ウクライナの世界遺産 「危機遺産」に登録か審議へ ユネスコ

ユネスコの世界遺産委員会はウクライナの世界遺産について、緊急に保存や修復などが求められる「危機遺産」に登録するかどうか、14日からの会議で審議を行う予定で、軍事侵攻を続けるロシアの攻撃からの保護につながるか注目されます。

ユネスコ=国連教育科学文化機関の世界遺産委員会は今月10日からサウジアラビアの首都リヤドで開かれていて、14日からの会議では各地の世界遺産の保全状況の審査などが行われます。

会議ではウクライナの世界遺産のうち、首都キーウの「聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群、およびキーウ・ペチェルシク大修道院」、それに、西部リビウの歴史地区を、それぞれ、緊急に保存や修復などが求められる「危機遺産」に登録するかどうか審議する予定で、軍事侵攻を続けるロシアの攻撃からの保護につながるか、注目されます。

また、イタリアの観光地ベネチアについても、観光客の増加への対策が十分ではないなどとして、「危機遺産」に登録するか審議される予定です。

このほか、「軍艦島」の通称で知られる長崎市の端島炭鉱などで構成される「明治日本の産業革命遺産」をめぐって、2021年に朝鮮半島出身の労働者らについて、さらなる説明などを求める決議が採択されたことを受けた日本の対応も議題になる予定です。

オデーサ「歴史地区」に建つ大聖堂も被害に

ウクライナ南部のオデーサの「歴史地区」はことし1月、ユネスコの世界遺産に登録され、同時に、危機遺産にも登録されました。

その「歴史地区」の一角に建つ正教会の大聖堂にロシア軍のミサイルが直撃したのは、ことし7月23日の未明でした。

ウクライナでは最大規模で、19世紀前半に建てられた大聖堂はオデーサの市民から親しまれているほか観光名所としても人気が高い場所です。

攻撃から1か月余りがたった今月11日、NHKの取材班が現場を訪れたところ、ミサイルが直撃したという場所は壁が大きく崩れて原形をとどめておらず、床には深い穴があいたままでした。

大聖堂の屋根も穴があき、建物の中に日の光が直接さし込む状態になっていました。

現在、礼拝など、大聖堂で執り行っていた活動は被害を受けていない地下に場所を移して続けています。

大聖堂の神父のミロスラブ・ブドドービチさんは攻撃があった日について「その日、警報が鳴ったので家の地下に避難していると、大聖堂のセキュリティセンサーが一斉に作動した。すぐに向かうと、大聖堂は燃えていてがれきが散乱し、本当にひどい状態だった。祭壇も屋根も破壊され、窓やドアも全部吹き飛んでいた」と振り返りました。

建物の内部では、いまも毎日、ボランティアの人などが清掃を続け、がれきの撤去を進めています。

ブドドービチさんはこれまでにがれきの中から「イコン」と呼ばれる宗教画などを掘り出しましたが、傷ついた文化財も少なくないということです。

この日は、攻撃の影響で一部に亀裂が入った木製のキリスト像を運び出し、修復に出す作業が行われていました。

大聖堂では現在、雨風などから守るため破壊された屋根を覆う作業が進められています。

しかし、建物そのものの修復は、専門知識のある人材が戦闘にかり出されているうえ、外国からの資材の調達も難航するなど、多くの課題があり、めどはたっていません。

ブドドービチさんは「私にとって大聖堂は命そのものです。ロシアはすべてを破壊し、彼らにとって神聖なものは何もない。オデーサはユネスコに登録されていたから、爆撃されることはないと信じられていた。何の正当性もない、無意味な戦争だ」と話し、ロシアが文化的な施設を狙い、ウクライナの歴史や人々の心を破壊しようとしていると非難しました。

ウクライナ国内で287の文化財などが被害

軍事侵攻が続くウクライナで深刻になっているのが文化財や文化的施設の被害です。

ユネスコは今月7日、去年2月に軍事侵攻が始まって以降、今月6日までに、ウクライナ国内で合わせて287の文化財や文化的施設が被害を受けたと発表しました。

内訳は、教会など宗教関連施設が120、歴史的建造物などが107、博物館が27、記念碑が19、図書館が13などとなっています。

このうち、南部オデーサではことし7月に中心部にある正教会の大聖堂にロシア軍のミサイルが直撃しました。

この大聖堂が建つ「歴史地区」はことし1月、ユネスコの世界遺産と、重大な危機にさらされ、保護が必要だとする「危機遺産」に同時に登録されました。

ユネスコは声明で「この非道な破壊行為は、ウクライナの文化遺産に対する暴力が激化していることを意味する」とロシアを強く非難しています。

ウクライナの文化財をどう保護するかが喫緊の課題になる中、ユネスコは今月10日からサウジアラビアで世界遺産委員会を開いていて、ウクライナの世界遺産のうち、首都キーウの「聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群、およびキーウ・ペチェルシク大修道院」、それに西部リビウの「歴史地区」を、それぞれ、「危機遺産」に登録するかどうか議論することにしています。

文化財を守るためさまざまな対策

ロシアによる攻撃から文化財を守るため、ウクライナでは、いま、さまざまな対策が進められています。

そのうちの一つが町なかにある銅像や記念碑を板などで覆って保護する取り組みです。

さらに、文化財が破壊されたときのために、あらかじめ備えておこうという取り組みも始まっています。

西部リビウに拠点を置く企業「スケイロン」が軍事侵攻を受けて始めたのが、教会や博物館など、文化的な施設の詳細な3Dデータや画像を記録し、保存するプロジェクトです。

データをもとに、壁や柱、描かれている絵画などの寸法や正確な位置、それに、色みや質感にいたるまで、さまざまな情報を画面上で視覚的に確認することができる立体的なモデルをつくります。

文化財が被害を受けた場合、もとの状態に復元しようとする際に役立つ、重要な資料になると期待されています。

先月31日には、首都キーウの中心部にあるユネスコの世界遺産のキーウ・ペチェルシク大修道院でデータを記録する作業が行われました。

修道院は11世紀に建設され、美しい建築で知られていて、何世紀もの間、キリスト教の主要な巡礼地の一つになっています。

作業ではレーザースキャナーを使って修道院の形状や大きさを正確に記録したり、内蔵されたカメラで内部の絵画などを撮影したりしていました。

修道院での作業は5日ほどかかり、立体的なモデルが、完成するまでにはおよそ1か月ほどかかるということです。

「スケイロン」の創業者のアンドリー・フルブニャクさんによると、軍事侵攻が始まってからこれまでに、ウクライナ各地にある60以上の文化施設で作業をしてきたということです。

フルブニャクさんは「私たちの文化は、私たちの物語で、将来の世代に伝えたいものです。もし文化が破壊されたら、私たちはアイデンティティーを失いかねません。だからこそ、文化遺産を守り、保存しようとしているのです。データが使われることがないよう願っています」と話していました。

「危機遺産」とは

ユネスコは、存続が危ぶまれる世界遺産を「危機遺産」に登録し、保全活動の支援を行っています。

危機遺産は世界遺産のうち「重大かつ明確な危機にさらされているものを含むことができる」としていて、具体的には、材料や装飾が大きく劣化する危機、保全のための政策の欠如、武力紛争の勃発やそのおそれ、地震や火山の噴火といった災害の脅威などをあげています。

登録されると、基金などから財政的な支援を受けることができます。

また毎年、委員会が保全状況についての評価を行い、危機的な状況を脱したとみなされた場合は登録を解除されたり、逆に状態が悪化し、遺産としての価値を失ったと判断された場合は、世界遺産のリストから削除されたりする可能性があります。

イタリアのベネチアは、2021年にも、観光客の増加が環境などに影響を与えるとして「危機遺産」への登録が勧告され、このときは見送られましたが、ことし7月、ユネスコは、再び「危機遺産」への登録の勧告を出しました。

ベネチア市は今月5日、増えすぎた観光客の数を抑えるため、日帰りの観光客を対象に、1日に5ユーロの入場料を試験的に徴収する計画を発表するなど、改善に向けた対策を打ち出していて、各国の理解を得て、危機遺産への登録を避けたい考えです。

一方、軍事侵攻が続くウクライナでは南部の港湾都市、オデーサの「歴史地区」がことし1月に世界遺産に登録された際、合わせて危機遺産にも登録され、今月、サウジアラビアで開かれている世界遺産委員会で、首都キーウと西部リビウにある世界遺産を新たに危機遺産に登録するか審議を行う予定です。

ユネスコの関係者によりますと、ウクライナは、各地が日常的にロシア軍のミサイル攻撃などの脅威にさらされているため、ロシアに攻撃対象とすることをやめさせ、世界遺産とともに、その周辺の住民の命を守るという観点から、危機遺産に登録されることを求めているということです。