デジタル化が進んで異業種に転職?進む“働き手の移動”最前線

「事務の仕事は、なくなるかもしれない」
就職や転職の現場で、最近よく聞かれる言葉です。
チャットGPTが大きな注目を集め、DXやGXという言葉があふれる今の時代。デジタル化の影響をもっとも大きく受けるとされる事務職の現場が、いま大きく変わろうとしています。
その最前線を歩き、仕事選びのこれからを考えました。
(社会部記者 宮崎良太)
就職や転職の現場で、最近よく聞かれる言葉です。
チャットGPTが大きな注目を集め、DXやGXという言葉があふれる今の時代。デジタル化の影響をもっとも大きく受けるとされる事務職の現場が、いま大きく変わろうとしています。
その最前線を歩き、仕事選びのこれからを考えました。
(社会部記者 宮崎良太)
デジタル化で事務量は半減

おしゃれなソファがいくつも配置された広い空間。くつろいだ雰囲気の中で、さまざまな世代の男女が話しています。
実はここ、銀行の窓口です。
訪ねたのは愛媛県松山市に本店を置く伊予銀行。3年前、新たにオープンした店舗の窓口を大きく見直しました。
実はここ、銀行の窓口です。
訪ねたのは愛媛県松山市に本店を置く伊予銀行。3年前、新たにオープンした店舗の窓口を大きく見直しました。

それを可能にしたがこのタブレットの導入です。
これまでは口座開設では、窓口で職員が一人ひとりに接客して伝票を書いてもらいます。それを職員がパソコンに入力、誤字脱字もチェックして照会するなど大きな手間がかかっていました。
しかし、このタブレットがあれば簡単です。身分証を端末にかざせば名前や生年月日などの基本情報を読み込み、自動でデータ化。口座開設にかかる時間は、これまでの50分から10分と劇的に短くなりました。さらに、データはデジタル上で共有、WEB上での取り引きも増え、銀行全体の事務量はこの5年で半減しました。
これまでは口座開設では、窓口で職員が一人ひとりに接客して伝票を書いてもらいます。それを職員がパソコンに入力、誤字脱字もチェックして照会するなど大きな手間がかかっていました。
しかし、このタブレットがあれば簡単です。身分証を端末にかざせば名前や生年月日などの基本情報を読み込み、自動でデータ化。口座開設にかかる時間は、これまでの50分から10分と劇的に短くなりました。さらに、データはデジタル上で共有、WEB上での取り引きも増え、銀行全体の事務量はこの5年で半減しました。
窓口の職員がいなくなる?
それに伴い迫られたのが、事務職員の要員の見直しです。

以前はこの銀行でも、私たちになじみ深い光景がありました。カウンターにずらりと窓口が並び、多くの職員が顧客の対応にあたっているあの光景です。
ところが、デジタル化の進展で事務量が大幅に減り、人員態勢の見直しが必要になったのです。
そこでこの銀行が踏み切ったのが「働き手の移動」です。
支店の窓口にいた事務職員を、別の部署に異動させようというのです。
ところが、デジタル化の進展で事務量が大幅に減り、人員態勢の見直しが必要になったのです。
そこでこの銀行が踏み切ったのが「働き手の移動」です。
支店の窓口にいた事務職員を、別の部署に異動させようというのです。
私がデジタル人材に?

「異動後は『もう私は銀行員ではないの?』『転職した?』みたいな感じでしたね」
そう語るのは、職員の田村あかねさん(32)です。入社以来、支店の窓口業務を4年あまり担当してきました。
顧客と接する仕事にやりがいを感じ、窓口職員としてキャリアを積んでいくと信じていた田村さん。そんな中、突然、本社の総合企画部への異動を命じられたのです。
そう語るのは、職員の田村あかねさん(32)です。入社以来、支店の窓口業務を4年あまり担当してきました。
顧客と接する仕事にやりがいを感じ、窓口職員としてキャリアを積んでいくと信じていた田村さん。そんな中、突然、本社の総合企画部への異動を命じられたのです。

いま田村さんは、総合企画部のデジタル人材として、ITの知識を用いて、銀行業務の効率化を進める業務にあたっています。
それを可能にしたのが、社内の「学び直し」の仕組みです。
銀行は、異動となった事務職員に、研修会や外部のコンサルタントの指導を直接受けられるしくみを用意しました。
それを可能にしたのが、社内の「学び直し」の仕組みです。
銀行は、異動となった事務職員に、研修会や外部のコンサルタントの指導を直接受けられるしくみを用意しました。

田村さんはそれを活用して、プログラムを組む技術を半年以上かけて習得。一歩、一歩、手探りでデジタル人材になるための「学び直し」を行った田村さん。書棚に並ぶデジタル関連の書籍に、その努力がかいま見えました。
田村あかねさん
「自分が全く知識のないことをやらなければならないことが、非常につらく思う時期もありましたが、世界が広がるというか、視野が広がるので、自分の能力アップにはすごいいい経験だなと思います。学び直しは自分の可能性を広げる大事なものと思いますし、自分で考えてキャリアアップをしていくというふうに考えるようになりました」
「自分が全く知識のないことをやらなければならないことが、非常につらく思う時期もありましたが、世界が広がるというか、視野が広がるので、自分の能力アップにはすごいいい経験だなと思います。学び直しは自分の可能性を広げる大事なものと思いますし、自分で考えてキャリアアップをしていくというふうに考えるようになりました」
雇用を守り、新たな可能性も
伊予銀行では、こうした学び直しを進めることで、雇用を守りながら、およそ1700人いた事務職員を1300人まで大幅に減らしました。
さらに事務職員の「学び直し」は、銀行業務の新たな可能性を広げていると考えています。
さらに事務職員の「学び直し」は、銀行業務の新たな可能性を広げていると考えています。

本部では、田村さんのような新たな人材がデジタル化を進めて、効率が大幅に向上。
窓口では、顧客の生活状況を丁寧に聞き取り、新たな商品やサービスの提案に時間をさけるようになっているといいます。
窓口では、顧客の生活状況を丁寧に聞き取り、新たな商品やサービスの提案に時間をさけるようになっているといいます。

伊予銀行総合企画部 石川秀典次長
「我々がこれまでと同じままでいるとお客様に選択されない銀行になってしまう。時代に合った形でお客様に最適なサービスを提供できる体制に、我々自身も変わっていく必要があります。これからも事務量に見合った形で配置転換を行い、お客様の課題解決になるよう取り組んでいきたい」
「我々がこれまでと同じままでいるとお客様に選択されない銀行になってしまう。時代に合った形でお客様に最適なサービスを提供できる体制に、我々自身も変わっていく必要があります。これからも事務量に見合った形で配置転換を行い、お客様の課題解決になるよう取り組んでいきたい」
“人余り”460万人の一方で人手不足が深刻化している業種も
いま日本社会は、急速なデジタル化の進展に伴い、“人余り”といっていい状況が生まれています。
下の図は、業種や職種ごとに分析した民間のシンクタンクの試算です。
2030年にはAI・デジタル化などの進展で、あわせて460万人の働き手の「余剰」が生まれるとされています。
そのもっとも多いのが事務職や販売職などの職種です。
下の図は、業種や職種ごとに分析した民間のシンクタンクの試算です。
2030年にはAI・デジタル化などの進展で、あわせて460万人の働き手の「余剰」が生まれるとされています。
そのもっとも多いのが事務職や販売職などの職種です。

その一方で、さまざまな業界で深刻化しているのが“人手不足”です。
特に深刻なのが介護や運送、清掃などの業界。
いまも人手不足に陥り、現場からの悲痛な声があがっている中で、2030年には440万人の人員が足りなくなると予測されているのです。
特に深刻なのが介護や運送、清掃などの業界。
いまも人手不足に陥り、現場からの悲痛な声があがっている中で、2030年には440万人の人員が足りなくなると予測されているのです。
事務職員が介護ヘルパーに?
“人余り”が生まれているその一方で、“人手不足”が深刻化している日本。
この「ミスマッチ」を解決する手立てはないのか。
この「ミスマッチ」を解決する手立てはないのか。

その手がかりを探しに訪ねたのが、東京・渋谷の駅前にある真新しいビルの高層階。広いフロアにはおしゃれな調度品が並び、若い社員たちが自由な雰囲気で働いています。
一見、最先端のIT企業のようにみえるこの会社。実は介護業界への転職支援を専門に行う人材紹介会社です。異業種から、人手不足が深刻化する介護業界への人材の移動が今後ますます増えるとみて参入しました。
一見、最先端のIT企業のようにみえるこの会社。実は介護業界への転職支援を専門に行う人材紹介会社です。異業種から、人手不足が深刻化する介護業界への人材の移動が今後ますます増えるとみて参入しました。

この会社は、去年、新たなサービスを始めました。介護経験のない人が介護の知識や技術を学ぶことができる研修です。
事前に知識や技術を身につけることで介護業界への転職のハードルを下げます。この会社を通して転職すれば、およそ4万円の参加費も会社が負担します。
研修では、飲食店や工場勤務の人などさまざまな経歴をもつ人たちが、お年寄りの介助や介護ベッドのシーツ交換のやり方などを学んでいました。
事前に知識や技術を身につけることで介護業界への転職のハードルを下げます。この会社を通して転職すれば、およそ4万円の参加費も会社が負担します。
研修では、飲食店や工場勤務の人などさまざまな経歴をもつ人たちが、お年寄りの介助や介護ベッドのシーツ交換のやり方などを学んでいました。

さらに会社では、転職希望者と面談を行って、就職の面接対策や待遇交渉などを支援しています。
取材に訪れたとき面談を受けていた40代の男性。話を聞くと、以前は事務職でした。
取材に訪れたとき面談を受けていた40代の男性。話を聞くと、以前は事務職でした。
元事務職で介護業界に転職希望の男性
「事務職が今までどおりの需要があるのかどうかという不安がありました。AI化とかチャットGPTなりに置き換えられていくのではないかと。しかし、介護の仕事というのがこの先たぶんなくならない仕事だと思って選びました。一から仕事を覚えないといけないので、そこは大変なところですが、それ以上のやりがいがあると思うので、介護現場の職員としてのキャリアを積んでいきたいです」
「事務職が今までどおりの需要があるのかどうかという不安がありました。AI化とかチャットGPTなりに置き換えられていくのではないかと。しかし、介護の仕事というのがこの先たぶんなくならない仕事だと思って選びました。一から仕事を覚えないといけないので、そこは大変なところですが、それ以上のやりがいがあると思うので、介護現場の職員としてのキャリアを積んでいきたいです」

介護人材紹介会社 溝口幸治郎取締役
「高齢化率が上がるに伴って介護分野は重要なインフラとなり、引き続きニーズは高まっていくと考えています。人手不足の介護現場への就業機会を提供するだけでは、現状と変わらないので、働きながらキャリアを形成してもらい、長期的に仕事してもらえる環境をサポートしていくことが重要で、そこに我々の存在価値が生まれてくると思っています」
「高齢化率が上がるに伴って介護分野は重要なインフラとなり、引き続きニーズは高まっていくと考えています。人手不足の介護現場への就業機会を提供するだけでは、現状と変わらないので、働きながらキャリアを形成してもらい、長期的に仕事してもらえる環境をサポートしていくことが重要で、そこに我々の存在価値が生まれてくると思っています」
業種を超えて始まった「働き手の移動」
「事務職員が介護ヘルパーになる」
意外に感じる方も多いかもしれませんが、実はすでにこうした「働き手の移動」は、会社だけでなく業種を飛び越えて起きています。
意外に感じる方も多いかもしれませんが、実はすでにこうした「働き手の移動」は、会社だけでなく業種を飛び越えて起きています。

このグラフは、転職の前後で「業種」や「職種」がどう変わったかを調べたデータです。
業種も職種も異なる仕事に転職した人の割合は年々増加していて、いまや転職した人全体の4割にのぼっています。
実は会社も業種も、まったく異なる業種に転職することが当たり前の状況になりつつあるのです。
総務省の統計では、そもそも転職希望者は全体で968万人とこの4年間で130万人も増加していて、今後こうした動きが続くとみられています。
業種も職種も異なる仕事に転職した人の割合は年々増加していて、いまや転職した人全体の4割にのぼっています。
実は会社も業種も、まったく異なる業種に転職することが当たり前の状況になりつつあるのです。
総務省の統計では、そもそも転職希望者は全体で968万人とこの4年間で130万人も増加していて、今後こうした動きが続くとみられています。

「学び直しの機会」と「再就職の支援」を
国もこの動きを推し進めています。
政府は、ことし6月に発表した「骨太の方針」で「人への投資」を5年間で1兆円投じるとしています。
具体的な内容としてあげているのが「リスキリングによる能力向上支援」と「成長分野への労働移動の円滑化」つまり、学び直しを進めることで、成長分野への転職を促そうとしているのです。専門家は、今後、こうした動きはますます加速すると指摘しています。
政府は、ことし6月に発表した「骨太の方針」で「人への投資」を5年間で1兆円投じるとしています。
具体的な内容としてあげているのが「リスキリングによる能力向上支援」と「成長分野への労働移動の円滑化」つまり、学び直しを進めることで、成長分野への転職を促そうとしているのです。専門家は、今後、こうした動きはますます加速すると指摘しています。

三菱総研 山藤昌志主席研究員
「現状の『働き手のミスマッチ』に手をこまねいていれば、日本経済は停滞から脱却できません。成長分野への働き手の移動は避けられず、差し迫った課題といっていい。国は働き手が失業しても生活を維持できるセーフティネットを整備しながら、企業の内と外で学び直しの機会や再就職の支援を強化していくことが必要です」
「現状の『働き手のミスマッチ』に手をこまねいていれば、日本経済は停滞から脱却できません。成長分野への働き手の移動は避けられず、差し迫った課題といっていい。国は働き手が失業しても生活を維持できるセーフティネットを整備しながら、企業の内と外で学び直しの機会や再就職の支援を強化していくことが必要です」
取材を通して見えてきたのは、深刻化する人手不足の一方で、急激に進むデジタル化を背景に、私たちが働く環境がダイナミックに変化している現実でした。
私たちは、逃れられないこの現実にこれからどう向き合っていけばいいのか。そして、国や企業が働く人たちにどこまで責任持った対応を行うのか、注視していきたいと思います。
「働き手クライシス」では、皆さんの身近で起きている「働き手不足」の情報をもとに取材を続けています。新しい取り組みやご意見などを、こちらからお寄せください。
私たちは、逃れられないこの現実にこれからどう向き合っていけばいいのか。そして、国や企業が働く人たちにどこまで責任持った対応を行うのか、注視していきたいと思います。
「働き手クライシス」では、皆さんの身近で起きている「働き手不足」の情報をもとに取材を続けています。新しい取り組みやご意見などを、こちらからお寄せください。
“働き手クライシス”~あなたの声を聞かせてください~


社会部記者
宮崎良太
2012年入局 山形局を経て、検察取材、厚生労働省を担当
現在は労働問題を幅広く取材
宮崎良太
2012年入局 山形局を経て、検察取材、厚生労働省を担当
現在は労働問題を幅広く取材