コーヒー産地で何が?

コーヒー産地で何が?
朝のひとときや仕事の合間に、コーヒーを楽しむ人も多いだろう。しかし今、気候変動の影響が世界のコーヒーの産地を直撃しているという。

「2050年問題」と言われるこの問題。産地でいったい何が起きているのだろうか。

(サタデーウオッチ9 長野幸代 井上聡一郎/サンパウロ支局長 木村隆介)

産地で起きている異変とは

9月下旬に都内で開かれたコーヒーに関する展示会。最新の機器や商品の展示に加え、およそ30の国と地域から生産者などが訪れ、その魅力などをアピールしていた。
話を聞いたのは、ルワンダでコーヒーを生産するピエール・ムニュラさん。

かつてルワンダで起きた虐殺で、多くの家族を失い地元を離れたが、子どもたちにふるさとを知って欲しいと村に戻り、コーヒー栽培を始めたそうだ。
「ルワンダのコーヒーは、ワンダフルを通り越してルワンダフルですよ」と、笑顔でアピールするムニュラさん。現地に暗い影を落とす気候変動の影響についてこう教えてくれた。
ピエール・ムニュラさん
「豪雨によって、洪水や土砂崩れが起きています。今は降雨量が増え、雨が短期間に集中して降り、そのあと長い干ばつがやってきます。このためコーヒーの生産が減っていて、農家の将来は不透明です。こうした影響は今、加速しています」
農家の収入が増えれば、農地に必要な水を引くなどの対応ができ、コーヒーを作り続けられる。だからこそ、自分たちのコーヒーを知ってもらい、飲んでもらいたいと話した。

ムニュラさんが語ったこうした問題はいま、コーヒーの産地で相次いでいる。

コーヒーの「2050年問題」

コーヒーは育てるのがとても難しいと言われている。寒さに弱く、日光を好むものの、過剰な日光はダメージになる。乾燥にも弱い。そして肥えた、水はけのよい土壌を好む。
こうした気温や日射量など絶妙な条件をクリアし、生産に適しているとされるのが「コーヒーベルト」と呼ばれる一帯だ。赤道を挟んで北緯25度、南緯25度の間に位置している。

世界で消費されるコーヒーのほとんどが、この限られた地域で栽培されている。世界の流通量の6割を占めるのは、アラビカ種と呼ばれる品種だ。
しかし、国際的な研究機関「ワールド・コーヒー・リサーチ」などは、気候変動によって「アラビカ種の栽培に適した土地が、このままでは2050年には半減する可能性が高い」と警鐘を鳴らす。

これが、コーヒーの2050年問題だ。

世界最大の産地でも

世界最大のコーヒー生産量を誇るブラジル。
訪れたのは、総面積約6700ヘクタールの広大な農地を誇る、ダテーラ農園。

大手乳業メーカー森永乳業も18年にわたってこの農園の豆を使い、コーヒー飲料を販売している。

しかしここでも、気候変動に伴う影響に直面していた。2年前は記録的な寒波による霜で木が枯れた。高温や厳しい寒さ、深刻な干ばつなど、極端な現象が頻繁に起きるようになったという。
気温の上昇による乾燥で、害虫による被害も増加。害虫が葉を食べて傷を残すと、実の生育が悪くなる。全体の5%ほどに異常が出た年もある。

干ばつなどに対応するため、農園では、近くの川から水を引いて貯水池を整備するなど対応に追われている。

「何もしなければ、これらの気象現象はますます極端になるでしょう」

農園で品質管理を担当するレイスさんはこう話す。
農園の一角では、エチオピアやコスタリカなど、世界各地から集めたおよそ160種類のコーヒーの木が栽培されている。高温や病気に強く、収穫量や風味も優れた品種を見つけようとしているのだ。
ジョアン・レイスさん
「気候変動や害虫、病気などに耐えられるコーヒーを見いださなければならない。いまはコーヒー栽培に適している地域でも、気温の上昇で新しい病気や害虫が出現し、将来は生産できなくなるかもしれない」

危機にどう備えるか

東京に本社を置くコーヒーの製造・販売会社「キーコーヒー」も取り組みを進める。

この会社では、インドネシアの直営農園で国際的な研究機関「ワールド・コーヒー・リサーチ」とともに、品種開発のための栽培試験を行っている。
同じアラビカ種でも育つ環境や気候、病気に対する耐性が異なるため、気候変動に適応できる品種を開発することに力を入れるという。

社員たちは口をそろえて強い危機感を語る。
「このままでは、今のような上質な豆が生産できなくなり、生産量も減ります。それは今の価格でコーヒーを楽しむことも、出来なくなるということです。日本でコーヒーを製造販売する企業だからこそ、この問題にしっかり向き合い、持続可能な生産を実現したい」

日本でもコーヒー栽培?

世界のコーヒーの産地が危機に直面する一方、実は日本でもコーヒー栽培を始める動きがあると知り、取材に向かった。

長野県に本社を置くエンジンのピストン製造メーカーは、ことし6月からコーヒーの試験栽培を始めた。
広さ250平方メートルの温室には、40本の苗木が植えられている。これらの苗木には、岡山県の企業が開発した、種子をゆっくりと冷凍することで、苗木の成長速度や耐寒性を高める技術が活用されている。
このため温度は下は15度、上は42度まで栽培が可能なのだという。

化石燃料を極力使わないよう、敷地内を流れる地下水の熱を利用したヒートポンプなどを活用。自動で開閉できる窓を備え、高温や多湿にも対応できるという。

会社では、今後も試験栽培を続け、コーヒー栽培の可能性を探りたいとしている。
三城社長
「これから日本人の大好きなコーヒーが飲めなくなる、もしくは非常に価格が高くなるということが言われている。そのなかで私たちは工業化の技術を使って、コーヒーを提供できるようになれば、少しでも貢献できるのではないか」。

コーヒー産地に関心を

国際的な研究機関によると、世界のコーヒーの供給量の60%を生産するのは小規模農家で、こうした農家は資金調達や技術支援が得られにくい状況だという。

そのため、コーヒーに関わる企業や消費者も、コーヒー農家が直面する状況を認識し、農業の革新と研究に対する支援をしてほしいと呼びかける。
ロングCEO
「すべての作物に言えることだが、消費者が生産の現場に何が起きているかを理解することが大切だ。特にコーヒーは毎日のように飲んで消費されている。その産地で何が起きているのか関心をもってほしい」
2050年、私たちは今まで通りコーヒーを飲むことができているのだろうか。産地の現状に、まずは私たち自身が関心を持ち、理解を深めることから始めたい。
サタデーウオッチ9
長野 幸代
2011年入局
岐阜局 鹿児島局 経済部を経て現所属
ディレクター
井上 聡一郎
NHK「ニュース地球まるわかり」などの制作に携わったのち、2022年4月より「サタデーウオッチ9」を担当
サンパウロ支局長
木村 隆介
2003年入局
ベルリン支局、経済部などを経て現所属
中南米の取材を担当