「窓ぎわのトットちゃん」続編 42年ぶり刊行 黒柳徹子さん会見

俳優の黒柳徹子さん(90)の自伝的な物語、「窓ぎわのトットちゃん」の続編が刊行され、記者会見で黒柳さんは執筆の経緯としてロシアによるウクライナへの軍事侵攻をあげ、「戦争のときに子どもだった自分はどうだったか思い出し、書こうと思った」と語りました。

昭和33年撮影

黒柳徹子さんは、東京都出身。

昭和28年にNHK放送劇団に入団し、翌年、NHKラジオ「ヤン坊・ニン坊・トン坊」でデビューし、NHK専属の女優として活躍しました。

昭和51年に始まった民放のインタビュー番組「徹子の部屋」では司会者として巧みな話術を発揮し、放送回数1万回を超える長寿番組となっています。

1981年に刊行された「窓ぎわのトットちゃん」は、黒柳さんが小学1年生のときに転校した東京の学校で出会った先生や友人たちとの思い出が描かれています。

子どもたちの生き生きとした姿や自由な校風が世代を超えて親しまれ、作品は20以上の言語で翻訳され、国内外の発行部数は2500万部を超えています。

黒柳さんは、「窓際のトットちゃん」の印税をもとに身体障害者のための基金を設立したほか、昭和59年からユニセフ=国連児童基金の親善大使を務めるなど、社会貢献活動にも力を尽くしています。

なぜ42年ぶりの続編?

その42年ぶりの続編、「続 窓ぎわのトットちゃん」が、3日に刊行され、黒柳さんが都内で記者会見を開きました。

続編では、黒柳さんが東京大空襲のあとに青森に疎開し、その後、音楽学校を卒業してNHKの専属女優になってニューヨークに留学するまでの日々がつづられています。

「ウクライナの子どもたちどうしているのだろうと思った」

黒柳さんは、執筆の経緯について、「ウクライナの問題で子どもたちはどうしているのだろうと思ったとき、戦争のときに子どもだった自分はどうだったか思い出しました。子どもにとって戦争の何が一番嫌かと言うと、自由ではない、何をやってもいけないということだと思います。当時の戦争を思い出すのも嫌でしたが、そのことを考えて続編を書こうと思いました」と語りました。

そして、今の子どもたちに期待することを尋ねられると、「本を好きになってほしいです。私が子どものころは本しかなかったので、本はおもしろいことを知ってもらいたいと思って『窓ぎわのトットちゃん』を書きました。今でも寝る前に本を読みますが、自分の知らない世界や感じたことのない感覚を教えてくれ、いろんなことを学んでいます」と話していました。

「窓ぎわのトットちゃん」は、ことし12月にはアニメーション映画として初めて映画化され、公開される予定です。