「排出量取引」本格開始に向け 東証に新たな市場開設

脱炭素社会に向けて、企業などが二酸化炭素の排出量の削減分を売買する「排出量取引」が2026年度から本格的に始まるのを前に、11日、東京証券取引所でこうした取り引きを行う新たな市場が開設されました。

「カーボン・クレジット市場」企業などがCO2排出量削減分を売買

11日は東京証券取引所で「カーボン・クレジット市場」の開設を記念する式典が行われ、西村経済産業大臣らが鐘を打って取り引き開始を祝いました。

この市場では、再生可能エネルギーの導入や植林といった手段で、企業などが二酸化炭素の排出量を削減した分を株式や債券のように売買することができます。

今回、国が削減分を認定して発行する「J-クレジット」の売買が始まり、全国188の企業や団体などが参加して午前と午後の1回ずつ取り引きが行われます。

また、政府の排出量取引が2026年度から本格的に始まるのを前に今年度から試験的な取り組みとして、自主的に参加した企業などが二酸化炭素の排出量の削減目標を立てています。

目標の達成状況が明らかになる来年度以降は、国の目標を上回って削減できた分をJ-クレジットと同じようにこの市場で売却できるようになります。

西村経済産業大臣
「市場の力を通じて排出量を削減する仕組みを活用してカーボンニュートラルを目指していく。削減のメリットを実感できる仕組みでもあるのでぜひ多くの企業に参画してもらいたい」

日本の“排出量取引制度”とは

政府は、2030年度までに温室効果ガスの排出量を2013年度に比べて46%削減し、2050年には実質ゼロにすることを目指しています。

目標の達成に向けた手段の1つが排出量取引で、政府は今年度から試験的に行っています。

自主的に制度に参加するのは、560あまりの企業や団体で、国内の二酸化炭素の排出量の4割程度を占めています。

これらの企業などは9月までに二酸化炭素の削減目標をそれぞれ立てていて、目標の達成状況が明らかになる来年度からは、国の目標を上回って削減できた分をきょう開設された「カーボン・クレジット市場」で株式や債券のように売却できるようになります。

一方で、削減目標に届かなかった場合は、不足した分を補うためにほかの企業が削減した分や、国が排出削減を認定して発行している「Jークレジット」を購入することで、目標を達成したとみなされることになります。

企業などにとっては二酸化炭素の削減に積極的に取り組んでいることを投資家などにアピールでき、売却によって得た資金をさらなる環境分野への投資に回すことができます。

購入する側も、みずから削減できない分を取り引きによって補えるため、売り手と買い手双方にとってメリットがあり、脱炭素への取り組みがさらに活発になると期待されています。

一方で、日本の排出量取引では、今年度から2025年度までの試験的な実施期間については、参加は企業の自主性に委ねられているほか、目標を達成しなくても罰則がないため、制度の実効性をどう担保していくかが課題となっています。

経済産業省などは、今後の取り引き状況などを踏まえて、2026年度からの本格的な運用開始までに参加や目標達成の義務化など規制を強化するかどうか、検討を進めることにしています。

海外では政府が各企業の排出量上限を設定

二酸化炭素の排出量取引の制度は、海外では2000年代から導入が始まっています。

環境省や経済産業省によりますとEU=ヨーロッパ連合やアメリカのカリフォルニア州、韓国など海外で導入されている排出量取引の多くは、「キャップ・アンド・トレード」と呼ばれる方式です。

政府が各企業に対して排出量の上限を設定し、上限よりも削減できた分や、逆に不足した分を市場で取り引きする方式で、企業などはみずから排出量の削減を達成するか、政府やほかの企業から排出枠を購入することで対応します。

このうちEUでは、2005年から制度が始まり、大手鉄鋼メーカーなど大規模な事業者の参加が義務づけられています。

参加する事業者はEU全体の排出量の4割以上をカバーしていると推計され、企業などは自社で削減できない分を政府から買うこともできます。

EU各国は、売却益の50%以上を気候変動対策やエネルギーの脱炭素化などの費用に充てることにしています。

一方、日本の排出量取引は、企業などが自主的に参加する仕組みで、みずから削減量の目標を立てる方式です。

脱炭素社会に向けた企業の取り組みが国際的に注目される中で、政府による規制ではなく、企業みずからが野心的な目標を掲げて、削減に取り組んでもらうことが狙いだとしています。

海外と比べると、規制が緩やかな日本の制度が排出量の削減にどこまでつながるかが今後の焦点となりそうです。

実証実験では取り引き不成立の日も “活性化”が課題

東京証券取引所に11日開設された「カーボン・クレジット市場」は、企業などの取り引きをどう活性化させていくかが課題になっています。

今回の開設に先立って、この市場では去年9月からことし1月まで実証実験の形で試験的に取り引きが行われましたが、参加企業にとって取り引き価格の水準が不透明だったこともあって、取り引きが1件も成立しない日がありました。

このため、経済産業省は価格の水準をわかりやすくし、取り引きを活発化させようと、新たな制度を導入する方針です。

具体的には、証券会社や銀行に前日の終値を基準として一定の価格の範囲内で、売り注文と買い注文を出してもらう「マーケットメイカー」制度を導入する方針です。

価格の目安を示すことで企業が安心して売り買いできるようにするのが狙いで、経済産業省では11月にもこの制度を導入し、排出量取引が本格的に開始する2026年度に向けて市場の運営を軌道に乗せたいとしています。

新市場に参加する企業は

新たな市場に参加する石油元売り大手は、石油を精製する過程で大量の二酸化炭素を排出することから削減目標の達成に向けて、他社などが削減した分の購入を検討しています。

石油元売り大手のENEOSは、2030年度に二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量を2013年度と比べて46%削減し、2040年度には政府の目標よりも10年早く、排出を実質ゼロにする目標を掲げています。

しかし、製油所で石油を精製する過程などで、年間およそ3000万トンの温室効果ガスを排出していることから自社の取り組みだけで直ちに削減目標を達成することは難しいとして、他社などが削減した分を市場で購入することも検討しています。

ENEOSの長島拓司カーボンニュートラル戦略部長は、「2040年度にカーボンニュートラルを達成するために、今回の排出量の取り引きは非常に重要な位置づけだと考えている。しかし、市場での取り引き量は自社の排出量と比べるとかなり少ないので、今後は量が増えることを期待したい」と話しています。

一方、会社では、二酸化炭素の排出が実質ゼロとされる「合成燃料」の開発や、製油所などから出た二酸化炭素を回収し、地中深くにためる「CCS」と呼ばれる技術の実用化を進めるなどして将来的にはみずから削減した分の売却にも取り組みたいとしています。