ノーベル物理学賞「アト秒」で光出す手法開発 米欧の研究者3人

ことしのノーベル物理学賞に「アト秒」と呼ばれるきわめて短い時間だけ光を出す実験的な手法を開発し、物質を構成する細かな粒子の1つ、「電子」の動きを観察する新たな研究を可能にした、欧米の大学の研究者3人が選ばれました

スウェーデンのストックホルムにあるノーベル賞の選考委員会は、日本時間の3日午後7時前、ことしのノーベル物理学賞の受賞者に
▽アメリカのオハイオ州立大学のピエール・アゴスティーニ教授、
▽ドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学のフェレンツ・クラウス教授、
▽スウェーデンのルンド大学のアンヌ・ルイエ教授の3人を選んだと発表しました。

ルイエ教授は、希ガスに波長が長く、強い光を当てると、波長が短い光が発生することを発見しました。

この現象をもとにアゴスティーニ教授は実験で、「アト秒」というきわめて短い時間だけ続く光を連続的に発生させることに成功し、クラウス教授はさらにこの光をカメラのフラッシュのように1回だけ発生させて、利用しやすくすることに成功しました。

アト秒は、100京分の1秒というきわめて短い時間です。

3人の研究によって「アト秒」の光が利用できるようになったことで、極めて素早く動き回っている「電子」の動きも、写真を撮るように記録して観察できるようになりました。

選考委員会「次のステップは電子の利用」

ノーベル賞の選考委員会は3人の功績について「以前は観察することができなかった非常に速い動きについても研究することができるようになった」としています。

その上で「私たちはいま、電子の世界へのとびらを開くことができる。次のステップは、電子を利用することだ」として今後、電子工学や医学の分野で応用の可能性があると評価しています。

ルイエ氏「感動してうまく話せない」

ノーベル物理学賞に選ばれた3人のうちの1人、スウェーデンのルンド大学のアンヌ・ルイエ教授は、ノーベル賞の選考委員会との電話でのインタビューで「授業の途中で連絡を受け、知りました。その後授業に集中するのが難しかったです。感動してうまく話せません。受賞することができてとてもうれしいです」と話し、喜びをあらわにしました。

また、今回の研究成果の可能性について問われると「1つは電子の性質を理解するなど基礎的なことです。もう一つは実用的なことでこの技術は半導体産業などで役立ち実用化されつつあるということです」と説明しました。さらに「私は80年代の終わりからこの分野に魅了され、何年にもわたって研究を続けてきました。いまでも研究が進んでいてだからこそおもしろいです」と話していました。

クラウス氏「夢なのか現実なのか」

ノーベル物理学賞を受賞した3人のうち、ドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学のフェレンツ・クラウス教授は、ノーベル財団との電話インタビューで「夢なのか現実なのか分からず、いまも自分に問いかけているくらいです。真っ先に考えたのは直接的、間接的に貢献してくれたたくさんの友人や同僚のことでした。彼らの貢献と努力がなくてはなしえなかったことで、とても感謝しています」と答えました。

そして「アト秒」の光の技術で電子の動きをはじめて観察したときのことについて「信じられないような瞬間でした。決して忘れることはないと思います」と振り返っていました。

クラウス氏を知る日本の研究者「すごく真面目」

クラウス教授と国際会議でたびたび顔を合わせてきたという、東北大学の中沢正隆特別栄誉教授は、インターネットの中継で受賞発表の様子を見て「20年以上前からよく知っているが、すごく真面目で一生懸命研究をする人で、会えばいつもあいさつしてくれる。よい研究だからいつか賞をもらえるとは思っていたが、最先端でニッチな分野なのでこういう分野も評価されるんだ」と少し驚きながらも受賞を喜んでいました。

開催中の国際会議では拍手も 研究者「これからが重要」

東京大学アト秒レーザー科学研究機構の機構長を務める山内薫さんは、ノーベル物理学賞の受賞者が発表された時に、スペインで開かれている「アト秒」などに関する国際会議に参加しており、3人の研究者が選ばれたことがアナウンスされると、会場からは拍手が起きたということです。

山内さんは今回受賞した3人のうち、アメリカのオハイオ州立大学のピエール・アゴスティーニ氏と交流があるということで、「非常に気さくで国際的に多くの友人を持っている方です。長いつきあいなので『おめでとう』と伝えたい。多くの方に認められて大変よかった」と祝福しました。

100京分の1秒というきわめて短い「アト秒」の光を使うことで、物質を構成する電子の動きを観察できることについては、「人類が活用できる最も短い時間になると思います。実際に原子や分子のなかで電子がどのようなスピードで動いているのかを時々刻々、追いかけられるようになる」と話していました。

その上で「アト秒の領域で物質の変化が見えることを世の中に役に立つ技術へと発展させていくためには、これからが重要になってくると思います。ノーベル賞が出たことで、この分野の重要性を理解してもらうきっかけにもなればうれしい」と、この分野での今後の研究のさらなる進展に期待感を示しました。

研究者「新しい研究分野築かれると期待」

「アト秒」の研究が専門の早稲田大学理工学術院の新倉弘倫教授は、「『アト秒』というきわめて短い時間だけ光るレーザーによってこれまで物質の構造しか測定できなかったものが、物質の中にある電子の動きを測定できるようになった。今後、さまざまな半導体や新たなデバイスなどの開発につながると考えられる。新しい研究分野が築かれるものだと期待している」と話していました。

その上で、「『アト秒科学』の研究者は、非常に数が少なく、日本全国でも数えられるほどしかいない。今後、より多くの研究者が参加し、『アト秒』という単位を扱う技術がいろいろな分野で応用されることを期待したい」と述べました。

ノーベル賞 発表日程は

ノーベル賞は、ダイナマイトを発明したスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて、「人類に最大の貢献をもたらした人々」に贈るとされています。

ことしの受賞者の発表は
▽2日が生理学・医学賞
▽3日が物理学賞
▽4日が化学賞
▽5日が文学賞
▽6日が平和賞
▽9日が経済学賞となっています。

日本人の受賞はこれまでアメリカ国籍を取得した人を含めて28人ですが、このうち2000年以降に受賞した20人はすべて、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の自然科学系の3賞で、この期間ではアメリカに次ぐ2番目の多さとなっています。

一方、文学賞は1994年の大江健三郎さん、平和賞は1974年の佐藤栄作元総理大臣以来受賞がなく、経済学賞を受賞した人はいません。

物理学賞 注目された日本人研究者は

物理学賞はアメリカ国籍を取得した人を含め、これまで日本から12人が受賞しています。2021年は、愛媛県出身でアメリカ国籍を取得している真鍋淑郎さんが受賞。気候をシミュレーションするモデルの基礎を開発し、地球温暖化の研究を切り開いた功績が評価されました。

十倉好紀さん(左) 細野秀雄さん(中央) 香取秀俊さん(右)

注目されている研究者としては、
▽消費電力が極めて少ないコンピューター用の記憶媒体の実現につながる金属の化合物「マルチフェロイック物質」の特徴を解き明かした理化学研究所センター長の十倉好紀さん、
▽電力ロスが少ない次世代の送電線などへの応用も期待される「鉄系超電導物質」を発見した東京工業大学栄誉教授の細野秀雄さん、
▽100億年で1秒も狂わない極めて正確な「光格子時計」と呼ばれる時計を開発した、東京大学教授の香取秀俊さんなどが挙げられていました。