イーロン・マスクに“一番近いジャーナリスト”が見た素顔とは

イーロン・マスクに“一番近いジャーナリスト”が見た素顔とは
ひと言で表すと「キョーレツ(強烈)」。イーロン・マスク氏をそう表現したのは、アメリカの著名ジャーナリスト、ウォルター・アイザックソン氏。アメリカCNNのCEOや雑誌タイムの編集長を歴任し、世界を変えた人物の伝記をこれまで書きつづってきた伝記作家でもあります。

その彼が新たな伝記の対象として選んだのがマスク氏でした。2年間にわたる密着取材に成功し、9月に伝記は世界同時発売されました。

マスク氏に一番近いジャーナリストと言っても過言ではないアイザックソン氏が見た、実像に迫ります。(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

創造的で破壊的な人を掘り下げる

大雨が降る中、ニューヨークのホテルにさっそうと現れたウォルター・アイザックソン氏。
iPhoneの生みの親でアメリカのIT大手、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏や、画期的なゲノム編集の手法を開発し、2020年にノーベル化学賞を受賞した、ジェニファー・ダウドナ氏など数々の伝記を書いてきました。

なぜ、イーロン・マスク氏を取材対象として選んだのかをまず尋ねてみました。
マスク氏の伝記を執筆 ウォルター・アイザックソン氏
「彼は私たちに電気自動車の時代をもたらし、宇宙旅行の可能性を復活させました。人工知能にも挑戦しています。彼は物議を醸す人物ではあるけれど、多大な影響力を持っています。創造的で破壊的な人のことを書くのが好きなのです」

ひと言で“キョーレツ”

創造的で破壊的。

それでも十分な説明かもしれませんが、2年間密着したアイザックソン氏がマスク氏をひと言で表現するとどんな言葉を選ぶのか、興味がありました。

すると、迷うことなく「キョーレツ(強烈・intense)」と返ってきました。
ウォルター・アイザックソン氏
「彼は1日20時間近く集中して働いている人です。リラックスして成功を楽しむ方法を知りません。彼は自分の仕事をビデオゲームをしているようなものだと言っています。成功したらすぐに次のレベルに行きたがるんです」

24時間態勢で働け

2年の間、幾度となくキョーレツなマスク氏の姿を目撃してきたというアイザックソン氏。

中でも印象に残っているというのが、マスク氏が率いる宇宙開発企業、スペースXの事業をめぐるエピソードです。
宇宙船の打ち上げまでまだ半年から10か月もの時間が残されていたタイミングだったと言いますが、アイザックソン氏とマスク氏が、宇宙船の発射台のある南部テキサス州を訪れた時のこと。

その日は金曜日の夜10時過ぎ、外を歩いていたマスク氏は、発射台で働いている作業員が2人しかいないことに気がつき、激怒したといいます。
ウォルター・アイザックソン氏
「彼は『みんなはどこだ?なぜキョーレツに働かないんだ?』と言いました。彼は顔色を変えて命じました『人をかき集めて、24時間態勢で働くんだ。あすまでに200人集めろ』と。集まった人たちはトレーラーの床で寝泊まりしていました。マスク氏にとっては宇宙船の打ち上げ時期がすぐやってくるのかどうかは関係ない、とにかく集中して猛烈に働くこと、そのものが大事なんです」

ツイッター買収 真の理由は

アイザックソン氏がマスク氏に密着した2年間は、マスク氏がSNS大手のツイッターの買収で世界中の注目の的となっていた時期でした。
2022年4月の買収提案から、実際に買収が完了した10月までの半年間の紆余曲折もさることながら、買収後も数々の“改革”で世間を騒がせました。

寸暇を惜しんで働くことを求め、従業員の8割以上を解雇。在宅勤務は認めないと通知しました。
さらに、連邦議会議事堂の乱入事件で暴力をあおったおそれがあるとして、利用が永久停止されていたトランプ前大統領のアカウントを復活させました。
その一方で、マスク氏の取材を担当していた一部の記者のアカウントを停止するなど、破天荒な言動の数々でした。

マスク氏は、ツイッター買収の目的は言論の自由の実現のためだと説明していましたが、言論の自由=何を言ってもかまわないとはき違える利用者による差別用語が急増。

買収後、投稿内容の管理がおろそかになったという指摘が相次ぎ、広告主離れが加速して、ツイッターは収入源のおよそ90%を占める広告収入が激減しました。

多くの人が疑問に思っているマスク氏はなぜツイッターを買収したのかという質問に対してアイザックソン氏は次のように答えました。

次のレベルのゲームに挑戦したい

ウォルター・アイザックソン氏
「いくつか理由があります。まず、買収は衝動的に決定されました。無計画に物事を進め、事後的に計画を練ることがあります。次のレベルのゲームに挑戦したい、ツイッターが究極の遊び場になるのではないかという心理的な理由が1つ。しかし、私はもっと深い理由があると思っています」

追放されて

ウォルター・アイザックソン氏
「背景にあるのは、20年ほど前、経営していたインターネット決済の会社を仲間との対立から追放されてしまったこと。彼は今でも電子決済アプリを実現させたいと思っていて、ツイッターを使えば、それがしやすいと考えたわけです。実際、彼は買収後、長尺の動画を投稿したり、クリエイターが広告収益の分配を受けることができたりするなど、多くの機能を追加し、人々のプラットフォームとなるようにしています」
一方で気になるのがマスク氏が買収の理由として掲げる「言論の自由の実現」です。マスク氏が言う言論の自由とは何なのか、密着したアイザックソン氏はどう見ているのでしょうか。
ウォルター・アイザックソン氏
「言論の自由について、マスク氏は、自由が多ければ多いほど民主主義にとって良いという極めて単純な理論を持ち、言論の自由を広げることを強く推し進めました。私はときどき彼に、『それが本当だとどうしてわかるのか?』と尋ねました。『もしそこに多くの偽情報やヘイトスピーチがあり、それがツイッターのアルゴリズムによって増幅されるなら、それは本当に民主主義の助けになるのか?』と。マスク氏はバランスをとるのが得意ではありません。彼はどちらかというとエンジニアの頭脳を持っています。物事を分析的に考えることができる一方で、穏やかで友好的な方法で進めていくという願望がないんです」

幼少期の壮絶ないじめ

キョーレツなマスク氏の人間性は、いったいどこからくるものなのか。

アイザックソン氏は伝記を書く際、必ずといっていいほどその人物の幼少期について詳しく聞くと言います。そこに人間性のヒントが隠されていることが多いためです。

語られたのは、マスク氏の出身地・南アフリカでの壮絶ないじめの体験でした。
ウォルター・アイザックソン氏
「マスク氏は非常に困難な幼少期を過ごしました。彼は社会的に不器用で、とても孤独でいつも殴られていたんです。ある日、学校の校庭でひどく殴られ、コンクリートの階段から突き落とされました。彼は4日間入院しなければなりませんでしたが、家に帰ると、そこには追い打ちをかけるようにさらなる精神的な苦痛が待っていました。マスク氏の父親は彼を叱りつけ、1時間も彼の前に立たせ、殴られるのはマスク氏自身のせいだと言い、殴った人の味方をしたのです。それが彼の激しさ、リスクを取る能力を形成するのに役立ったと思います。そして時には、彼の頭の中に住む悪魔、幼少期に対する暗い感情を原動力に変えることもあるのだと思います」

逆境 弱さと粘り強さ

逆境にひるまないマスク氏が最もつらい1年だったと語るのが2008年。表には見せることの少ない弱さと彼が持つ粘り強さが際立ったのがこの年でした。

宇宙開発企業スペースXの3回にわたる相次ぐ打ち上げ失敗に加え、電気自動車メーカー、テスラ(当時テスラ・モーターズ)も赤字で深刻な資金不足に陥っていました。
マスク氏はこの頃、精神的に限界まで追い詰められ、身近な人には弱さを見せていました。

本の中には、当時婚約していた女性が、マスク氏が寝ている間に突然叫びだし、しがみついてきたり、夜になるとトイレでおう吐したりしていたと生々しく証言する様子がつづられています。
ウォルター・アイザックソン氏
「ほかの人は誰も乗り越えられないようなひどくつらい時期だったんです。婚約者は、『夜になると彼は吐いていたので体を支えてあげた』と語っていました」
マスク氏は側近のスタッフから「テスラかスペースXの片方に資金を集中し、もう片方を諦めなければ共倒れになる」と迫られましたが、その提案を受け入れなかったといいます。
ウォルター・アイザックソン氏
「スペースXを手放せば、人類は他の惑星では生きられなくなる。テスラを手放せば電気自動車への転換への機運を逃すことになります。だから、マスク氏は不可能に見えても両方にすべてをささげたのです。彼は嵐に向かって航海することを考えるとエネルギーが湧いてくるタイプなんです」

奇跡の大逆転

マスク氏の執念が危機打開につながります。2008年、スペースXは4回目のロケット打ち上げに必要な資金をかき集めて失敗のわずか8週間後に成功。

民間企業が独自開発したロケットとして初めて、地球の周回軌道に到達させる偉業でした。
テスラは2009年、ドイツの自動車大手ダイムラーから5000万ドルの資本参加を取り付けることができたといいます。

本のなかでマスク氏は「あのときダイムラーが出資してくれなければ、テスラは死んでいましたね」と語ったと記されています。

部下はなぜ一緒に働く?

こんなに気性が激しいマスク氏の元で、どうして部下たちは働き続けるのでしょうか。率直な疑問をぶつけてみました。
ウォルター・アイザックソン氏
「彼は、時に厳しくも、最も刺激的なリーダーです。彼がミーティングで厳しいことを言うと、従業員たちはもう辞めようと思います。でも、退屈するよりはいいと思い直すんです。彼の下で働くのは大変かもしれませんが、今、自分は地球上で起きている最大の出来事に参加しているのだと思うと、彼が激しくても、そのミッションに参加しないという選択肢はない、というわけです。彼は人類を救うことの重要性について幾度となく、まるで呪文のように話していました。何度も口に出して言うことで、自分自身にそう信じ込ませてきたのでしょう。マスク氏は時に変人ですが、同時に世界を変えている、それは揺るぎない事実です」

自分らしさを忘れないで

インタビューの終わりに、アイザックソン氏がこの本に込めたメッセージとは何だったのかを尋ねました。
「リスクを冒し、発想を変えること」、「少しだけ革新的に、少しだけ創造的になれるよう人々を鼓舞したい」という思いを込めていると教えてくれました。

私たちはイーロン・マスクのように変わった人には到底なれないし、あそこまでキョーレツである必要はないでしょう。けれど、人と違うこと、はみ出ることを恐れすぎてはいないか、人からどう思われるかばかりを気にして、達成すべき目標を見失っていないか。
アイザックソン氏は、自分に課したミッションを達成するために必要な意志の強さ、自分らしさを忘れないでほしいと話していました。

みなさんは最近、いつリスクを冒して何かに挑戦したでしょうか。アイザックソン氏に会い、私自身、今よりほんの少しだけ勇気を出して、何か新しいことに挑戦してみようという気持ちになりました。
ロサンゼルス支局記者
山田奈々
2009年入局
長崎局 経済部 国際部などを経て現所属
テックと環境に関心
ロサンゼルスで最新トレンドを取材