2030年冬季五輪招致断念 “2034年以降の可能性探る”札幌・JOC

2030年冬のオリンピック・パラリンピックの招致を目指してきた札幌市の秋元克広市長とJOC=日本オリンピック委員会の山下泰裕会長は11日、東京都内で会見を開き、2030年大会の招致を断念し、2034年以降を目指すことを正式に表明しました。

札幌市 秋元市長 “東京大会の不祥事に市民から大きな不信感”

札幌市の秋元市長とJOCの山下会長は、11日午後、都内で会見を開き、山下会長は冒頭、「昨今の状況を踏まえて協議した結果、2030年大会の招致活動を中止し、2034年以降の大会について可能性を探ることに変更した」と述べました。

事実上の断念に至った方針の転換は、10月初め、山下会長が秋元市長に直接、提案したということで、おととし夏の東京大会の汚職や談合事件を踏まえ、透明性と公平性を確保するためさまざまな取り組みを進めたものの市民や道民の理解が進んでいないこと、また、早ければ年内にもIOC=国際オリンピック委員会が2030年大会の候補地を一本化する可能性があることなどが理由だと説明しました。

秋元市長は「おととしの東京大会でのさまざまな事案、とりわけ去年の後半に発覚した刑事事件に至る不祥事に対して市民から非常に大きな不信感や不安があった。東京大会では経費が増大し、市民の負担についても理解が得られなかった」と述べました。

今後の招致活動について秋元市長は「JOCとも『どうしていけば理解が広がるか』についてこれからも考えていきたい。大会にかかる経費や今後の札幌のまちづくりなどを改めて精査する必要がある。このまま行くのではなく、立ち止まって市民と議論したい」と述べて大会の開催計画の見直しにも取り組んでいくことを強調しました。

秋元市長 “住民投票も一つの手段”

秋元市長は、市民への大会招致の理解が進んでいないと判断した理由を問われ、「去年、アンケートを取って賛成が52%だった。その後、東京大会のさまざまな事案が出て、アンケートで数字を示したわけではないが、賛否両論がきっ抗している状況で、招致活動を進める、大会を実現していくためには、多くの市民・道民の支持を広げるという観点から広がっていないという認識を持った」と述べました。

また、国内の大規模な大会やイベントに関するリスクについて、「住民投票も含めて市民の意向確認をして次のステップにいくときには確認をするとこれまでも申し上げている。住民投票は1つの大きな手段として考え、いろいろなリスクが出てきていることを含めて改めて精査する必要がある。このままの状況を引き続き行うのではなく、立ち止まった状態で市民と議論させていただきたい」と述べました。

JOC 山下会長 “2034年招致 簡単ではないと認識”

山下会長は、「今はオリンピックは夏も冬も大会開催に向けた招致活動も変わってきている。大会の成功は、大会を通してその都市のまちづくりがどう進んでいくのかが極めて重要だということは、IOCからも繰り返し発言されている。東京大会ではコロナ禍で制限はあったが、パラリンピックや障害者への理解が大きく変わったと思う。オリンピック・パラリンピックは社会を大きく変える力、その可能性を秘めていると信じている」と述べました。

2034年の招致実現の可能性については、「われわれも2034年についてアメリカのソルトレークシティーがかなり優位に進めているとは認識している。そうした中で今回2034年以降にしていく中で、もう一度しっかり計画を見直しながらより国民の皆さんに魅力的なかたちでの大会の開催に向けて概要案を提示していく。失った信頼を一つひとつ地道に努力しながらJOCも含めてスポーツ界全体で信頼回復につなげていくことが大事だ。したがって2034年の招致は簡単ではないと十分認識している」と述べました。

2030年招致断念の背景と 今後の課題は

札幌市の秋元克広市長とJOC=日本オリンピック委員会の山下泰裕会長は、招致を目指してきた冬のオリンピック・パラリンピックについて2034年以降を目指すことを正式に表明しました。

従来、目指してきた2030年大会については、「招致活動を中止する」と発言するにとどめましたが、すでにIOC=国際オリンピック委員会に意向は伝わっており、事実上の断念となります。

秋元市長と山下会長は方針転換の最大の理由について、開催に向けた支持が市民に広がっていないことを挙げました。

2030年大会については、早ければ年内に候補地の一本化があるとみられるなか、本来であればことしが最も機運醸成の活動に力を入れる時期でしたが、おととしの東京大会をめぐる汚職や談合事件の影響で積極的なプロモーション活動を行うことができませんでした。

秋元市長は、「夏に市民対話の事業を精力的に実施し、以前から懸念が寄せられていた大会経費などの説明も行った。しかし、市民からは依然として多くの不安の声が寄せられ、招致に対する理解が十分に広がったとは言い切れない。招致を実現し、なおかつ大会を成功に導くためには市民の理解と支持が不可欠だ」と説明しました。

また山下会長も、「東京大会の一連の疑惑でオリンピックムーブメントの信頼は傷ついた。信頼を失うのは一瞬、回復は1つ1つ誠実に取り組むしかない」と述べ、招致の実現に向けてはより時間をかけて市民への理解を深めていく必要性を述べました。

一方で、2034年以降の大会招致に向けてはその開催計画にも多くの課題があります。

会見のなかで山下会長は、札幌市に対して「大会の体制や財政など検討をお願いしたい」と話し、秋元市長も運営費と施設整備費であわせて最大3170億円とする大会経費の試算について、精査を行っていく考えを強調しました。

この背景には、大会経費が招致段階から大幅に膨らみ批判を浴びた、おととしの東京大会の反省があります。

開催計画をめぐっては、既存の施設を最大限活用する複数の競技会場について、観客の収容規模の小ささや施設の老朽化への不安が競技団体からあがるなど、費用面での負担増につながりかねない懸念も指摘されています。

秋元市長は、「経費は物価上昇を加味し、より負担が少ない状況を精査するとともに、誰がどう負担するかの懸念を解消する努力を進める。それは今後の時間で十分可能だ」と述べました。

大会招致の方針を2034年以降に切り替えることで招致活動には一定の時間が生まれますが、札幌市とJOCには機運醸成に向けた地道な取り組みとともに、市民が納得できる開催計画への見直しが求められることになります。

岸田首相 “札幌市・JOCの招致活動を見守っていく”

岸田総理大臣は、11日夜、総理大臣官邸で記者団に対し、「招致の見送りは、招致主体である札幌市とJOC=日本オリンピック委員会が熟慮の結果、判断したものと受け止めている。引き続きIOC=国際オリンピック委員会と対話していくことを表明したと承知している」と述べました。

その上で、「政府としては、札幌市やJOCとコミュニケーションをとりつつ、招致活動の動きを見守っていきたい」と述べました。

岡部孝信さん “大変残念 2034年以降の招致に期待”

25年前の長野オリンピックでスキージャンプ男子ラージヒル団体で金メダルを獲得し、現在は社会人チーム、「雪印メグミルク」の総監督を務める岡部孝信さんは「自国開催のオリンピックは、選手として、一生に一度あるかないかの機会なので、そこにかける選手の思いは大変大きいと思う。2030年の招致断念は大変残念なことで、34年以降の招致を期待したい」とコメントしました。

そのうえで、岡部さんは、「自国開催ではなくとも、オリンピック・パラリンピック自体は開催される。2030年の招致断念を残念に思っている選手も多いと思うが、開催地がどこであっても選手が取り組むべきことに変わりはない。引き続き世界一を目指して頑張ってもらいたい」と選手たちにエールを送りました。

市民・観光客からは “残念” “妥当”

札幌市などが正式に表明した2030年冬のオリンピック・パラリンピックの招致を断念し2034年以降を目指す方針について、スキージャンプやノルディック複合の競技会場として予定されている札幌市中央区の「大倉山ジャンプ競技場」では、観光客や市民から残念といった声や妥当だという意見が聞かれました。

栃木県から家族で観光に訪れていた70代の女性は、「スキージャンプはいつも見ているので一度見てみたいと思って競技場に来ました。札幌でまたオリンピックを見てみたかったので断念はちょっと残念です」と話していました。

茨城県から旅行で訪れていた60代の男性は、「オリンピックが開催されれば札幌をまた観光する機会があったかもしれないので、楽しみにしていましたが残念です」と話していました。

また、東京から旅行で訪れていた70代の男性は、「札幌は以前オリンピックが開催されてから街なかがきれいに整備されたと感じます。また札幌で開催してほしいですし開催されたら息子と一緒に見に来たいです」と話していました。

札幌市の市民のうち、招致に賛成だという競技場近くに住む50代の男性は、「いろんな国の人たちが来ることを楽しみにしていたので残念です。ぜひここでオリンピックが開かれてほしいなと思いますし、市民や行政全体で乗り越えていけたらいいなと思います」と話していました。

一方、招致に反対だという近くに住む50代の女性は、「頑張っていた地元のアスリートの方を見られないのは残念ですが、開発によって周辺の自然を維持できるのかという不安があったので、断念となって安心していますし、周りの人も反対の人が多かったのでほっとしています」と話していました。

また、招致に反対だという札幌市の40代の男性は、「オリンピック招致ありきで物事がすべて進んでいって街の整備がおろそかになるのは賛成できなかったので見送りは妥当だと思います。北海道の経済が停滞していて人口が減少する中、いまはオリンピックに莫大な資金を投入する時期ではないと思います」と話していました。

「住民投票を求める会」 “大会招致は市民の声聞いて”

札幌市などが正式に表明した2030年冬のオリンピック・パラリンピックの招致を断念し2034年以降を目指す方針について、招致の賛否を問う住民投票を実現しようと署名活動を行っている団体からは、行政には市民の声を聞いてほしいという意見が聞かれました。

札幌市の市民などで作る「札幌オリパラ住民投票を求める会」は、2030年の大会の招致の賛否を問う住民投票を実現しようと、署名活動を行っていて、11日も札幌市の中心部で署名を集めていました。

団体では、2034年以降の大会招致の賛否を問う住民投票の実現に向けて、今後も署名活動を続けることにしています。

高橋大輔事務局長は、「大会の招致については、住民投票によって民意がはっきりわかると思うので今後も署名活動を続けていく。行政にはまず市民の声を聞いてほしいし、そのために住民投票をしてほしいので、真摯に応えてほしい」と話していました。

札幌市は一時 “有力候補地”

2030年の冬のオリンピック・パラリンピックについては、一時、札幌市は有力な候補地と見られていました。

その理由の1つが気象条件です。

近年は温暖化の影響で世界的に雪不足が進み、大会を開催するための安定した気象条件が整う候補地が減っていることが、冬の大会の大きな課題となっています。

カナダのウォータールー大学を中心とした研究チームが去年1月に発表した論文では、世界の温室効果ガスの排出量が劇的に削減されなければ、今世紀末には過去の冬のオリンピックの開催地のうち、安全な競技環境を提供できるのは札幌市のみになると予測しました。

IOC=国際オリンピック委員会は冬の大会を持続的に開催するため、気象条件が安定した複数の候補地で持ち回りで開催していくことも検討し始めていて、実現すれば、札幌市は重要な候補地の1つとなります。

こうしたことも札幌市やJOC=日本オリンピック委員会が2034年以降の大会も招致を目指す背景にあるものとみられます。

2030年冬季五輪 各国の動き

2030年冬のオリンピック・パラリンピックについては、当初は札幌市のほか、アメリカのソルトレークシティー、それにカナダのバンクーバーの3都市が立候補していました。

いずれも過去に冬の大会を開催した経験のある都市ですが、バンクーバーは地元の州政府が財政的な負担を理由に支援しない方針を表明、ソルトレークシティーは2028年に同じアメリカのロサンゼルスで夏の大会が開催されることから人材の不足や財政的な課題があるとされ、札幌市が最有力候補とみられていました。

しかし、おととし夏の東京大会をめぐる汚職・談合事件などを受けて、札幌市での開催に向けた機運は高まりませんでした。

こうしたなか、ことしに入ってスウェーデンやフランスが相次いで招致を表明し、IOC=国際オリンピック委員会によりますと、開催年を限定せずに招致を検討しているスイスを含め2030年冬の大会については札幌市を含む少なくとも6つの候補地が上がっていたということです。

IOCは、2019年に開催地の選考方法を変更し、新たに設けられた『将来開催地委員会』で立候補地や地元のオリンピック委員会と対話をしながら選考を進めることにしました。

この『将来開催地委員会』では開催の実現可能性を検証するため、「住民からの支持や住民への説明の過程」という項目を設けていて、IOCは、札幌市など各都市などとの対話を進め、バッハ会長は来年7月下旬に開幕するパリオリンピックまでに2030年大会の開催地を決める方針を示しました。

そして、政府による保証書の提出など手続きに一定の時間がかかることから、早ければ年内にも候補地を一本化するのではという見方が強くなり、12日からインド・ムンバイで行われるIOCの理事会や総会で議論されると予想されていました。

仮に年内に、2030年大会が札幌市以外で一本化される動きがでれば落選都市となってしまうだけに、このタイミングで方針を転換する必要に迫られたのではないかという見方もあります。

ただ、2034年大会についてはアメリカのソルトレークシティーが地元の支持もあって有力とされ、札幌市やJOCの招致活動は今後も厳しい道のりが想定されます。

専門家 “不正チェックできなかった理由 振り返りできていない”

オリンピックの歴史に詳しい中京大学の來田享子教授は、おととし夏の東京大会をめぐる不祥事による支持の低下が判断の大きな理由になったことについて、自身が東京大会の組織委員会理事を務めたことを踏まえたうえで、「市民の目で不正をチェックすることができなかったのはなぜか、組織委員会のなかでチェックができる体制になっていなかったのはなぜかということについて、まだ振り返りがうまくできていない。不正がないという当たり前のことができていないことに加えて、税金を投じるオリンピックにどんな意義があるのかということにコンセンサスを得られていないということが、乗り越えるべきとても重要な課題となっている」と指摘しました。

そのうえで、今後の招致活動に向けては、「近年のオリンピックでは、インフラ整備などによるメリットや開催地への直接的な経済効果はあまりないということが、世界の共通認識になっている。一方で、人権問題や社会の持続可能性など世の中が変わっていくことを後押しするような価値を見いだしていく段階にきている。例えば、環境問題など札幌が雪のあるまちのモデルとして危機感を持ってオリンピック・パラリンピックを通じてどんな姿を見せようとしているのかを、市民の望むかたちで提案できることが求められている」と話しました。