先端半導体アイランド・台湾 “分散か集中か” 葛藤と覚悟

先端半導体アイランド・台湾 “分散か集中か” 葛藤と覚悟
最新の高性能スマホに、ChatGPTに代表される生成AI、さらには自動運転やロボット技術など、私たちの暮らしを便利にするうえでなくてはならないのが先端半導体です。

その大半を生産しているのが、台湾の半導体メーカー、TSMCです。

ハイテク分野をめぐるアメリカと中国の対立、それに有事リスクにさらされるなかでも、台湾は次なる投資を島内で着々と進めていました。

現地取材によって分かった、台湾の覚悟と悩みを深掘りします。

(国際部 記者 山田裕規)

あの端末を動かす頭脳は台湾製

アップルが2023年9月下旬に発売した最新型のiPhone15。

最近は発熱問題が話題となっていますが、高い解像度のカメラ、リアルなゲームもなめらかに動き、バッテリー性能も大幅に向上しているといいます。

このスマホを動かす心臓部のチップは、台湾のTSMCが製造する最先端の半導体が使われているといわれています。

最先端の半導体製造は台湾で

ほかの企業から半導体の製造を任される受託生産の分野で、世界シェアの50%を超えるトップ企業TSMC。

先端半導体の分野に限ると、その生産能力は90%以上という驚異的な世界シェアで、そのほぼすべてを台湾で製造しています。

どのような生産体制なのか、何が彼らを強くしているのか、確認したいと思い、私はことし8月、台湾に向かいました。
台湾北部のハイテク産業の中心地、新竹サイエンスパークにTSMCの本社はあります。敷地の一角で、巨大な工場の建設が急ピッチで行われていました。

骨組みまで出来上がった建物の周りでは、資材を運ぶトラックやショベルカーがひっきりなしに走り、付近では、関連施設を設置するための整地も進められていました。

TSMCはここで、世界ではまだ量産が始まっていない、回路の幅が2ナノメートルという最先端の半導体を製造するとしています。
さらにすぐ横には、地上10階、地下7階建ての研究開発センターが7月にオープンしたばかり。エンジニアなど約7000人が働くとされ、2ナノに加え、最先端の半導体の製造技術の開発などが行われます。

生産と研究開発の拠点を近接した場所に設け、いち早く量産にこぎ着けようという姿勢がうかがえます。

最先端の半導体とは?

そもそも、2ナノの半導体とはどのようなものなのでしょうか。

半導体は回路の幅を細くすればするほど、データの処理能力をあげることができ、1ナノ=1ミリの100万分の1の単位で開発競争が行われています。日本で製造できる限界は、家電などに使われる40ナノとされています。

これに対し、スマートフォンやデータセンターなど向けの高度な演算処理を行うロジック半導体では、16ナノ以下が主に使われています。

TSMCは、アメリカのIT大手アップルなどから生産を請け負って高性能の半導体を作るなかで、その製造技術を伸ばしてきました。
現在の世界最先端である3ナノの半導体の量産は、すでに台南の工場で2022年12月に始まっています。2ナノはそれを上回る計算能力を持つ半導体ということになり、TSMCは2025年には実用化するとしています。

今、建設中の新竹の工場だけでなく、南部の高雄に建設予定の工場でも2ナノの量産を目指す方針が明らかになっています。さらに、中部の台中でも次世代半導体の工場建設に向けて用地取得を進めているということです。

台湾当局の半導体強化戦略

台湾の半導体産業強化のうえで、重要な役割を果たしているのが、日本の経済産業省にあたる台湾の経済部です。技術部門の担当者は次のように話しました。
経済部 産業技術局 張能凱 上級技官
「私たちは、未来のスマート化とデジタル化の変化に対応して半導体の技術改善に取り組んでいる。そして、台湾内で半導体を生産し、付加価値を生み出すことが大切なことだ」
経済部が策定した最新の半導体戦略「先端技術と産業チェーン自主発展計画」では、当局が台湾域内で、次世代半導体の開発を積極的に支援することなどが盛り込まれています。

地政学リスクと“分散”要求

ただ、台湾にとって悩ましい事態も起きています。半導体はかつての電化製品の部品という位置づけから、今や国の命運を左右する国際戦略物資へと大きく位置づけが変化しました。

特に新型コロナウイルスの感染拡大で半導体不足に陥った経験から、各国がしのぎを削って自国や域内での生産を求めるようになったのです。

また、ハイテク分野をめぐるアメリカと中国の対立は依然として続いています。アメリカは中国向けの先端半導体の関連製品の輸出規制を、2022年10月から実施しています。
一方、中国は台湾統一のため「武力行使も辞さない」という姿勢を示し、台湾有事への懸念が高まっています。

アメリカは先端半導体製造の「台湾一極集中」は大きなリスクだととらえ、アメリカ国内での生産、いわば製造拠点の“分散”を求めています。

巨額の補助金を拠出し、西部アリゾナ州にTSMCを誘致。3ナノの工場建設が計画されているのは、こうした背景からです。

台湾は内製化に注力

こうした国際情勢のなかでも台湾は、島内で先端半導体を作り続ける方針を変えていません。

そればかりか、これまで海外メーカーに依存してきた半導体材料や製造装置の生産も自ら手がけようとしているのです。例えば、製造装置の分野では、アメリカと日本が世界シェアの6割以上を占めています。

海外の企業は台湾に拠点を設けていて、台湾側は必要なメンテナンスや部品の供給などは受けられるものの、自主生産が可能な装置を少しでも増やし、台湾の企業をサプライチェーンに組み込もうとしています。
経済部 産業技術局 張能凱 上級技官
「供給における緊張状態を防ぐため、別の供給源を確保すれば持続的なチップの提供が可能になる。重要な材料や製造装置は、台湾での生産や開発を強化し、供給網の弾力性を高めたいと考えている。これによって、半導体の生産と製造をより安定させ、全体の産業を健全に育てることを目指している」

半導体の製造装置の分野で成果も

こうした台湾当局によるプロジェクトは、一定の効果も出ています。経済部の補助金を受けている台湾北部に本社を置く、製造装置メーカーを訪ねました。

2002年創業で、もともとは製造装置のメンテナンスや部品の供給を行う会社でした。2017年から装置の自前生産を目指して開発を進め、ここ数年で製品の市場への投入を始めています。
生産現場で見せてくれたのが、ウエハーと呼ばれる円盤状の基板に金属状の膜を張る成膜装置です。

これまで日本やアメリカが圧倒的なシェアを誇ってきましたが、この企業もTSMCなどのニーズにも応えられる最先端の装置の開発に成功しているといいます。

通常は、装置の実用化には数年に及ぶ稼働試験が必要で、その期間は多額の資金が必要ですが、そこを経済部が助成して支援しているといいます。

アメリカの製造装置メーカー出身の会社のCEOは、今後も産官で連携してくことで、開発競争をリードできると自信をのぞかせていました。
台湾の製造装置メーカー・天虹科技 易錦良CEO
「助成金を得られることによって、収益に柔軟性が生まれ、資金面でのリスクを分散ができる。また、多くの企業が新規参入すれば、供給網は強くなり、台湾の半導体産業全体を底上げできる」

台湾での半導体強化策どうみる?

台湾は先端半導体の製造をめぐり、アメリカなどからは“分散化”を求められ、一部応じているものの、着々と“島内への集中”を進めている実態が見えてきました。

この相矛盾する動きをどうみたらいいのか。専門家は次のように分析しています。
ジェトロ・アジア経済研究所 佐藤幸人 上席主任調査研究員
「2010年代末から米中間の競争が起きているなかで、アメリカはリスクを踏まえ、台湾に集中している半導体、特にロジック半導体の生産を分散させたいと考えている。台湾は特にアメリカには安全保障面などで大きく依存しているので、ある程度、(アメリカの要望に)応えていかなければいけない。政治的な要請と経済的な目的との間でバランスを見極めながら、政策の舵取りをしている」

台湾の葛藤と覚悟

先に述べたように、半導体は今やただの部品ではなく、国家戦略と密接に結びつく戦略物資です。アメリカにとって先端半導体は最新の兵器に欠かせない存在でもあり、アメリカの中国に対する厳しい姿勢は当面変わらないでしょう。

台湾としてはアメリカとの関係を重視しつつも、中国を念頭に紛争を抑止し、自分たちを守る“盾”としての半導体、「シリコンシールド(半導体の盾)」の概念を半導体強化の理由と位置づけているふしもあります。

「分散か、集中か」、台湾は国際情勢に葛藤しつつも、強い覚悟を持って先端半導体の開発を進めていることを実感しました。
国際部記者
山田 裕規
2006年入局
旭川局 広島局 経済部を経て現所属