プールの水流出 95万円弁償 教員の責任はどこまで?

プールの水流出 95万円弁償 教員の責任はどこまで?
学校のプールに水をためようとして、出しっぱなしにしてしまった……。

このようなミスをした教員個人に、高額の賠償を求めるケースが相次いでいます。

ミスの責任は個人が負うべきなのでしょうか。そもそも、プールの管理は教員の仕事なのでしょうか。現場を取材しました。

(横浜放送局記者 佐藤美月)

川崎市の小学校で……

神奈川県の川崎市立稲田小学校で問題が起きたのは、2023年5月17日のことでした。

プール開きを前に、30代の教員が給水装置のスイッチを入れてプールへの給水を始めました。同時に、水をろ過する装置のスイッチも入れました。
最初のうちはろ過装置に水が入っていないため、空だきのような状態になり、警報音が鳴りました。

しばらく放っておけば、ろ過装置に水がたまって警報音はやみますが、平日で学校に人が多かったことから、教員はすぐに音をとめようとブレーカーを落としました。

教員は6時間後、給水装置のスイッチを切りました。しかし、ブレーカーが落ちたままだったため反応せず、そのまま注水が続きました。

プール6杯分 190万円が無駄に

小学校のプールは屋上にあります。当日は水泳の授業も始まっていなかったため、巡回は行われず、5日後に用務員が訪れるまで水が出しっぱなしでした。

プールおよそ6杯分、2200立方メートルが無駄になり、190万円余りの損害が出たということです。

そもそも、学校のマニュアルはどうなっていたのでしょうか?

川崎市教育委員会によりますと、プールの給排水については操作盤に簡単なメモが貼ってありましたが、空のプールに水を入れる手順を示すマニュアルはなく、担当した教員にとっては初めての作業だったということです。

教員と校長に支払い求める

川崎市は8月10日、担当した教員と校長に、損害の半額にあたる約95万円を請求すると発表しました。
福田紀彦市長
「教員不足に拍車をかけるという声があるのは承知しているが、教員不足と賠償の責任を誰が負うかというのは全く別の話だ。過失に対して責任を取らなければならないのは、納税者である市民に対する責任だ。私も含めて、常にそう考えている」

川崎市には多くの批判が

教員個人に賠償が求められたことなどに対し、市や教育委員会にはおよそ600件の意見が寄せられました。
多くは「教員がかわいそう」、「プールの管理は教員の仕事なのか」といった批判的な内容でした。

インターネット上でも多くの批判が投稿され、SNSのX(エックス)では「個人が払わなければいけないの?」「川崎市の教員にだけは絶対ならない」といった書き込みが見られました。

95万円全額を納入

9月15日、95万円全額が納入されました。教員と校長それぞれいくら負担したかは明らかになっていませんが、校長は次のようなコメントを出しました。
校長
「けじめをつけるものとしてお支払いしました。今後は深く反省しながら、子どもたちが不安なく安心して学校生活を送れる環境をつくっていくために、誠心誠意努力してまいります」
川崎市教育委員会は「個人の賠償責任について慎重に判断した結果であり、批判は受け止めるが、適正な判断だと考えている」と話しました。

教育委員会は再発防止のため、プールの給水の際に複数の職員でチェックすることなどを定めたマニュアルを作成し、これに基づいた運用を徹底させています。

納入後も波紋は広がる

波紋はその後も広がっています。
9月21日、教職員らで作る団体が、賠償請求の取り下げを求めてインターネット上で集めた1万7000筆の署名を、川崎市と教育委員会に提出しました。
大前博 事務局次長
「教員ではなく、マニュアルがないなど、市のプールについてのずさんなリスク管理に原因があるのではないか。今回の決定を検証してもらわないと、全国の教員に与える影響も大きい」
さらに、川崎労働組合総連合も22日、賠償請求の撤回や教員への返金などを求める申し入れを、市と教育委員会にしました。

プールの水 賠償請求相次ぐ

学校などで、プールの水を出しっぱなしにしたことによる賠償請求は、全国で相次いでいます。専門家によると、おおむね半額を請求するのが一定の相場になっているということです。
▼横須賀市 半額請求
2022年、横須賀市の中学校では、新型コロナウイルス対策としてプールの水を常に入れ替えようと、本来必要がないのに、2か月半にわたって給水していたとして、担当の教員や校長らに損害額の半額にあたる174万円余りが請求されました。

▼高知市 半額請求
2021年、高知市の小学校では、給水の止め忘れでおよそ7日間にわたって水が出しっぱなしになり、教員や校長らに、損害の半額にあたる130万円余りの支払いが求められました。

▼千葉市 みずから全額弁償
2015年、千葉市の小学校で給水の止め忘れがあった際には、担当の教員と教頭、校長がみずから申し出て、損害の全額およそ438万円を弁償しました。
一方で、教員に賠償請求しなかった自治体もあります。
▼香川県三豊市
2023年7月、三豊市の幼稚園で、バルブの閉め忘れで55万円分のプールの水が流出。市は「関係する職員の小さなミスが積み重なった結果で、賠償を請求するほどの過失はなかった」として、全額を負担しました。

▼宮城県富谷市
2023年4月、富谷市の小学校でプール10杯分、200万円余りの水が出しっぱなしになった際には「過失はあるが、重過失まではあたらない」などとして、賠償請求は行わないとしています。
請求をしなかった場合は、住民監査請求や訴訟を受ける可能性もあり、各自治体は難しい判断を迫られています。

「全額請求すべき」住民監査請求も

賠償額を巡り、実際に住民監査請求が出されたケースもありました。

2015年、都立高校でプールのバルブを閉め忘れ116万円分の損害が出たケースでは、東京都が体育教員らに半額の弁償を請求したところ、「全額を請求すべき」として住民監査請求が出されました。
監査では、都内の他の自治体が25%から75%の損害賠償請求を行っていることや、過失の度合い、プールの管理が主な業務でないことなどを考慮し、都の請求どおり「50%の賠償が適当」としました。

川崎市はこうした過去の事例などを参考に、弁護士に相談しながら請求額について判断したということです。

賠償備える保険 支払額が増加

教職員共済生活協同組合=教職員共済では、教職員の業務中のミスなどで損害賠償が必要になった場合に備える保険を、2011年から取り扱っています。
プールの水を出しっぱなしにしてしまったというケースのほか、▼卒業アルバムの校正ミスで刷り直しが必要になったり、▼運動会が延期になった際に給食を止め忘れたり、▼敷地の草刈り中に石が飛んで車を傷つけてしまったりと、さまざまな事案があるということです。

保険金の支払額は増加傾向が続き、2013年にはあわせて880万円ほどだったのが、2022年度は倍の1890万円ほどに増えたということです。
教職員共済の代表理事 伊藤功さん
「学校の先生はいろいろなことをしています。どれも学校運営上の仕事だと受け止めているので、うまくいかなかった場合は責任を感じます。保険を使って賠償できる方が、安心して仕事ができるのではないかと思っています」

プール管理は教員の仕事?

教員の負担を減らそうと、プールの管理を外部に委託する動きも出てきています。

川崎市ではプールの老朽化をきっかけに、民間への管理委託などを始めました。教員の負担軽減にもなるとして、市内の小中学校などのプールのうち、規模の大きい5か所の管理を民間企業に委託しています。
また、3つの学校では水泳の授業で学校外のプールを利用していて、このうち西有馬小学校では、水泳の指導も民間の指導員が行っているということです。

川崎市教育委員会は「プールの管理が教員本来の仕事なのかという課題もある。教員の負担を減らすことを視野に、プールの民間活用などの議論を進めていきたい」としています。

教員の業務や責任、今こそ議論を

国家賠償法では、公務員が職務を行う際に他人に損害を与えたときは、国や自治体などが賠償責任を負うと定めています。

ただし、公務員に故意や重大な過失があった場合は、国や自治体などは公務員に賠償を請求できるとしています。

学校についての法律に詳しい東京学芸大学の佐々木幸寿教授は、損害賠償の水準は時代によって変わってきているとした上で、「かつては重過失に至らない限り、賠償請求を受けなかった。平成20年(2008年)代からは住民の批判が高まり、監査請求や訴訟が起こされるようになったため、行政が民法を適用して損害賠償を行うようになった」と指摘します。

一方、教員が担うべき業務については、きちんとした議論が必要としています。
東京学芸大学 佐々木幸寿教授
「教員の業務が加重だという声もある中で、プールの管理を教員が担わなければならないのかという議論も当然ある。どこまでが業務で、どこまで責任を負わなければいけないのか。いろんな声が出てくることは望ましいと思う」

取材を終えて

今回の川崎市のケースで反響がこれだけ大きくなったのは、多くの人たちが教員不足や過酷な勤務環境、それによる子どもたちの教育環境の悪化に、懸念や関心を持っているからだと感じました。

教員個人に賠償を求めることには反対の声が多かったのですが、元教員の中には「適切に情報共有がされていれば起きなかったミスで、過失の度合いは強く、賠償は仕方ない」と話す人もいました。一方で、「プールの管理は大きな負担で、教員が担うべきか議論をしてほしい」と話していたのが印象的でした。

そもそも、例年これだけ多くの流出事故がおきていて損害もでているのですから、まずはマニュアルの整備など、ミスが起こらない環境を全国的に整備すること。それから、法律的な過失の度合いを冷静に判断することが重要だと感じます。

さらにその上で、教員の働き方や業務の範囲、それに負うべき責任の度合いについて、社会全体で考えていく契機になればと感じました。
横浜放送局 記者
佐藤 美月
2010年入局
川崎市を担当。「すべての子どもが生き生きと暮らせる社会」をテーマに取材を続ける