小児がん 治ったけど…家族の新たな闘い

小児がん 治ったけど…家族の新たな闘い
小児がんはかつて「不治の病」と言われていましたが、医療の進歩で、その種類によっては、およそ8割の患者が治るようになったともされています。

一方、治癒率が上がったことで新たな問題が浮かび上がっています。
小児がんは治っても、その後、「障害」や「合併症」が見られるケースが報告されるようになってきたのです。

(宇都宮放送局記者 平間一彰)

「小児がん」と診断された女の子

栃木県真岡市に住む6歳の大塚月(あかり)ちゃんが小児がんと診断されたのは、生後8か月のときでした。
なかなか寝返りを打たない娘を心配して、両親が詳しい検査を受けさせたところ、脳に悪性の腫瘍、がんが見つかったのです。
母親の大塚明日香さん
「なんでうちの子なんだろうと考えました。もともと未熟児で、小さく生まれているので、私のお腹の中であまり育たなかったのかなと、自分を責めたこともありました」

“助かる確率は50%…”

月ちゃんは、手術で腫瘍を取り除くことになりました。
このとき医師からは「成功して、助かる確率は50%」という厳しい現実を伝えられていました。

生まれて初めての誕生日を祝ってあげたい。

手術の日程は月ちゃんの誕生日の直後に決まりました。

がんはすべて切除

朝、始まった手術は、午後にいったん終わりましたが、夕方になって容体が急変します。その日の夜、2回目の緊急手術が行われました。

すべてが終わったのは日付が変わったころでした。
両親は、医師から月ちゃんの脳の画像を見せられ、「腫瘍はすべて取りきれた」と伝えられました。

新たな闘いの始まり

小児がんの治療によって、一命を取り留めた月ちゃん。
しかし家族にとって、これが新たな闘いの始まりになりました。

手術後、さまざまな障害が見られるようになったのです。
そのひとつが、発達の遅れです。
月ちゃんは6歳になった今も、ことばを話すことができません。食事にも介助が必要です。スプーンやフォークは持てますが、ひとりで食べることはできません。

運動機能の発達にも、遅れが出ました。

歩けるようになったのは、5歳になってからでした。
こうした障害の原因について、月ちゃんの主治医は、抗がん剤の影響で心臓に負担がかかっていることや、がんを引き起こした染色体の異常が関係している可能性などについて説明したと言いますが、いまだにはっきりしたことはわかっていません。

両親が今後の成長の見込みをたずねると、医師はただ「わからない」と答えたと言います。
母親の大塚明日香さん
「今はどうしてもおむつをしていたり、食事するにも補助が必要なので、大きくなったときにどこまで成長できるかとか、親がどこまで手を離して進んでいってくれるのかという不安があります」

治療後の課題 「晩期合併症」

月ちゃんのような小児がんの治療後に見られる障害は、「晩期合併症」(ばんきがっぺいしょう)と呼ばれ、いま全国で報告されています。

そして日本ではこの対応は、まだ十分とは言えません。
【主な「晩期合併症」】
・成長発達の異常(内分泌異常を含む)
 身長発育障害、無月経、不妊、肥満、やせ、糖尿病
・中枢神経系の異常
 白質脳症、てんかん、学習障害
・その他の臓器異常
 心機能異常、呼吸機能異常、肝機能障害、肝炎、免疫機能低下
・続発腫瘍(二次がん)
 白血病、脳腫瘍、甲状腺がん、その他のがん
(厚生労働省のサイトより)
小児がんの治療は、体が発達する幼い時期に放射線を照射したり、抗がん剤などの強い薬を服用したりするため、その後の成長に影響が出ることが懸念されています。

専門医によりますと、日本では、がんそのものを治療することばかりが優先されてきましたが、今、晩期合併症の研究が始まっています。

動き始めた「晩期合併症」の調査

名古屋大学医学部附属病院の片岡伸介医師らのグループは、月ちゃんのように小児がんを乗り越えた全国のおよそ2万3000人を対象に、大規模な調査に乗り出しました。

がんの治療を終えた患者に、どのような「障害」や「合併症」が見られるのかを調べてデータベース化し、将来的に、全国の医師が小児がんの治療方針を立てる際の参考にしてもらいたいと考えています。
名古屋大学医学部附属病院小児科 片岡伸介医師
「日本では小児がんが治る方は増えてきましたが、そうした方が大人になるにつれて、どのような臓器に、どのような合併症が起きているかというデータは、まだ少ないのが現状です。早いうちにデータを集積して、結果を還元していきたいと思っています」

月ちゃんの成長を信じて

月ちゃんは今、週に5日、母親の明日香さんといっしょに、歌を聴いたり、プールで手足を動かしたりするリハビリに取り組んでいます。

小児がんから救われた小さな命を、たとえ時間がかかっても、しっかりと育みたい。明日香さんの願いです。
母親の大塚明日香さん
「将来、娘が大きくなったら、いっしょに買い物に行ったり、女子トークをしたりしたいです。今後に不安もありますが、これから成長していってくれるだろうという期待もありますので、今はただ、できることが1つずつ増えていってほしいという気持ちです」
宇都宮放送局記者
平間一彰
平成8年入局
宇都宮局で、新型コロナや医療問題の取材に携わり、命と向き合う番組などの制作にあたる。