医療刑務所で深刻な医師不足 一般病院に診療 依頼するケースも

医療刑務所で深刻な医師不足 一般病院に診療 依頼するケースも
真新しいベッドに、最新の医療機器が並ぶ病棟。
部屋の多くはからっぽで、患者の姿はありません。

ここは大阪・堺市にある「大阪医療刑務所」。
刑務所で服役する受刑者などに専門的な治療を行う施設です。

去年、新しい病棟が完成しましたが、210あるベッドの4分の1しか受け入れができていないのです。
設備を充実させたはずの病棟で何が起きているのか…

(大阪放送局 記者 木村真実)

医療刑務所の内部は

鍵が備え付けられた扉を2つ通り抜けた先に見えたのは。
警戒にあたる刑務官の姿。

今回、特別に許可を受けて、「大阪医療刑務所」の新しい病棟の取材に入りました。

警備の態勢が厳重なのは一般の刑務所と変わらない様子です。
病棟を案内してくれたのは、医療部長を務める堀内俊治医師(61)です。

刑務所などの矯正施設で治療にあたる医師は「矯正医官」と呼ばれます。

堀内さんが矯正医官になったのは、59歳のとき。

呼吸器内科が専門で、ことしからこの大阪医療刑務所で常勤の医師として働いています。

刑務所ならではの診察の難しさ

堀内さんはこの日の診察で、持病のある受刑者の経過観察をしました。

診察室で受刑者から名前などを伝えられたあと、聴診器をあてたり、気になる症状を聞き取ったりしていきます。
医師
「はい、こんにちは」
刑務官
「礼!直れ」
医師
「心臓の音聞かせてください」
診察は刑務官の立ち会いのもとで行われ、私語もできません。

必要最小限のやりとりしかできず、難しさを感じることもあるといいます。
医師
「頭が痛いとか、そんな症状はないですか」
受刑者
「背中」
医師
「背中が痛い、そうですか」
受刑者
「脇腹も痛い」
医師
「脇腹も痛いですか」
大阪医療刑務所 堀内俊治 医療部長
「普通の診察でするような家族や趣味の話などはできないので、コミュニケーションが取りづらい部分はありますが、外の病院と同じように丁寧な対応を心がけています。受刑者の治療は本人の健康だけでなく、社会全体にとっても大切なのです。病気のままだと働くのが難しいこともあり、お金に困ってまた犯罪を繰り返してしまうことにつながりかねないからです。受刑者の再犯を防ぐ上でも、ここできちんと治療を受けてもらうことが大事だと思います」

病棟は新しくなったが…

大阪医療刑務所の病棟は去年、新しく建て替えられました。

以前の病棟は1974年に建てられたもので、新しくなるのは半世紀ぶりのことです。

病棟は、去年12月から受刑者を受け入れていて、専門的な治療を行うためにさまざまな設備を備えています。
手術後の患者を受け入れる集中治療室。

新型コロナなどに対応できる陰圧室も作りました。

さらに、より多くの受刑者を受け入れられるよう、病床は18増やし210床になりました。

病室のほとんどは鍵付きの個室で、それぞれ医療用ベッドが設置されています。

しかし、こうした設備は十分生かし切れていないといいます。

9月末時点で、治療のために入所しているのは51人だけ。

病床の4分の1ほどしか受け入れができていません。
受刑者の高齢化に伴って増加した腎不全などに対応しようと、新たに増やした透析の機器。

3台から18台まで増やしたものの、透析が必要な受刑者は6人だけしか受け入れられていません。

医師不足 刑務所にも影響

新しい設備を生かせない主な原因は、治療にあたる医師の不足。

常勤の医師は、19人の定員のうち、3分の1が欠員となっているのです。

なかでも、透析に詳しい腎臓内科の医師などが足りないといいます。
大阪医療刑務所 堀内俊治 医療部長
「ベッドは空いていて、できれば受け入れたいという気持ちはあるんですけれども、今いる医師では限界がありますし、専門の医師がいないために対応できない病気もあるのが現状です。医師がもう少し増えると本当にありがたいんですけど」

受刑者が一般病院で診療受けるケースも

専門的な治療が必要な受刑者などを受け入れる医療刑務所は、大阪を含め、全国に4か所しかありません。

大阪医療刑務所にも、西日本を中心に全国の刑務所から受け入れの依頼が相次いでいますが、3件に1件は断らざるをえない状況が続いているといいます。

医療刑務所が受け入れられない場合、診療を一般の病院に依頼することになります。

法務省の矯正局によりますと、去年は少年院を除いて、刑務所などから一般の病院に移送されたケースが全国で719件ありました。

一般の病院で受診や入院する場合は、刑務官が24時間監視する必要があり、人手とコストがかかります。

さらに、実刑判決が確定しても、刑務所で専門的な治療が受けられないために、刑の執行が停止され、病院などで待機せざるを得ないケースもあるということです。
大阪医療刑務所 市川昌孝 所長
「外部の病院に依頼する場合、とても気を遣います。病院に迷惑がかからないよう、日中を避けて夜の時間帯などに診察を受けます。一般の患者がいなくなるまでは、病院の駐車場でずっと待機してて、来てくださいと言われたら、サッと行って、サッと廊下を通って、できるだけ他の患者の目につかないように工夫しています。とても大変です。私たちも引き続き医師の確保に向けて努力するので、ぜひともこの世界の実情を知って関心を持ってほしいと思います」

待遇改善も 医師不足は続く

刑務所などの医師不足は、全国で課題となっています。

こうした状況を改善させるため、2015年に矯正医官の待遇を改善するための法律が成立しました。

これにより、地域の医療機関との兼業が可能になったほか、フレックスタイム制の導入など柔軟な働き方が可能になり、全国の刑務所や拘置所、少年院などで働く医師の数は増加傾向となりました。

それでも、刑務所などで働く医師の数は定員を下回る状況が続いています。
関西の刑務所などを管轄する、法務省大阪矯正管区によりますと、仕事の内容が知られていないことや、臨床経験が積みづらいことが課題となっているということです。
法務省や各刑務所などは、矯正医官の仕事を知ってもらおうと、さまざまなPR活動を行っています。

例えば、大学生を対象にした就活イベントにブースを設けたり、矯正医官が大学医学部の講義に出向いたりして、仕事の内容や働き方などを説明しています。

しかし、採用につながるケースは少ないといいます。

大阪医療刑務所は、1人でも多くの医師に協力してもらえるよう今後も取り組みを続けることにしています。
大阪医療刑務所 市川昌孝 所長
「矯正医官になってもらえると一番いいんですけど、すぐになってもらえないとしても、こういう世界があって、医師が働いていることを知ってもらうことが大切なのだと思っています。大阪医療刑務所に依頼が来る受刑者をきちんと引き受けて、治療できる態勢をすこしでも早く実現できるよう、協力してもらえる医師の確保に努めたいと思います」

刑務所で働く医師を知って

受刑者の命や健康を守ることは、再犯の防止に加え、服役中に罪と向き合うためにも大切なことだと、今回の取材を通じて改めて感じました。

取材した堀内さんが矯正医官になったきっかけは、東京駅の地下街で募集のポスターを見たことだったといいます。

医師不足を解決する方法は簡単には見つからないと思いますが、まずはできるだけ多くの医師に、刑務所で働く医師の仕事を知ってもらう取り組みを続けることが大切なのではないかと思います。
大阪放送局 記者
木村真実
2023年入局
医療や科学の取材を担当