「介護離職」年間10万人超 新たな支援制度 厚労省が議論

家族の介護や看護を理由として、仕事を辞める「介護離職」が年間10万人を超える中、厚生労働省は12日、労使で作る審議会を開き、介護離職を防ぐための新たな支援制度について、議論を始めました。

総務省の調査によりますと介護をしながら働く人は、去年はおよそ365万人とこの10年で70万人余り増加していて、「介護離職」をする人は、去年行われた調査では年間およそ10万6000人に上っています。

厚生労働省は、介護離職を防止するため育児・介護休業法の改正に向けた議論を12日から始めました。

この中では、ことし6月に厚生労働省の有識者による研究会がまとめた報告書をもとに新たに企業に求める対策として、介護が必要なことを申し出た従業員に介護休業や介護休暇などの支援制度を個別に周知し、意向を確認することや、介護をしながら働く人がテレワーク制度を利用できるようにすることを努力義務とすることなどについて、意見が交わされました。

出席した委員からは、「介護休業などは上司の理解があってこそ取得できるので、特に管理職向けの研修が必要ではないか」という意見や「テレワークができない職種や業態もある中で努力義務をつけた場合に、介護を申し出た人がテレワークができる部署への異動を求められないようにしてほしい」という意見が出ました。

厚生労働省は引き続き審議会で議論を重ね、来年の通常国会に法律の改正案の提出を目指すことにしています。

「介護離職」の推移

総務省によりますと、家族の介護や看護を理由に仕事を辞める「介護離職」をした人は、
▽2007年の14万5000人から
▽2012年には10万1000人
▽2017年には9万9000人と減少が続きましたが
▽去年・2022年は10万6000人と増加に転じました。

仕事と介護を両立するための支援制度とは

離職を防ぎ仕事と介護を両立するための支援制度は、育児・介護休業法で設けられています。

「介護休業」は家族の介護に直面した時に介護サービスの手配など仕事と介護の両立に向けた体制を整えるため、家族1人につき最大93日間取得でき、3回まで分割可能です。

この期間は賃金の3分の2ほどの介護休業給付が支給されます。

「介護休暇」は要介護状態の家族の通院などのために、対象の家族1人につき年間5日、時間単位での取得もできます。

このほか、短時間勤務や残業免除の制度があります。

制度利用11.5% 周知や相談体制に課題

総務省によりますと、2022年の調査で介護をしながら働く人のうち介護休業や介護休暇などを利用した人は11.5%にとどまっています。

厚生労働省が、民間に委託して2021年に行った調査では、介護離職した人に離職の前に職場でどのような取り組みがあれば仕事を続けられたかを複数回答で聞いたところ、
「支援制度に関する個別の周知」が55.1%、
「相談窓口の設置」が33.7%
「支援制度に関する研修」が31.7%
などとなり、制度の周知や相談体制に課題があることが分かりました。

仕事を辞めた理由については
▽「勤務先の両立支援制度の問題や介護休業などを取得しづらい雰囲気があった」が43.4%、
▽「介護保険サービスや障害福祉サービスなどが利用できなかった、利用方法が分からなかった」が30.2%などとなっています。

厚生労働省は、有識者で作る審議会で支援制度の情報を個別に周知して必要な制度を選択できるようにすることや、研修の開催や相談窓口の設置を企業に求めることなどについて議論することにしています。

介護離職の当事者「社会から孤立 勧められない」

若年性認知症の妻の介護のために介護離職をした熊本市の男性は「妻に早くから寄り添えたことはよかったが、介護離職は勧められない」と話しています。

熊本市南区に住む杉山正見さん(69)は、55歳の時に、同い年の妻の信子さんが若年性認知症と診断されました。

当時杉山さんは、菓子製造メーカーで営業部の管理職を務めていて、部下およそ20人をまとめながら地元の百貨店や大型スーパーを回る日々でした。

しかし、信子さんの症状が徐々に進行し、出勤前に杉山さんが準備した昼食を忘れて食べていないなどの出来事が起きるようになりました。

杉山さんは妻が心配になり、次第に仕事に集中できなくなりました。

杉山さんは、介護が始まるまでは仕事一筋で生きてきて、一度も退職を考えたことはありませんでしたが、誰にも相談できないまま診断から2か月がたち、仕事と介護を両立することに体力・気力ともに限界を感じるようになったと言います。

当時、「介護休業」の制度はありましたが、杉山さんは制度のことを知らず、また勤めていた会社からも制度の情報を知らされることはなかったということで、杉山さんは、仕事を続けるのは難しいと考え、介護休業制度を使わないまま仕事を辞める決断をしました。

杉山さんは「早くから妻に寄り添えたことはよかったが、介護離職をしたことで社会から縁が切れて孤立してしまいました。定年まで働きたかったという思いは今でもあります。『介護離職』は他に取れる策がなくなった最後の最後に選択するべきもので、迷っている人がいたら私は勧めることはできない。介護休業などの制度も自分の時は情報が無く利用できなかったので、今後、制度の周知が進み、誰もが知っていて、使いたい時には選べる選択肢になっていくといいなと思います」と話していました。

対策を始めた企業も

長年勤めた社員から介護離職をしたいと切り出されたことをきっかけに対策を始めた企業もあります。

仙台市青葉区の広告会社ブレイン・ワークス株式会社の阿部孝一社長は、ことし3月、長年勤めている社員から突然、「家族の介護が原因で退職したい」と告げられました。

阿部さんの会社は社員10人で、これまで積極的にコミュニケーションを取ってきたつもりでしたが、介護が原因で社員が離職を考えるまで追い詰められていたことには気付かなかったと言います。

会社の就業規則には介護に関する休みの規定がありましたが、これまで一度も使った事例がなく、当初は制度の利用も思いつきませんでした。

阿部さんは、貴重な戦力の社員が辞めずに仕事を続けられる方法が無いか、企業からの相談を受け付けている介護離職の相談センターに問い合わせました。

専門のカウンセラーが、離職を申し出た社員と社長それぞれと面談し状況を整理したところ、社員は、介護のストレスがたまってこれ以上会社に迷惑をかけられないと思い詰めてはいるものの、仕事は好きで、できれば辞めたくないと考えていたことが分かりました。

その後、相談センターが会社と社員の間に入って対策を提案し、社員の働く日数を週に5日から3日に減らして、仕事も介護も心の余裕を持ってできる体制を整えたことで、離職を申し出た社員は現在も働き続けることができていると言います。

阿部社長は「会社が聞き取りをすると辞めないでと思いながら話を聞いてしまい、プレッシャーになりやすい。第三者に間に入って整理してもらったことで、その後、本人から仕事で積極的な提案も出るようになり、本当によかったと思っている。人手不足が課題の中で、介護が原因で人材を失うことは避けなければならず、今いるメンバーの事情に応じて働きやすい仕組みを整えるのは社長の役目だと思います」と話していました。

また介護離職を一度は申し出た佐藤孝一さんは「人には、話すと楽になるとアドバイスしていたが、いざ自分のことになると会社に相談なんてできず、離職を切り出したときは、ストレスで毎日イライラして、何も考えらない状態に追い詰められていました。今は仕事を続けられてよかったと思うし、今後も介護と両立しながら続けていきたいです」と話していました。

支援センター「制度の周知 相談できる職場環境が大事」

仙台市にある介護離職防止支援センターでは主に企業から介護離職についての相談を年間300件程度受けています。

センターに寄せられる相談の傾向として、介護をしている人は、家族の問題を周囲に「相談しにくい」と感じて、上司や同僚に介護の悩みを打ち明けにくく、会社に報告する時にはすでに離職の意思を固めているケースが多いということです。

また、多くの企業では育児・介護休業法に基づき、就業規則に介護休業や介護休暇の項目が盛り込まれていますが、センターに相談してくる会社の中では、社員に制度が知られていないことに加えて、会社側も介護休業や介護休暇を使った前例がないケースもあり、いざという時にすぐ使えるほど周知が進んでいないのが現状だということです。

センターの代表を務める佐藤一臣さんは「会社に制度があっても従業員が理解していないと使えないので、制度の周知や、気軽に相談できる職場環境が大事になってくると思う。また、介護休業や休暇を取った際に、その期間を介護をするだけで消化してしまうと、離職を後ろ倒しにしただけになるなので、休みの間に、いかに仕事と介護を両立できるような環境を整えるかサポートすることも必要だ」と話していました。