生成AIデータセンターに記者が “潜入”

生成AIデータセンターに記者が “潜入”
生成AIを開発するデータセンターが日本で新たに整備される。

その場所は北海道石狩市。今回、取材機会を得て現地に向かった。

「データセンターの内部を取材するのは初めてです」

思わずそう口にした私の目の前に現れたのは、のどかな北海道の風景にそびえ立つ真っ黒の巨大な建物だった。

厳重なセキュリティーシステムに守られた建物の内部に入り、さらに合計6つのセキュリティゲートを通った先に生成AI開発のためのその部屋はあった。

(経済部記者 名越大耕)

札幌駅から車で50分

札幌駅から車で50分ほどの北海道石狩市。

小雨が降りしきるなか、のどかな田園風景が広がる片側2車線の広い道を進んでいると、巨大な黒い建物が現れた。

IT企業「さくらインターネット」が運営するデータセンターだ。
事前に取材班の氏名を登録し、受付で運転免許証の提示を求められる。

受け取ったカードキーでようやく建物の中に入ることができた。

国産生成AIを開発するデータセンターを整備

データセンターは、ネットを介してデータを保管するクラウドサービスなどに使うサーバーを備えた拠点だ。

昨今は世界各地で加速する生成AIを開発する拠点としても欠かせない存在となっている。

この会社は石狩市のデータセンター内で、生成AIを開発するためのサーバーを新たに整備する計画を進めている。

生成AIの開発は膨大なデータをAIに学習させなければならず、いわばその学習の作業の場がサーバー設備となる。

その設備の搬入が9月から始まり、私が訪れたのはその直前のタイミングだった。

データセンターはどんな拠点なのか、初めて内部に入るからにはすべてを見学しようと取材を始めた。

膨大な電力が必要

最初に通されたのは電力設備の区画。

部屋に入るとすぐに「あまり近寄ってはいけません」と注意を受けた。
この区画に並ぶ箱のような設備には、6万6000ボルトの電力が供給されているという。

大規模な工場で使われる「特別高圧」と呼ばれる電力だ。

電力会社の発電所から送電線を経由して地下のケーブルを通じて供給されていた。

データセンターにとって電力の確保は生命線だ。

停電で電力供給が止まれば、各社の多くのサービスに甚大な影響が及ぶ。

災害などでケーブルが断線しても電力供給が止まらないよう、2つの送電ルートが確保されているという。

さらに、このデータセンターで使う電力は、水力発電を中心に100%再生可能エネルギーで賄われている。

通常の電気料金よりもおよそ3割高くなるが、電力を大量消費する企業として脱炭素に向けた取り組みを進めるためだという。

北海道ならではの工夫

その膨大な電力消費を抑えるための工夫も行われていた。

向かったのは建物の外壁。

見上げると天井近くの部分が網目状になっていた。
「ここから空気を取り込むんです」

外気を取り込むためだという。

室内にまわると、壁の一面が空気を通すフィルターとなっていた。

近づくとたしかに、取り込まれた外気を肌で感じる。
冷たい外気を施設内に直接取り込み、稼働で発熱したサーバーを冷やすのだという。

北海道の気候を生かした工夫だ。

取り込まれた外気は、サーバーの真横にある空気孔からサーバーに届けられる仕組みだ。
データセンターが膨大な電力を消費する理由の1つに、サーバーの冷却機の存在がある。

このデータセンターでは、年間を通じて湿度50%、温度20度に保つよう調整されている。

外気でサーバーを冷やすだけでなく、冬期など施設内が冷えすぎる時は、サーバーが発する熱と外気を混ぜることで室温を調整している。
こうした工夫によって、年間の半分にあたる10月から4月にかけては、冷却機を全く使用しないという。

都内にあるデータセンターと比べ、電力の使用量をおよそ4割程度、減らすことができる。

日本ならではの対策も

日本にデータセンターを置くうえでの対策も行われていた。

まずは、地震対策だ。

向かったのは非常用発電設備の区画。

12機のディーゼル発電機が備えられていた。
2018年の北海道胆振東部地震では、60時間におよぶ停電に見舞われたが、この非常用発電設備によって、追加の燃料も使いながらサーバーは稼働を続けることができた。

さらに、この地震をきっかけに、追加の燃料を使わずに非常用発電設備を動かすことができる時間をこれまでの48時間から72時間に伸ばすため、設備の増強が行われていた。

このところ相次ぐ通信障害への対策も行われていた。

複数の通信会社と契約し、通信回線は地下で結ばれている。
陸上と海上の複数のルートでこのデータセンターと接続されているという。

ひとつの通信会社で障害が発生した場合、別の通信会社の回線によってデータ通信を継続できる態勢だ。

そしてサーバールームへ

そして、データセンターのなかで最もセキュリティーが厳重なサーバールームに向かった。

その部屋に到着するまでに合計6か所のセキュリティゲートがあった。

ようやく到着した先にあったのは鉄格子がはめられた厳重な扉。
カードキーと生体認証で守られている。

この扉の先は限られた担当者しか入ることができない。

今回、案内をしてくれた広報担当者もふだんは入る許可を受けていないという。

セキュリティーチェックを終えて、扉の先に進むと長い廊下につながっていた。
さらにその先の扉を開く。

そこには無数のサーバーが整然と並んでいた。
その数は5万台。

利用している顧客の数は3万8000(2018年時点)にのぼるという。

サーバーが最大50台入った1つのラックで、一般家庭の1軒から2軒ほどの電力を使用している。

生成AI開発のためのスペース

このデータセンターには、いまはまだ使われていないスペースがおよそ半分残っていた。

これから始まる国産生成AIの開発に使うサーバーがここに入る計画だ。
およそ500平方メートルの部屋が合計5か所あった。

その一部で9月からサーバーの搬入が始まった。

会社では、アメリカのエヌビディア製のGPU(※画像処理用の半導体機器でAIの開発にも使われている)を2000基調達し、それを組み込んだサーバーを整備する計画だ。

このGPUは世界的な需要の高まりで入手が困難とされているが、経済産業省の仲介もあって早期の調達が実現したという。

一部の稼働開始は2024年1月の予定だ。

さくらインターネットの田中邦裕社長はインタビューでこう答えた。
さくらインターネット 田中邦裕社長
「今、AIの分野でアメリカが強いのは、日本の研究者のレベルが低いからというわけではなく、シンプルにインフラがなかったからなんです。やはりオープンAI社含めて米国のネット系企業はGPUを大量に所有し、計算資源を大量に確保しています。それと同じ状況を日本でも作ることができれば、日本の研究者、スタートアップの努力によって、日本のAIに対するレベルが世界レベルに上がっていくだろうと思っています。だからこそ、AIが始まったばかりの今、自国でのAI開発が必要であるし、国内のGPUリソースが必要になってくると考えています」
そのうえで、当初の3年計画を前倒しし、2024年6月までに全面稼働させる方針を明らかにした。

さらに、新たな計画も明らかにした。

今回の計画の10倍規模のサーバーを増設する方針で、このデータセンターだけではスペースが足りないことから、北海道内に新たなデータセンターを作る検討をしているという。

取材を終えて

生成AIの開発を行うにしても、そのインフラとなるデータセンターが国内に不足している。

生成AIの開発には膨大な資金と設備が必要であり、アメリカの巨大テック企業などが大きく先行してきた。

これに対して、国産生成AIの開発を目指す日本の企業は、医療や金融などの業界や企業ごとにカスタマイズした特化型の生成AIを開発することで対抗しようとしている。

さくらインターネットはそうした開発企業にインフラを提供する立場だ。

アメリカの巨大テック企業が手がける生成AIは、学習したデータの情報源やAIのアルゴリズムなどの情報は公開していない。

生成AIの安全性や正確性を追求するためにも、開発にあたる企業だけでなく、データセンターなどのインフラ整備も急がれる。
経済部記者
名越大耕
2017年入局
福岡局を経て現所属