旅館などでのカスタマーハラスメント 厚労省 宿泊拒否の例示す

旅館やホテルが迷惑行為や負担が過重なサービスの要求など「カスタマーハラスメント」を繰り返す客の宿泊を拒否することが可能になった改正旅館業法について、厚生労働省の検討会は、宿泊料の不当な割引きを求められた場合など施設側が宿泊を拒否できる具体的なケースをまとめました。

改正旅館業法 ことし12月に施行へ

ことし6月に成立し12月から施行される改正旅館業法では、「カスタマーハラスメント」を繰り返す客の宿泊を拒否することが可能になりますが、厚生労働省は配慮を求める障害者などの宿泊拒否につながらないよう、専門家による検討会でどのような場合に旅館やホテルが宿泊を拒否できるのかといった法律の運用の方針と具体的なケースをまとめました。

この中で宿泊を拒否できるケースとして、▽客がスタッフに対し、宿泊料の不当な割引きや慰謝料の要求、契約にない送迎などほかの宿泊者と比べて過剰なサービスを求める、▽土下座などの社会的相当性を欠く方法で謝罪を求める、▽泥酔し長時間にわたる介抱を求める、▽対面や電話、メールなどで長時間にわたり不当な要求をする、といった行為をそれぞれ繰り返した場合などを挙げています。

一方で、障害のある人が、▽障害を理由に配慮を求める行為や、▽差別的な扱いを受けたことに対して謝罪を求めることなどは、宿泊拒否の対象にはならないとしています。

また、今回の法改正では、ほかにもエボラ出血熱といった感染症法上の位置づけが1類や2類の感染症や新たな感染症が発生した際に、法律に基づいて客に感染対策への協力を求めることができるようになり、検討会では発熱などの症状がある客に、▽1類や2類などの感染症ではないことを示す書類への記入を求めたり、▽感染が疑われる正当な理由がある場合は、部屋での待機を求めたりすることができる、としました。

厚生労働省は、不当な宿泊拒否があった場合などの相談窓口を設置する方針で、今後、パブリックコメントで意見を募るとともに、法律の改正や運用方針の内容を分かりやすくまとめた資料を作成して、旅館やホテルの研修で活用してもらうことにしています。

旅館業法の改正 新型コロナ流行に伴い宿泊業界が要請

旅館業法は戦後の混乱期、宿泊を拒否された人の行き倒れを防ぐなどの目的で1948年に施行されました。

法律の第5条では、宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められる場合などを除いては、宿泊を拒んではならないとされています。

それから70年以上がすぎ、新型コロナの流行時に宿泊者がマスクの着用や検温などの要請に応じないケースが相次いだことから、宿泊業界から、法律に基づいて客に感染対策を求め応じない場合は宿泊拒否を可能にするよう国に要請があり、法改正の検討が始まりました。

この中でカスタマーハラスメントへの対応も論点になりました。

改正旅館業法はことし6月に成立しましたが、平成15年にハンセン病の元患者が宿泊を拒否されたことから、法律が拡大解釈され差別につながるおそれがあるという声が上がり、検討会には旅館やホテルの団体だけではなくハンセン病や障害者の団体なども加わって議論が行われてきました。

宿泊施設を悩ますカスタマーハラスメント

客からの「カスタマーハラスメント」に悩まされてきたという宿泊施設は少なくありません。

栃木県の旅館では、利用時間外に大浴場で入浴していた男性客に清掃スタッフが時間外であることを丁寧に説明したところ、激しいけんまくでどなりつけられたということです。

この客は繰り返し宿泊してほかの接客係にもどなるなどの同様の行為を行ったため、従業員が退職してしまったり、配置転換が必要になったりしたということです。

兵庫県の宿泊施設では、家族で泊まっていた客から「部屋の畳がほこりだらけだから掃除をしろ」とクレームを受けたということです。

このため施設側は再度清掃を行いましたが、その直後に「ごみがある」と苦情を言われたということです。

施設によりますと、清掃した際にはなかったごみだったといい、客が宿泊代の返金と交通費を施設で負担するよう求めてきたため、施設側がやむなく「部屋代は返金するが、交通費は支払えない」と伝えると「口コミに書くぞ」と脅されたということです。

滋賀県の旅館では、ある男性客が複数の宿を同時に予約し、宿泊の直前になって一緒に利用する女性が選んだ宿以外はキャンセルするという迷惑行為を繰り返していたということです。

厚生労働省の検討会 運用指針に具体例を示す

厚生労働省の検討会がまとめた運用指針には、宿泊拒否が可能な「カスタマーハラスメント」の事例をはじめ、障害者が不当な扱いを受けないよう宿泊拒否ができない事例も具体的に示されました。

宿泊拒否できるケース

宿泊を拒否できるケースとして、
▽客がスタッフに対し、宿泊料の不当な割引きや慰謝料の要求、契約にない送迎などほかの宿泊者と比べて過剰なサービスを求める、
▽スタッフに対し、泊まる部屋の上下左右に宿泊客を入れないよう求める、
▽土下座などの社会的相当性を欠く方法で謝罪を求める、
▽泥酔し、スタッフに対し長時間にわたる介抱を求める、
▽対面や電話、メールなどで長時間にわたり不当な要求をする、
といった行為をそれぞれ繰り返した場合などを挙げています。

宿泊拒否の対象にならないケース

一方で、障害がある人が宿泊する際に施設側に「合理的な配慮」を求めることは宿泊拒否の要件には当たらないとしていて、具体的には、
▽車いすで部屋に入れるよう、ベッドやテーブルの位置の移動を求めること、
▽発達障害のある人が待合スペースを含む空調や音響などの設定の変更を求めることなどが明記されています。

このほか、
▽医療的な介助が必要な障害者や重度の障害者、車いす利用者などが宿泊を求めることや、
▽介助者や身体障害者補助犬の同伴を求めること、
▽障害を理由とした不当な差別的扱いを受け、謝罪を求めることなどによって宿泊を拒否することはできないとしています。

カスタマーハラスメントに苦慮の旅館からは安どの声

「カスタマーハラスメント」への対応に苦慮してきた栃木県日光市の旅館では、宿泊拒否が可能となることに安どする声が聞かれました。

栃木県日光市の「旅籠なごみ」はすべての客室から奥日光の入り口に位置する中禅寺湖を望むことができることや、源泉掛け流しの温泉を売りにしている旅館で、1人1泊1万5千円から2万8千円で提供しています。

旅行サイトの口コミなども活用しながらお客第一の接客に努めてきましたが、その一方で、悩まされ続けてきたのが不当な要求をされる「カスタマーハラスメント」でした。

旅館によりますと、ことし宿泊した夫婦は栃木県産のブランド豚をメインにした夕食をとったあと、夫が「伊勢えびが食べたかった」とスタッフの腕をつかんでどなり始めたということです。

社長が対応にあたり、予約サイトには、料理のメニューや写真を掲載していたことを説明したうえで食事の内容に満足してもらえなかったことを謝罪したと言います。

しかし納得してもらえず、「口コミに書くぞ」などとおよそ1時間にわたってどなられ続けたということです。

神尾和彦社長(56)は、このときのことを振り返り「経営の問題というより、従業員の頑張りがお客様に伝わらなかったということで、すごく残念に思いました。精いっぱいのことをしてお出迎えしても心ないことを書かれることもありますが、新たなお客様がその口コミを見て施設に先入観を持つかもしれないということは脅威に感じます」と話していました。

神尾さんによりますと、宿泊施設にとって旅行サイトの口コミやSNSの投稿の影響力は大きく、理不尽な投稿であっても客足に影響を及ぼすことがあるということです。

また、中には宿泊費を無料にするよう求める客もいて、もし応じれば直接的に売り上げに打撃を受けてしまいます。

さらに深刻なのは接客にあたるスタッフに与える影響で、過去には、口コミに名指しでクレームを書き込まれたスタッフが辞めてしまったことがあったということです。

それ以来、スタッフ個人が攻撃されないようスタッフの名札の着用をやめたということです。

今回の法改正でスタッフが安心して働けるようになり、さらなるサービスの向上にもつながると安どしているということです。

神尾社長は「旅館業法の改正でわれわれのお客様へのリスペクトとともに、宿泊される方も私どもに対してリスペクトを持ってくださるようになれば、スタッフも生き生きと仕事ができるようになると思います。業界で働きたい人が減っている中で、このようなおもてなしに参加してみたいと思う方が増えてくることを期待しています」と話していました。

相次ぐカスタマーハラスメント その背景は

「カスタマーハラスメント」が相次いでいる背景について、「日本カスタマーハラスメント対応協会」の酒井由香理事は「昔に比べ、パソコンやスマートフォンが手元にあることで企業に対して意見を言ったり、苦情を言ったりする障壁が下がってきている。それに加え、コロナ禍でちょっとした不安や不満がたまっているのをほかで発散できないため、ぶつけてしまうという形で顕在化したのではないか」と指摘しています。

酒井さんによりますと、カスタマーハラスメントには5つの種類があり、▽個人をターゲットにする「ストレス発散型」、▽アドバイスだとして長時間思いを伝え続ける「ゆがんだ正義感型」、▽土下座・謝礼など過剰な要求をする「攻撃型」、▽他人に責任転嫁する「思い込み・勘違い型」、▽精神状態が落ちている時に意見を聞いてもらうことに執着する「強い執着型」に分類されるということです。

「具体例が示され現場は働きやすくなるのではないか」

酒井さんは、法律の改正について「大きな声で苦情を言うだけではすぐに『カスタマーハラスメント』にはならず、応対によっては円満に解決することもあるので、どこまでがクレームでどこからが『カスタマーハラスメント』となるのか対応の難しさがあった。具体例が示されたことで、現場は働きやすくなるのではないか」と話していました。

そのうえで、「法改正で、宿泊者は自分の行動を見直す機会になると思うので泊まる方も宿泊を提供する側もお互いの信頼関係が進んでいくことを期待している」と話しました。

宿泊拒否を経験 車いすの男性は

過去に介助者がいないことを理由に宿泊を拒否される経験をしたことがある車いすの男性は「障害を理由に宿泊拒否が起きないよう研修を進めてほしい」と訴えています。

福祉用具の販売会社を経営する細野直久さん(56)は16歳の時に交通事故で脊椎を損傷し、車いすで生活しています。

細野さんは、車いすテニスや障害者への理解を広げる研修を自治体や企業などで開いていて、多いときは年間50泊ほど各地のホテルを利用していますが、最近、障害を理由に宿泊を拒否されたことがあったと言います。

ことし3月、九州で研修を行い、鹿児島県のバリアフリールームのあるホテルに宿泊しようとしたところ、スタッフから「介助者がいないと宿泊できません」と言われ宿泊を拒否されたということです。

細野さんはこれまでも介助者なしで宿泊していたため、なぜ宿泊できないのか尋ねましたが、ホテルのスタッフからは「規則があるためです」と伝えられたということです。

その日は金曜日で、すでに深夜0時をまわっていたことから、これからほかのホテルを探すのは難しいと伝えたところ、ホテル側が「特別に宿泊を認めます」と答え宿泊することはできたということです。

その後、細野さんが、ホテルを運営する本部に確認したところ「過去に宿泊した障害者がホテルのスタッフに対し食事や入浴の介助を要望したことがあり、また求められても対応できないと考えそのホテル独自のルールを設けてしまっていた。誤った対応だった」と謝罪され、宿泊したホテルにもすぐに改善の指導が行われたということです。

細野さんは「クレームを言う方というのは障害者とか健常者とか全く関係なくいます。過去にホテル側にとって過度な要求やクレームをしたケースがあっても、障害者全員にルールを課すのは間違っていると思いました。すぐに改めてくれてよかったです」と話しました。

そのうえで改正旅館業法について「障害者側の要望が合理的配慮にあたるのか、それとも過度な要求にあたるのかという混乱が必ず起きると思います。障害を理由に宿泊できないとならないために官公庁は広く研修を行い全国でそうした間違いが起きないようにしてほしい」と訴えていました。

障害を理由の宿泊拒否 複数の事例

障害者の団体などによりますと、障害を理由にした宿泊拒否はこれまでも起きていて、複数の事例が報告されているということです。

「全日本ろうあ連盟」によりますと、2018年に、愛知県の聴覚障害者のグループ15人ほどが県内のホテルに宿泊するために予約しようとしたところ、介助者がいないことを理由に何か起きたときに対応ができないとして宿泊を拒否されたということです。

また、精神障害者の家族で作る「全国精神保健福祉会連合会」によりますと、都内のホテルで、精神障害者手帳を提示した女性がホテル側に事前に連絡していたにもかかわらず、チェックインの際に「安全上の理由」で宿泊を断られたということです。

女性は、障害者差別解消法に基づき、ホテル側に対して差別的な扱いをやめるよう求めましたが、ホテル側は「客室内で発生する可能性のある事故やトラブルを防止するために必要な措置」だとして受け入れられなかったということです。

「日本補助犬情報センター」によりますと、視覚障害者が補助犬と一緒に宿泊しようとしたところ、他の客の迷惑だとか、犬のスペースがないといった理由で宿泊を拒否されたケースがあったということです。

さらに、改正旅館業法が成立したことし6月7日以降も宿泊拒否の事例が報告されています。

知的障害者の家族で作る「全国手をつなぐ育成会連合会」によりますと、ことし6月13日、重度障害者に通所支援を提供する生活介護事業所の職員が、ホテルに予約の電話をした際に「知的障害者の団体です」と伝えたところ、ホテルの職員から「そういう団体の予約は、会社として受け付けていません。コロナ禍以来、会社としてそういう団体の予約は受けないことになっています」と言われ、宿泊の相談すら受け付けてもらえなかったということです。

障害者の団体「利用者と宿泊施設 お互いの対話が重要」

障害のある人たちで作る団体「DPI日本会議」の副議長で、厚生労働省の検討会の構成員も務めた尾上浩二さんは「現在でも障害を理由とした宿泊拒否の事例は少なくないので、安易に宿泊拒否ができるようになってしまわないか懸念していた。障害者が合理的配慮を求めることは過重な負担にはならないと明記されたが、ホテルのオーナーや従業員がきちんと受け止めてもらえるか心配な部分はある。取りまとめた内容の研修をしっかりやってもらうほか、宿泊拒否の事例が出た場合の相談窓口が必要だ」と指摘しました。

そのうえで、改正旅館業法を実際に運用する場面で、利用者側、宿泊施設側の双方が意識すべきこととして「『建設的対話』がキーワードだ。具体的にどのようなことができるか、できないかというのをお互いにアイデアを出し合って実施可能なことを見つけ出していくための対話が重要だ」と訴えていました。

そして「これまでハンセン病や障害を理由にして宿泊を拒否されてきたという歴史がある。その歴史の反省の上に立って今後事業者の皆さんに指針の普及に取り組んでもらいたい。2度とそのような宿泊拒否を繰り返さないためにも、今回の議論をきっかけにして安心して誰もが泊まれるホテルや旅館の体制づくりを進めてほしい」と話していました。