“トイレや風呂の排水も家庭内で再利用” 実験のねらいは?

“トイレや風呂の排水も家庭内で再利用” 実験のねらいは?
生活に欠かせない水道水が危機的な状況に直面しています。耐用年数を超え老朽化が進んだ全国の水道管の長さは地球4周分。今後30年間で更新に必要な費用は33兆円にも上ると試算されています。各地では水道料金の値上げも相次いでいます。そこで今、トイレや風呂などの排水を飲める水質まで家庭内で浄化し、繰り返し再利用する新技術の実証実験が始まっています。
(松山放送局記者 奥野良)

生活排水も雨も「すべて再利用」を

実証実験が行われている愛媛県西予市の山あいにある住宅を訪ねてみました。

住宅の脇には黒いボイラーのような装置が。

「小規模分散型水循環システム」と呼ばれる新たなシステムで、8月下旬に設置されました。
このシステムでは、生活で使った水をその場で処理します。

生活排水の汚れを分解したうえで、“極小の穴”があいたフィルターなどで水と汚れを分けたり、殺菌処理で微生物を取り除いたりして浄化しています。

こうして、トイレや風呂、洗濯などで使用した住宅の排水が、飲んでも問題がないレベルまで浄化されるといいます。

実験では生活水と、トイレの水の処理の水路は系統を分けて処理され、雨水も活用します。

実際にこのシステムで処理した水で手を洗ってみましたが、普通の水道水と変わらずにごりもなくにおいも気になりませんでした。

この地域には、水道が整備されておらず、住民たちは山の湧き水を集めた給水タンクを生活用水として使っています。ただ、台風や大雨のあとなどは、ゴミがたまって、湧き水が濁ってしまうこともあるため、生活に必要な水を手に入れるのにも苦労がありました。
システムは、こうした地域での利用が想定されています。

実験に参加している住民は次のように話します。
住民の山本英明さん
「今まで使っている湧き水は大雨のあとなんかは濁るので掃除するのも大変でした。家の水は1回使ったら排水をして捨てるだけと言う感覚で育ってきましたし、最初は生活排水の利用するのは少し抵抗がありましたが、使ってみたら水質もにおいも全く気になりません」
このシステムを開発したのは、東京のスタートアップ企業「WOTA」です。

この会社と西予市はこの地区に水道の整備を進めると、設備投資・維持管理を含め15.5億円かかると試算しています。

これに対して実験のシステムを導入するコストは9億円ほど。およそ4割コストが押さえられる可能性があるとしています。

老朽化した水道管は日本の各地に

さらに愛媛県やスタートアップ企業は、水道がすでに整備されている地域でも、水道に代わるインフラにできないか、検討を進めたい考えです。

すでに水道がある地域で、なぜシステムが必要なのでしょうか。背景には、日本の水道インフラを取り巻く深刻な現状があります。
日本では高度経済成長期に人口増加へ対応するため、各地で水道管の整備が進みました。

令和3年度時点で水道の普及率は98.2%とほぼすべての地域で普及しています。しかし、日本中に張り巡らされた水道管は今、老朽化して一気に更新の時期を迎えているのです。
厚生労働省によりますと、法律で定められた水道管の耐用年数は40年。

全国の水道管のうち、この耐用年数を超えた水道管は15万2500キロ。実に地球およそ4周分にあたる長さです。

そして今後30年で水道管の更新には約33兆円という巨額の費用が必要になると試算しています。

減る水道収入 愛媛では2800億円不足の見込み

愛媛県でも各自治体が水道問題に直面しています。

県によると、水道管を含めた水道施設をこれまでどおり使えるように維持するのに必要な投資額は、令和40年度(2058年度)までの1年ごとの平均で216億円に上るといいます。

その一方で、県内では人口減少に伴って水道料金を支払う利用者数も減っていて、各自治体の水道事業の収入は年々下がっています。
この結果県は、令和40年度までに合わせて2800億円が不足する見込みだとしています。

水道料金 値上げも相次ぐ

水道の老朽化の一方で、水道収入の減少が続くとどうなるのか。実はすでにそのひずみが起き始めています。

不足する財源を補うために、愛媛県内の自治体で水道料金の値上げが相次いでいるのです。

松山市はことし4月、22年ぶりの料金引き上げに踏み切りました。引き上げ幅は平均で13.89%、平均的な家庭で月に375円の負担の増加です。

今治市の家庭の水道料金はことし8月から平均で9%、新居浜では去年10月に全体で32.8%引き上げられました。

実証実験を担当する愛媛県の山名富士デジタル変革担当部長は次のように話します。
「10数年前から水道の財源の確保は難しいと分かっていたが、具体的に解決策がなかった。既存施設の老朽化と人口減少を抱える地方自治体にとってこのシステムには大きな期待を持っていて、県内各地への“横展開”も考えていきたい」

“やりたい”でなく“やらなくてはいけない”

実験を行っているスタートアップ企業の前田瑤介CEOは次のように話します。
「人口が減少して水の需要も減る中、今後の10年間から20年間で水道管を更新するのかも含め、何にどのくらいの投資をすべきか判断が求められる。水道インフラを持続できるのか、今が重要な時期だ。これは単に私たちが『やりたい』課題ではなく、今後必ず『やらなくてはいけない』課題だと思う」
とはいえシステムの導入には、まだ課題もあります。生活排水を再利用することに水道のユーザーである住民の理解が得られるか、導入地域を県や市町村と連携してどのようなスケジュールで拡大できるかといったことです。

さらに、費用についても住宅ごとにシステムを導入するため、既存の水道インフラと比べてどれくらいコスト削減につながるか検証が必要です。
ただ将来、私たちの生活にとって必要不可欠な水が自由に使えなくなるような事態を防ぐためにも、日本が抱える“水道の危機”について、今から官民一体となって動き始めることが求められているのではないでしょうか。
松山放送局記者
奥野 良
2019年入局
警察・裁判取材を経て現在、行政取材を担当
趣味はサッカー観戦で、国内だけでなくヨーロッパのスタジアムにも足を運ぶ