水揚げゼロでも“お給料”の「サラリーマン漁師」10月17日 17時19分

漁師といえばその日の水揚げで給料が変動する、不規則不安定な職場。

ところが室戸にある定置網漁業の会社では「サラリーマン漁師」を売りに、長年の慣習を打ち破ろうと改革しました。

その仕掛け人が漁労部長の山本幸生さん（67）。

以前は水揚げ量によって収入が上下する給与体系でしたが、それに関係なく毎月固定の基本給を支払うように変えました。その額は25歳までは「年齢＝基本給」。つまり22歳ならば22万円が基本給となります。

それだけではありません。住宅・通勤・家族・食費・休日出勤など数々の手当に加え、漁師ならでは、水揚げが多い日の臨時の“大漁手当”もつきます。

大企業にも引けを取らない給料が、若者にとって大きな魅力となって県外から続々と移住してくる、というわけです。

「サラリーマン漁師」導入の背景には、深刻な担い手不足がありました。

高知県では、20年間で漁業就業者の数がおよそ7000人から3300人へと半減。室戸市でも漁師のなり手がいないのが長年の課題でした。

室戸市には4つの定置網漁業がありますが、その1つ「三津大敷」では30年以上新卒の漁師が入っていませんでした。

漁師たちの高齢化が進む中、水揚げ量も減少していきます。以前は年間およそ3億円の水揚げ額を出していましたが、この10年間で1億円にまで落ち込み、2年前に三津大敷は解散に追い込まれました。

そんな中、なんとかもう一度復活させたいと力を貸してくれる会社を探し奔走したのが山本さんでした。岩手県釜石市にある網元会社に交渉し資金提供を受け「株式会社」として生まれ変わります。そして二度と同じ失敗を繰り返さないよう、長きにわたる慣習を打ち破る“改革”をしかけたのです。

これまでの目先の利益にとらわれていた姿勢を改め、漁師の武器である船や網など設備投資に力をいれたことで水揚げ量が増加。業績向上により、安定した給料が支払えるなど漁師の「サラリーマン化」を実現できたのです。

山本幸生さん
「長年漁師は地元の人しか雇わないという縄張り意識があった。だが地元には少子高齢化の影響で漁師のなり手がいない。このままでは途絶える」

ねらいを定めたのは県外の若者。関西で開かれる就職セミナーや専門学校に足を運び、勧誘を行いました。

山本さんの口説き文句は「室戸にはこれまでにない漁師の働き方がある。きみも『サラリーマン漁師』にならないか？」

その結果、山本さんの会社には県外から移住した若い漁師が誕生することになったのです。

山本さん
「漁師の不規則不安定のマイナスイメージを払拭（ふっしょく）することで効果大。古い考え方のままでは生き残れない」

山本さんは、不規則だった漁師の勤務時間はタイムカードを使って管理するようにしました。

午前5時に出勤し、午後2時に仕事が終わります。毎週土曜日が休みで、有休も年に10日確保されています。

高収入に加え、規則正しい勤務に魅力を感じ転職してきた人もいます。

地元の食品会社から転職してきた河野清隆さん（32）。

月給は40万円を超え前職の倍以上になりました。毎日昼すぎには仕事を終え保育園に子どもを迎えにいき、共働きの妻とは夕食作りや子どもの面倒も分担しています。

河野さんは子どもができたことをきっかけに転職を決意。当初「より収入が高く子育てのために時間の融通がきく会社は県外にしかない」と考えていました。

そんな中、知り合いを通じて見つけた地元の「サラリーマン漁師」の待遇に衝撃を受けました。

河野清隆さん
「用事がありこの日は休みたいというと休ませてもらえるから、不測の事態や子どもの体調が悪いときなども結構融通が利く。地元で仕事や生活する環境として今の待遇はすごくいい。このままずっと漁師一本で自分は行く」

さらに年功序列を廃止し、やる気と実力のある若者を積極的に重要な役職に抜てきするようにしました。

山本さんは「以前は地元の人間しか役職につけなかった。古い体質を変え会社の活性化につながれば水揚げもあがる」とねらいを語ります。

大阪から来た田中友吾さん（24）はことしから船の舵取りを行う重責の“船頭”に抜てきされました。入社3年目では異例の早さです。

船頭の役職手当も加わり田中さんの月給は30万円超え。

「船頭抜てきで自分が評価されていると感じ励みになる。おまけに給料も高くなれば頑張らないわけにはいかない」と田中さん。一人暮らしのアパートで飼うペットのカメやイモリやウナギに餌をやる瞬間が至福のひとときです。

行政も県外から移住してくる漁師の支援に乗り出しています。

高知県では県外から移住して漁師になりたいという希望者に対し、就職する前に「漁業体験」制度を設け、その宿泊費や長靴・雨がっぱなどの装備費を負担しています。

高知県水産振興部の大河俊之さんは「いざ漁師になった時に自分の想像していたものと違う、こんなはずじゃなかったというミスマッチを防ぐのがねらい。就職を決める前に仕事を体験し現場の人の話を聞くことが大事」と話します。

この体験制度を使って奈良からやってきた高校3年生の池田一聖さん（18）。
大阪で開かれた就職セミナーで「サラリーマン漁師」と漁業体験があることを知りやってきました。

池田さんは「漁師になろうと思った理由は海と魚が好きで、何よりも“漁船”が好きでスマホの待ち受け画面にしています。今回の体験で漁船に乗れるだけで興奮します」と満面の笑顔。

ところがいざ漁が始まると池田さんの表情が一変します。

網を引っ張りますが、足がすくみ動けなくなります。

池田一聖さん（奈良県出身）
「憧れだけでなれるほど漁師は甘くない。テレビやYouTubeで見てた時はいけると思っていたけど、実現場を体験してみると全然違う。網も魚も想像以上に重いし身体がもっていかれそうになった。命と隣り合わせの現場。仕事として覚悟を持ってやれるのか、じっくり考えてから決めたい」

3泊4日の漁業体験を終えた池田さんを先輩たちが食事会に誘いました。関西地区からの移住漁師が多いため、皆が集まる時は手作りの「たこ焼きパーティー」が恒例。

先輩たちもまた同じように漁業体験を経て入社しています。県外からきて自分たちが漁師になって感じたことや経験したことを率直に池田さんに伝えることが、就職を決める上で役に立てばと考えました。

田中友吾さん（大阪府出身）
「最初は土佐弁が“けんかしている”みたいに聞こえて戸惑った。でもお父さん世代の先輩漁師が僕ら若い世代の意見をはねつけるのではなく取り入れてくれたりするのは結局仕事を早く覚えてほしいから。県外からきて漁師も素人、ことばも分からん、そんな僕たちの意見を聞いて育ててくれようとするのは本当にありがたい、大切にされていると感じる」

池田さん
「生で見て漁師の厳しさは想像以上だった。海の上で闘う先輩たちの姿もかっこよかった。こんなことばをかけてくれて温かさも感じた。この会社に入っても後悔はしない」

担い手不足の室戸の漁業を支える県外から移住した若い「サラリーマン漁師」たち。慣習を打ち破り若者の感覚に寄せ仕事がしやすい環境を作る「職場改革」が呼び水となっていました。

30年以上新人漁師が入ってないという衝撃。それを嘆くのではなく「自分たちの“古い考え”のままではダメ。若い子たちが働きたくなるような職場環境に変えていかないと生き残れない」という山本さんの潔さと行動力に感服しました。

県外からの移住漁師によって室戸の漁業が活気を取り戻していく姿を目の当たりにし、漁師の世界だけに限らず少子高齢化が進む地方において、若者を呼び込むにはどうすべきか、”既成概念を取っ払い、考えること”が大切だと感じました。

（10月13日「四国らしんばん」で放送）

松山放送局ディレクター
中元健介
スポーツ番組、ドキュメンタリーのディレクター。
スノーボード・平野歩夢選手やソフトボール・上野由岐子選手などの番組を制作。オリンピック、サッカーワールドカップ、MLBなど海外の現地取材も担当。現在は震災や豪雨、戦争がテーマ