をまとめました。これまで原則できなかった別の企業などに移る「転籍」を一定の要件のもとで認めるとしています。

相次ぐ失踪などを受け新制度へ たたき台

技能実習制度は外国人が最長で5年間、働きながら技能を学ぶことができますが、違法な低賃金で長時間労働を強いられるケースなどもあり、出入国在留管理庁によりますと、去年は過去2番目に多い9006人の技能実習生が失踪しました。

こうした事態を受けて、政府の有識者会議は今の技能実習制度を廃止して、新たな制度をつくるとした最終報告書のたたき台をまとめました。

それによりますと、新制度では外国人を原則3年で一定の専門性や技能を持つ水準にまで育成することを目指します。

介護や建設など専門の知識が求められる特定技能制度は維持しますが、移行するには技能と日本語の試験に合格することが条件になります。

また、これまで原則できなかった別の企業などに移る「転籍」は、1年以上働いたうえで、一定の技能と日本語の能力があれば、同じ分野にかぎり認めるとしています。

さらに、実習生の多くが母国の送り出し機関や仲介者に多額の手数料を支払って来日していることを踏まえ、日本の受け入れ企業などが一定額を負担する仕組みを導入することにしています。

有識者会議は年内に最終報告書をまとめ、小泉法務大臣に提出する方針です。

“政府中心に転籍のあっせん担うべき”

外国人の労働問題に詳しい日本国際交流センターの毛受敏浩執行理事は「今回示された最終報告書のたたき台で外国人技能実習生を労働者としてしっかりと受け止め、転籍もできるようにしたことは本来あるべき姿で大枠では評価できる」と話していました。

その一方で「監理団体というのは、外国人を雇用する企業からの資金で成り立っているという構造的な問題があり、中立的な転籍のあっせんができるのか疑問だ。また、人材紹介というのはもうかるビジネスとしての側面もあるので、民間ではなく政府が中心となって転籍のあっせんを担うべきだ。外国人が本当に安心して転籍できるのか注意深く見ていく必要がある」と話していました。

その上で、「日本は人口減少で人手不足の状況が続いていくので、外国人に定着してもらい活躍してもらうことが今後必要になってくる。これまでの考え方を完全に切り替えていく大きな転換だと思う」と話していました。

“転籍をどうフォローするかも考えてほしい”

愛知県内の労働団体では技能実習生から転籍や生活に関する相談を受け付けていて、監理団体によっては、人手不足の会社の要望を受けて実習生を転籍させないよう働きかけたり、トラブルがあった場合に希望していないのに帰国するよう働きかけたりするケースがあると指摘しています。

今回の最終報告書のたたき台では、監理団体のほかにハローワークなどの公的な機関も転籍の支援を行うようにする案が出されていますが、愛知県労働組合総連合の榑松佐一さんは「日本には外国人がいないと回らないという会社がたくさんあり、来てもらうからにはそれに見合う受け入れ環境を整えないといけない。新しい制度では、転籍を自由にする一方でそれをどうフォローするかということもセットで考えてほしい」と話していました。

賃金高い都市部などに人材流出 懸念の声も

外国人技能実習制度の見直しに関する最終報告のたたき台で、同じ職場で1年間勤務するなど一定の条件を満たせば転籍を認めるという方針が示されたことについて、地方の企業からは賃金の高い都市部などに人材が流出するのではないかと懸念する声も出ています。

愛媛県松山市の食品メーカーでは5年前からミャンマー人の実習生の受け入れを始め、現在ではおよそ40人が麺類などの製造ラインの中核を担っています。

この会社では、能力に応じて1年ごとに実習生の時給を上げているほか、中古の戸建てを寮として7軒購入し冷蔵庫や洗濯機といった家電製品も提供するなどして安心して働ける環境を整備してきました。

しかし、3年間の実習を終えたあとほとんどの実習生が転籍可能な在留資格に変更して、賃金の高い都市部などの企業に移っていったといいます。

一方で円安の影響などで原材料費や光熱費がこの数年で1.5倍ほど高騰していて、賃金を大幅に上げるのは難しい状況だといいます。

実習生の権利を尊重する一方、たたき台のとおりに転籍が可能となれば1年で違う会社に移る人が相次ぐ懸念もあり、人材が確保できない場合は生産量を下げることも検討せざるをえないといいます。

愛麺株式会社の平田裕二常務取締役は「日本人が人手不足でなかなか人が集まらない状況なので、もし実習生がいなくなってしまうと会社が回らない。一部商品の販売を中止することも考えていかないといけない」と話していました。

転籍支援にも課題

現在の外国人技能実習制度でも経営上の都合や暴行などの人権侵害などやむをえない事情がある場合はほかの会社に転籍することが認められていますが、転籍先がなかなか見つからないケースも出ています。

愛知県内の工場で働いていたベトナム人技能実習生の30代の男性も先月退職となりましたが転籍を希望していて、所持金が少ないため知人に紹介されたシェルターで生活しています。

ただ、転籍先は現在の制度では原則として監理団体が同じ作業内容の会社を探す必要があり、この男性の監理団体も「送り出し機関にも掛け合って転籍先を探しているが作業が細かく分けられていて受け入れてくれる会社を見つけるのは難しい」として国などの支援の強化を求めています。

男性は、ベトナムに障害がある兄がいて毎月薬代などの仕送りをしなくてはいけないほか、入国前にした借金を返済できておらず焦りは募っています。

男性は「所持金も減っていて買いたい物が買えず生活もどんどん苦しくなってきています。仕事が見つかるように監理団体からのサポートを強化してほしいですし、国にも支援してほしいです」と話していました。

転籍緩和 背景は

技能実習制度は、人材育成を通じた国際貢献などを目的に1993年に始まりました。

農業や漁業、建設業など88職種で最長5年間働きながら技能を学ぶことができ、出入国在留管理庁によりますと、ことし6月末35万人8000人余りいるということです。

一方で、この制度をめぐっては安い労働力として外国人が働かされ、違法な長時間労働をさせられたり職場で暴力を受けたりして失踪するケースも相次ぎました。

アメリカ国務省がまとめた報告書でも、賃金が支払われなかったり移動の自由を奪われたりする実習生もいるとして、人身取引や虐待の温床になりやすいと指摘されるなど国際的な批判にもさらされてきました。

また、国際貢献を目的にしながらも、実際は労働環境が厳しい業種を中心に人手確保の手段となっていて、目的と実態がかい離しているとの指摘も少なくありませんでした。

こうした中、政府は去年11月に有識者会議を設置し、制度の見直しに向けた議論を行ってきました。

その議論の焦点の一つがこれまで技能実習生に対して原則認められてこなかった「転籍」のあり方です。

現在の技能実習制度では限られた期間の中で計画的に技能などを習得する観点から、やむをえない事情がある場合を除き、実習先を変える「転籍」は認められてませんでした。

しかし、今回の制度の見直しにあたって有識者からは「雇用主が無理なことを言っても従わざるを得ず、さまざまな人権侵害を発生させる背景や要因となっている」という意見や「人権の順守が国際的にも非常に厳しく要求されていることから国際的な批判に耐えられる制度設計にすべきだ」などの意見が出されました。

一方で「過度な転籍は外国人のキャリア形成を阻害しかねない」という意見や「転籍要件を緩和しすぎると地方の人材確保が難しくなる」などの意見も出されていて、どの程度緩和するかについても議論が重ねられてきました。

そして、18日示された最終報告書のたたき台では同一の受け入れ企業で就労した期間が1年を超えていて、技能検定や日本語能力の試験に合格していることを条件に、本人の意向による転籍も認めるようにするという案が出されました。

転籍できる職種の範囲についても、特定技能で指定されている分野に合わせる形で現状よりも広げられる見通しです。

また、転籍先の確保については現在の制度では監理団体が161に細分化された作業の中から、元の作業と同じ作業を行える転籍先を見つけて調整することが原則となっています。

これについて今回の最終報告書のたたき台では監理団体を中心にしつつハローワークなどの公的な機関も転職の支援を行うようにするという案が出されました。