戸籍上性別変更に手術必要の規定「憲法違反で無効」静岡家裁

戸籍上の性別を変更するには生殖能力をなくす手術を受ける必要があるとする法律の規定が憲法に違反するかが問われた申し立てで、静岡家庭裁判所浜松支部は、規定は憲法に違反して無効だとする判断を示し、手術を受けていなくても戸籍上の性別を変更することを認めました。
申立人側によりますと、規定が憲法違反だとする司法判断は初めてだということです。

この申し立ては、静岡県浜松市に住み、戸籍上の性別は女性で、男性として社会生活を送るトランスジェンダーの鈴木げんさん(48)が行ったものです。

鈴木さんは戸籍上の性別を変更するには生殖腺を取り除く必要があるとする性同一性障害特例法の規定について、「手術を事実上強制するもので、人権を侵害し、憲法に違反する」と主張して、手術を受けなくても性別変更を認めるよう求めていました。

これについて静岡家庭裁判所浜松支部の関口剛弘 裁判長は決定で、「生殖腺を取り除く手術は生殖機能の喪失という重大で不可逆的な結果をもたらすものだ。性別変更のために一律に手術を受けることを余儀なくされるのは、社会で混乱が発生するおそれの程度や医学的見地からみても、必要性や合理性を欠くという疑問を禁じ得ない」と指摘しました。

その上で、「特例法の施行から19年余りがたち、性の多様性を尊重する社会の実現に向けて国民の理解の増進が求められるなど、社会的な状況の変化が進んでいる」などとして、規定は憲法に違反して無効だとする判断を示し、手術を受けていなくても戸籍上の性別を女性から男性に変更することを認めました。

鈴木さんの代理人の弁護士によりますと、規定が憲法違反だとする司法判断は初めてだということです。

この規定をめぐっては、別の審判で最高裁判所が4年前、「変更前の性別の生殖機能によって子どもが生まれると、社会に混乱が生じかねないことなどへの配慮に基づくものだ」として、憲法に違反しないという判断を示した一方、裁判官4人のうち2人が憲法違反の疑いがあるという意見を述べていました。

また、最高裁判所はこれとは別の人の申し立てについて、先月、15人の裁判官全員で審理する大法廷で弁論を開き、審理を進めています。

申し立て行った鈴木さん “性の多様性が当たり前の社会を”

裁判所の決定について、申し立てを行った鈴木げんさんは「びっくりしてまだ信じられない気持ちですが、40年以上抱えてきたあきらめと悩みが解消されて、安心して暮らせると思うとすごくうれしいです」と話しました。

その上で、「自分だけの司法判断にとどまることなく、悩んでいる仲間や子どもたちが希望を持って生きられるよう、性の多様性が当たり前の社会をつくるきっかけにしていきたい」と話していました。

鈴木さんは13日、代理人の弁護士とともに浜松市内で記者会見を開く予定です。

“手術の強制は人権侵害”

申し立てを行った浜松市の鈴木げんさんは幼いころから戸籍上の性別が女性であることに違和感があったといいます。

長い間、諦めや葛藤を繰り返してきましたが、40歳のときに専門のクリニックで性同一性障害の診断を受け、みずからが認識する性別が男性であることをはっきりと自覚したということです。

その後は男性ホルモンを投与する治療を受けて声が低くなり、外見もひげが生えるなどの変化がありましたが、生活の中で突然「女性」であることを突きつけられて悩むことがあるといいます。

鈴木さんは「パスポートの性別の表記や、選挙の際に届く通知などに『女性』という文字が書かれているのを見ると戸惑いますし、見た目と書類の内容が異なっていることでトラブルにならないか心配しています。性別のことを気にせずに安心して生活がしたいです」と話しています。

鈴木さんはいま、パートナーである國井良子さんと事実婚の状態にあります。

3年前、浜松市の「パートナーシップ宣誓制度」でパートナーであることを公的に認めてもらい、互いを「夫」や「妻」と呼んでいますが、戸籍上は2人とも女性のため、法律上の結婚は認められていません。

このため、鈴木さんは戸籍の性別を男性に変更することを強く望んでいますが、法律で必要だとされている生殖腺を取り除く手術は身体的な負担だけでなく、金銭面での負担も大きく、受けたくないと考えていました。

鈴木さんは「自分のことを自分で決められる権利は憲法で保障されています。手術をしてもしなくても男性だという認識は変わらないのに、手術を強制されるのは人権侵害だと思います」と訴えていました。

そのうえで、「今回の申し立てを通して、性的マイノリティーの人たちが特別な存在ではなく、同じ社会でともに生きていることを多くの人に知ってほしい」と話していました。

専門家 “今後 法改正も議論必要”

決定について、性的マイノリティーの問題に詳しい早稲田大学の棚村政行教授は「規定の目的や制約の必要性などについて細かく判断し、社会に与える混乱は限定的で、それよりも意に反して体を傷つけることの不利益や、望む性別に従って生きる利益の方が大きいと判断し、憲法に違反すると明確に指摘した。少数者の権利を守るとりでとしての裁判所の姿勢を示した点でも画期的だ」と評価しました。

そのうえで、「法律が制定された当時に比べ、社会としても性的マイノリティーの人たちへの理解が進んできている。国際的にも手術要件を廃止するなどの動きがある中で今回の判断が出たということは、法律の規定が今の社会に合っていないと司法が宣言したともいえる。今後、法改正についても議論する必要があるだろう」と話していました。

最高裁の判断は

戸籍上の性別を変更するために生殖能力をなくす手術を受ける必要があるとする性同一性障害特例法の規定については、4年前、最高裁判所第2小法廷が「憲法に違反しない」とする判断を示しています。

このときの最高裁の決定は規定の目的について、「変更前の性別の生殖機能によって子どもが生まれると社会に混乱が生じかねないことや、長きにわたって生物学的な性別に基づいて男女が区別されてきた中で、急激な形での変化を避けることなどへの配慮に基づく」と指摘しました。

そのうえで、「これらの配慮の必要性は性自認に従った性別の取り扱いや、家族制度の理解に関する社会的状況の変化などで変わりえるもので、憲法に適合しているかどうかは不断の検討を要する」と言及しましたが、「総合的に検討すると現時点では憲法に違反しない」と判断し、手術を受けずに性別を変更することは認められないと結論づけました。

最高裁が手術の規定について示した初めての判断で、4人の裁判官全員一致の結論でしたが、このうち2人は規定について、「手術は憲法で保障された身体を傷つけられない自由を制約する面があり、現時点では憲法に違反しないが、その疑いがあることは否定できない」という補足意見を述べました。

そして、新たに最高裁は去年12月、戸籍上は男性で女性として社会生活を送る人が手術なしで性別変更を認めるよう求めた別の申し立てについて、15人の裁判官全員による大法廷で審理することを決めました。

4年前に1度判断された手術の規定について改めて審理が行われていて、年内にも大法廷の判断が示されるとみられます。

判例の見直しや、新たな憲法判断が示されるか注目されています。

決定のポイントは?

2004年に施行された性同一性障害特例法で、戸籍上の性別を変更するには手術で生殖腺を取り除く必要があるとする規定。

この規定が憲法に違反するかが問われた申し立てに対する静岡家庭裁判所浜松支部の決定のポイントです。

決定ではまず、生殖腺を取り除く手術について、「身体を強く傷つけ、生殖機能の喪失という重大かつ不可逆的な結果をもたらすもので、手術を受けるかどうかは本来、自由な意思に委ねられている」と指摘しました。

そして、特例法の規定については、医学的な観点から検討し、「法律の制定当時、性同一性障害のある人にとって手術は最終段階で必要とされる治療だと位置づけられていたが、2006年に治療のガイドラインが改訂されてからは、必須とされるものではなくなった」としました。

また、特例法の立法当時の目的の1つに、それまで生物学的な性別に基づいて男女の区別がされてきた中、急激な形での変化を避けるなどの配慮があったことについては「配慮の必要性は社会的状況の変化に応じて変わりうるもので、2019年の最高裁判所の決定でも、憲法に適合するかどうか不断の検討が必要だと示している」としました。

そのうえで、性別の変更に関する法律をもっているおよそ50か国のうち、40か国余りが性別の変更にあたって手術を条件としていないことや、LGBTの人たちへの理解増進に向けた法律が施行されたことなどの国内外の動向を挙げ、「特例法の施行から19年余りがたち、性の多様性を尊重する社会の実現に向けて国民の理解の増進が求められている」と指摘しました。

さらに、性別変更にあたって手術を条件にしない場合に、安易に申し立てが行われるといった懸念に対しては、「審理を厳格に行うなどして対応すればよい」としました。

裁判所は総合的な検討の結果、「性同一性障害がある人の身体を傷つけられない自由を一律に制約する特例法の規定は、もはや必要性や合理性を欠くに至っている」として、規定は憲法に違反して無効だとする判断を示し、手術を受けていなくても戸籍上の性別を変更することを認めました。