ノーベル経済学賞に男女間の格差是正など研究のゴールディン氏

ことしのノーベル経済学賞の受賞者に、男女の賃金格差の要因や労働市場における女性の役割などを研究したアメリカのハーバード大学のゴールディン教授が選ばれました。

スウェーデンの王立科学アカデミーは、日本時間の10月9日午後7時前、ことしのノーベル経済学賞の受賞者を発表しました。

受賞が決まったのは、アメリカのハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授です。

ゴールディン教授は、女性の労働市場への参加についてアメリカの200年以上にわたるデータを集め、男女間の格差の是正において何が重要なのか、そのカギとなる要因を分析しました。

従来の研究では、女性の就業率は経済発展に伴って上昇すると考えられていました。

しかし、ゴールディン教授は主要産業が農業から工業に移り変わることに伴って既婚女性が仕事と家庭を両立することが困難になることなどから女性の就業率が低下するとしました。

そして経済のサービス化が進むことで就業率が増加するとして、U字型のカーブを描く構造を初めて明らかにしました。

現在では、アメリカだけでなく、ほかの多くの国でも当てはまる現象だと評価されています。

ゴールディン教授の研究は、政府の介入や男性の家庭参加に加えて、長時間労働を改めるなど、企業が男女間の格差是正に向けて柔軟な働き方を認めることを論理的に後押ししたとされています。

ノーベル経済学賞で女性の受賞者は3人目となります。

ゴールディン教授はノーベル賞の選考委員会との電話でのインタビューで「朝、受賞の電話で目を覚ましました。とてもうれしかったです」と喜びをあらわにしました。

また、女性として3人目の受賞者であることについては「とても大きな意味があると思います。この賞が、大きなアイデアや長期的な変革に対して贈られるものだからです」と答えていました。

そのうえで1998年に書いた自伝エッセー「探偵としてのエコノミスト」に触れて、幼い頃から探偵に憧れていたことを話し、「私はアーカイブの文書や大量のデータを使って探偵のような仕事をしています。探偵であるということは、疑問があるということです。私は常に答えを見つける方法があると信じて調査をしてきました」と述べ、疑問を解決することへの情熱が研究を支えてきたと強調しました。

選考委員長「どの障壁に対処すべきか知ることができた」

スウェーデンの王立科学アカデミーの選考委員長は、ゴールディン教授の業績について、「労働市場における女性の役割を理解することは社会にとって重要だ。ゴールディン氏の革新的な研究のおかげで、私たちは、隠された要因や、将来、どの障壁に対処すべきかをさらに知ることができた」と評価しています。

ゴールディン氏とは

ノーベル経済学賞の受賞が決まったクラウディア・ゴールディン氏について、IMF=国際通貨基金は経済学者などを紹介する2018年の機関誌で「経済における女性の役割を研究した第一人者だ」とたたえています。

この機関誌によりますとゴールディン氏は、1946年、アメリカ・ニューヨーク市のブロンクス地区に生まれました。

考古学や細菌学に関心を持ち、当初は微生物学を研究するためアメリカのコーネル大学に進学しましたが、専攻を歴史学や経済学に広げ、1972年にシカゴ大学で産業組織論と労働経済学の博士号を取得しました。

1998年に書いた自伝エッセー「探偵としてのエコノミスト」で「私は何かが欠けていることに気付いた」とつづり、経済活動において、独身女性だけでなく、妻であり母親でもある女性についても調査分析の対象として加えました。

長年の研究で広く女性の賃金格差の問題に光を当てました。

男女賃金格差 日本はG7の中で最下位

世界各国は、今も女性の賃金が男性に比べて低いという課題に直面しています。

OECD=経済協力開発機構は去年までの入手可能なデータをもとに男女間の賃金格差を比較しています。

それによりますと、OECD加盟38か国の平均では男性の所得と女性の所得の差は11.9%だとしています。

最も賃金格差が少ないのはベルギーで1.2%、次いでコスタリカが1.4%、コロンビアが1.9%、そしてノルウェーが4.5%となっています。

一方、G7=主要7か国でも
▼ドイツが13.7%
▼イギリスが14.5%
▼アメリカが17.0%とOECD平均よりも格差が大きくなっています。

日本は男女間の賃金格差が大きく、21.3%とG7の中で最下位となっています。

日本よりも差が大きいのは3か国だけで
▼ラトビアが24.0%
▼イスラエルが25.4%
▼そして、最下位は韓国の31.2%となっています。

坂井教授“柔軟な働き方拡大する大きなきっかけに”

ことしのノーベル経済学賞に男女の賃金格差の要因や労働市場における女性の役割などを研究した、アメリカのハーバード大学のゴールディン教授が選ばれたことについて慶應義塾大学の坂井豊貴教授に聞きました。

Q.受賞の受け止めは。

A.ものすごくタイムリーな受賞だと思った。

世の中では多様性が重視されるようになったが、一方で、労働市場の男女格差というのは非常に重要な問題として存在している。

そうした男女格差を生んでいる本当の要因というのは何なのかということを、ゴールディン教授は分析した。

近年、経済学の世界では現実の重要な問題を具体的に解明し、処方箋を示すような研究が高く評価されるようになってきているが、まさにゴールディン教授の研究は、そういう研究だ。

Q.研究の意義は。

A.私たちは何となく、時代が進むにつれて女性の労働市場への参加率は増えているというイメージを持ちがちだ。

ところが、ゴールディン教授は200年以上のデータを分析して、そのようなことはないと指摘している。

一体どのような世の中の変化があって、女性の労働市場への参加率が下がったり上がったりしてるのか。

そのキードライバーとなる要因を見つけたことは意義深いだろう。

Q.今回の受賞は、社会にどのように影響を与えるだろうか。

A.近年のノーベル経済学賞の中でも、社会的インパクトという面では随一の研究だと思う。

長時間働き、そして会社に誠意を見せるようなことが評価される文化は、まだ、日本の企業にも多く残っているところがあると思う。

ただ、それは柔軟な働き方と逆行するものであり、男女の格差を不用意に拡大させるものでもあるということがゴールディン教授の研究から言うことができる。

長時間労働はできるだけやめる、また、この時間は必ず働かなければならないというようなことはやめよう、柔軟に働けるようにしようという方向に世の中が動く1つの大きなきっかけとなるのではないかと思う。

Q.日本人の初受賞への期待もある中で、マクロ経済学の研究で世界的に知られるアメリカ・プリンストン大学教授の清滝信宏さんの名前が毎年聞かれるが。

A.清滝教授の研究についてもゴールディン教授と同じように個別具体的な問題を解明する、経済学の面白さを突き詰めたような研究だ。

今後も清滝教授が受賞する可能性は十分にあると思っている。