アメリカで培養肉の販売承認 どう作られている?普及するの?

アメリカで培養肉の販売承認 どう作られている?普及するの?
こんがりとした焼き目のついたグリルチキン。食べてみると、食感も風味も鶏肉そのものですが、実は細胞を培養して作られたお肉。アメリカでは、こうした「培養肉」の販売が6月、当局によって承認され、現地で大きな話題となっています。食料不足の解決にもつながるとされる「培養肉」はどう作られるのか。普及する?課題は?その最前線に迫りました。

(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

ついに!培養肉の販売スタート

「培養肉の販売がアメリカで初めて承認された」このニュースは、ことし6月、全米を駆け巡りました。

アメリカではまだまだ開発段階だと思われていた培養肉。アメリカ農務省の承認を得て、レストランやスーパーなどで販売が可能になったのです。

許可を得たのは、いずれもカリフォルニア州に本社を置く2社の企業。

培養肉は、果たしてどのように作られているのか。

交渉を重ね、「グッドミート」という企業の開発現場の取材にこぎ着けました。

開発元は有名フードテック

この企業の親会社は、食べ物とテクノロジーを掛け合わせたフードテックのスタートアップ企業で、もともと植物由来の“液卵”の販売で知られています。

取材で本社を訪れた日も、社員たちはさまざまな成分で作られたスクランブルエッグを黙々と食べては、味や食感についてコメントをメモしていました。

この“液卵”以外に、会社では2016年以降、培養肉の開発を着々と進め、シンガポールでの販売に次いで、今回、アメリカでの承認にこぎつけました。
まず案内されたのは、本社2階のガラス張りの実験室のような部屋。

ここは、ニワトリなどの動物から採取した細胞を保管している場所だといいます。

私が訪れた時には、社員たちが、顕微鏡をのぞき、元気に育つ見込みのある細胞を見極める作業を行っていました。

“収穫”まで1か月

培養肉は、大豆など植物由来の代替肉とは全く異なり、細胞を増やして作られます。

その工程を開発部門の責任者に説明してもらいました。
まず、細胞をニワトリの肌や卵などから採取。

1~2ミリリットルの組織から、数個の細胞を採ることができます。

採取した細胞は、セルバンクと呼ばれる保管庫に冷凍して保存します。
そして、培養肉を作る際に、解凍され、プロテインやミネラル、脂肪、糖分などが含まれた培養液の中に入れます。

ニワトリが食べる餌に含まれるのと同じ成分を、細胞にも与えるのだといいます。

さらに、ここで大事なのが細胞を増やすための環境です。

細胞がニワトリの体内で実際に育つのと同じ環境を作り出すため、一定の温度で温めます。

すると、細胞がどんどん増殖。

成長過程をとらえたという細胞の写真には、増えた細胞がぎっしり密集していました。
細胞が成長していくと、小さなシャーレから最大3500リットルという大きなタンクに徐々に移動させていきます。

十分に培養が完了すると、培養液と増殖した細胞を分離する作業を実施。

液体を取り除くと、ミンチ状の個体が残ります。

この培養肉の“収穫”まで約1か月かかります。

これを、胸肉にするのか、それとも、もも肉にするのか、肉の種類を決めて特殊な機械を使って成形したら、できあがりです。
グッドミート 細胞研究開発部 ビトー・エスピリト・サント総括部長
「ニワトリの身体の中で実際に起きていることをまねするということが重要です。どんな栄養素が必要か、どんな温度で細胞が成長しやすいかといったことを調べて最適な環境で開発を行います」

実食!風味や食感は?

この会社には、開発商品の調理方法などを研究する専門のシェフが勤務しています。

今回、培養肉のチキンを試食することができました。

作ってもらったのは、おいしそうな焼き色がついたグリルチキンに、マヨネーズなどの調味料であえたチキンサラダなど。

食べてみると、風味も食感もチキンそのもの。

「これは培養肉です」とあらかじめ言われていなければ、いつも食べている鶏肉と区別がつかないほどです。

冷凍保存すれば9か月ほどは、味などを損なわずに食べられるということですが、通常のチキンと同じように冷蔵保存だと3~4日で悪くなってしまうと言います。

環境や動物愛護の観点からメリットが

この培養肉のメリットは何か。開発企業のCEOに聞くと、まず最初に挙げたのが、動物愛護の観点です。

細胞から作れば、家畜を一切殺すことなく、肉を生産できます。

さらに重視したのが、環境への配慮。

家畜を育てるために使われる水や餌などの資源をセーブできるほか、家畜から出る二酸化炭素やメタンガスなどの温室効果ガスも削減できるとしています。

気になる値段はというと、今は一部のレストランに、1ポンド(約450グラム)当たり約10ドルで卸しているといいますが、製造コストはさらにかかっているため、現在は会社が大部分のコストを負担。

販売が承認されたことで、投資が集まり、生産設備を拡大できれば量産化できるため、将来的にはコストも抑えられると考えています。

まずは1人でも多くの消費者に食べてもらい、知ってもらうことが重要だと考えていて、できるだけ販売価格を低くする戦略です。

今後はレストランでの提供だけでなく、スーパーなどの店頭でも販売していきたいとしています。
グッドミート ジョシュ・テトリック共同創業者兼CEO
「世界最大の経済大国であるアメリカで販売を承認されたことは、大きなインパクトがあります。将来的には、飽和脂肪やコレステロールがはるかに少なく、より多くの栄養素を含む鶏肉や牛肉、豚肉を作っていきたいです」

コストなどに課題の指摘も

メリットがある一方、専門家の中には課題を指摘する声もあります。

首都・ワシントンDCに拠点を置くNPO法人「食品安全センター」のジェイディー・ハンソン政策担当部長は主に4つの課題を指摘しています。
1. 細胞採取に痛み
細胞を採取する際に痛みが生じ、動物愛護の観点から必ずしも優れていると言い難い

2. 安全性の確認
一部の企業は急速に増殖する細胞を用いていて、人体の影響など安全性の確認をすべき

3. 環境面への留意
培養肉の生産にかかる電力も太陽光などの再生可能エネルギーにする必要がある

4. コストがかかる
まだ製造には莫大なコストがかかっており、一般市民の手に届きにくい

私たちの生活を変える技術 情報公開も必要に

食べ物の話題は国を超えて、世界共通の関心事ですが、特にこの培養肉は、地球が直面する深刻な環境問題や私たちの健康にも深く関わる大切な技術だと感じました。

培養肉の大量生産が可能になれば、貧困地域にも必要な食料が行き渡ることになる可能性があり、地球に優しいエネルギーで生産ができれば、温暖化対策につながるかもしれません。

イギリスの調査会社によりますと、培養肉の市場規模は10年後の2033年までに21億ドル(約3000億円)、20年後の2043年までに137億ドル(約2兆円)に達すると予想されています。
取材した開発企業のテトリックCEOの「テクノロジーは人の役に立つために存在している」という言葉には力がありました。

ただ、新しい技術であるゆえに、消費者が安心して受け入れることができるよう、安全性の確保や情報公開の取り組みも必要です。

この技術が私たちの生活を、地球の環境をどのように変えることができるのか、継続して注目したいと思います。
ロサンゼルス支局記者
山田 奈々
2009年入局
長崎局 経済部 国際部などを経て現所属
テックと環境に関心
ロサンゼルスで最新トレンドを取材