朝起きると妻がいなかった

朝起きると妻がいなかった
妻の顔写真が入ったチラシを配る男性。この夏、行方がわからなくなった妻の情報を探しています。

なぜ、突然、姿を消したのでしょうか。各地で切実となっている課題に目を向けました。

(鳥取放送局 記者 三浦拓海)

妻を探し続けて

「もしお見かけありましたら、ちょっとこちらまで」

鳥取県米子市に住む荒川勉さん(64)。ことし8月8日に突然行方がわからなくなった5歳年下の妻、泰子さん(59)を探し続けています。
行方がわからなくなってから約3週間がたった26日、勉さんはみずから作った泰子さんの顔写真入りのチラシを配り、目撃情報を探していました。
荒川勉さん
「ほんとに生きて帰ってくれさえすれば、何もいらないです」

ある朝、突然…

7年前から認知症を患っていた泰子さん。症状は徐々に悪化し、2年前には「意味性認知症」と診断されました。
物の名前や、行動の名称について認識することが難しくなり、自分の名前を名乗ることもできなくなったといいます。
荒川勉さん
「(私が)お風呂に入ったらって言っても、『お風呂』ということばがわからないんです。風呂場に連れていって『そろそろ入る?』と言ったら、理解してもらえるんですけど」
ことし7月末、勉さんは泰子さんの介護に専念するために会社を退職しました。

しかし、そこから1週間あまりが過ぎた8月8日火曜日の早朝、勉さんが目を覚ますと、部屋に泰子さんの姿はありませんでした。
荒川勉さん
「5時50分ぐらいに目覚めて布団から出て玄関見たら、泰子の靴がなかったんです。いつも持ち出すショルダーバックみたいなバックがあるんですけど、それがなくなっていました」
毎週火曜日になると、勉さんと一緒に自宅の東にあるショッピングモールで買い物をするのが日課だった泰子さん。

勉さんは、泰子さんがこの日もショッピングモールに足を運んでいるのではないかと考え、店の周辺をくまなく探しました。

しかし、泰子さんの姿はなく、目撃した人も見つかりませんでした。
過去にもたびたび、1人で外出することがあったという泰子さん。勉さんは「きっと今回も帰ってきてくれるだろう」と帰宅を待ちましたが、いつまでたっても、泰子さんは戻ってきませんでした。

離れた場所で手がかりが

泰子さんの行方が分からなくなってから9日後の8月17日。思わぬところで手がかりが見つかりました。

行方不明になった当日、自宅から約800メートル離れた場所にある防犯カメラに泰子さんと見られる女性が映っていたのです。ショッピングモールとは逆方向の松江方面に歩いていました。
また同じ日に泰子さんの特徴と一致する女性が、自宅から約11キロ離れた島根県安来市の民家の庭に入り込んでいたということも分かりました。

さらには、自宅から約30キロ離れた松江市内の国道を、泰子さんに似た女性が歩いていたという情報がSNSを通じて寄せられました。
泰子さんは、勉さんが考えていた方向とは逆に、そして予想を大きく上回る距離を歩き続けていた可能性が高くなったのです。

しかし、残念ながらそれ以降の足取りを示す有力な手がかりはありません。
荒川 勉さん
「出雲の方へ歩いて向かっているということで行動範囲が広いことがわかり、どこを探していいかその時点で分からなくなりました。もっと早く、ショッピングセンターとは逆方向に行ったのが分かっていれば車で追いかけることもできたのに…。本当に悔しいです」
なぜ、泰子さんは、自宅から遠く離れていってしまったのか。

認知症の発見や予防の研究している鳥取大学医学部の浦上克哉教授は、認知症の患者が10キロ以上の長距離を歩き、自治体をまたいで移動することは珍しくないと指摘します。
鳥取大学医学部 浦上教授
「米子市から10キロ以上離れた境港市や松江市まで歩いたというケースもあります。患者さんたちは一生懸命歩き回って、力が果てるまで歩くというケースが多いように思います。外見上は“健康なお年寄り”であることも多く、周囲の人がなかなか気にとめることが難しい場合も少なくありません」

どう向き合うべきか

去年、泰子さんのように認知症やその疑いがあり、行方が分からなくなった人は、全国でのべ1万8700人余り。高齢化を背景にこの10年でおよそ2倍に増え、過去最多となりました。
そして、取材を進めると自治体間で十分な情報共有ができていないことが、捜索を進める上で壁になっている可能性が浮かび上がってきました。

米子市では、行方不明になるおそれがある認知症の人の顔写真や、よく行く場所などの情報を家族から提供してもらう制度を導入しています。
この情報を警察と共有し、行方不明になった場合の捜索や、警察が保護した際の身元確認に活用しているのです。

しかし、制度を通じて提供される情報は、とても繊細な個人情報だということもあり、松江市などほかの近隣自治体と共有することは想定されていません。

また、仮に情報を共有することができたとしても、自治体間でどのように連携して捜索を進めていくかなど、実務面で多くの課題があるといいます。

したがって、泰子さんのように広範囲を移動していた可能性がある場合には、警察の捜査に頼らざるを得ないのが現状です。

浦上教授はこの問題を解決し、認知症患者の情報をさまざまな関係機関が自治体の枠を超えて共有する仕組み作りが重要だと指摘します。
鳥取大学医学部 浦上教授
「現状の情報共有の在り方では、市町村はもとより、他県に認知症の患者が移動してしまうと発見が非常に難しくなってしまっている。自治体を超えて、企業や商業施設、住民団体などさまざまな関係機関が連携して取り組むことが必要です」

「とにかく無事で帰ってきて」

島根県へ向かったとみられる妻・泰子さんを探し続ける勉さん。今も国道沿いのガソリンスタンドなどでチラシを配りながら、情報を求めています。

泰子さんへの思いをたずねると、涙ぐみながらこう答えてくれました。
荒川 勉さん
「もう生きて帰ってくることだけを願っています。ほんとに何もしてやれなかったものでね。とにかく無事で生きて帰ってほしいです。それだけです」
荒川泰子さんは身長155センチで、行方不明時にボーダーの半袖のTシャツを着ていました。泰子さんについて情報をお持ちの方は米子警察署、0859-33-0110まで連絡をお願いします。
鳥取局記者
三浦 拓海
令和2年入局
県警・司法や労働局を担当