宇都宮市がLRTでまちづくり?75年ぶりの路面電車 開業のわけは

宇都宮市がLRTでまちづくり?75年ぶりの路面電車 開業のわけは
栃木県の宇都宮市と隣の芳賀町を結ぶLRT=次世代型路面電車の運行が始まりました。

国内で新たな路面電車が開業するのは75年ぶり。すべてのレールを新設したLRTは、全国で初めてです。

導入の背景には、宇都宮市だけでなく全国の地方都市に共通する課題がありました。

(宇都宮放送局 記者 梶原明奈・宝満智之)

“75年ぶりの新路線”とは

新たにLRTの運行が始まったのは「芳賀宇都宮ライトレール」です。JR宇都宮駅の東口を起点に、大学のキャンパスやサッカーJリーグの試合も行われるスタジアムのそばなどをとおり、宇都宮市の東隣、芳賀町(はが)の工業団地まで、14.6キロの区間を48分で結ぶ路線です。

“順調な滑り出し”

LRTが開業して初めての平日となった8月28日。

JRの駅に隣接する「宇都宮駅東口」の停留場には、朝からビジネスマンや高校生などが列を作り、真新しい車両に次々と乗り込んでいきました。

料金は初乗りが150円で、最大400円

最初の1週間の利用者は、平日で1日1万2000人から1万3000人ほどとなり、運営会社は「おおむね事前の予測どおりで、順調な滑り出し」と見ています。
乗車したビジネスマン
「時間どおりに来るので安心しました。揺れもなく、乗り心地がよかったです」
乗車した高校生
「これまではバスで通学していましたが、学校に早く着くのでLRTを利用したいです」
LRTは、英語でLight Rail Transit」の略。

従来の路面電車よりも振動や騒音がおさえられているほか、床が低く設計されていて高齢者や車いすの人でも利用しやすいことから「次世代型路面電車」と言われています。
その強みは、一度に大勢の乗客を輸送でき、渋滞の影響を受けないことです。

欧米では多くの都市で導入されていて、国内では富山市などで運行されています。

LRTが地方都市の課題の解決策に?

どうして今、75年ぶりの路面電車が開業したのでしょうか。

その背景には、多くの地方都市が抱えている悩みがありました。
北関東にある宇都宮市の課題は、人口減少と少子高齢化です。

車の普及とともに市街地が郊外に拡散していき、それらをつなぐバス路線の多くは、赤字に苦しんでいます。
こうした状況を打開する「切り札」として、構想から30年をかけて導入されたのがLRTでした。

新たな公共交通機関とともに“コンパクトなまちづくり”を目指すことにしたのです。
宇都宮市が思い描く都市像は“ネットワーク型コンパクトシティー”と呼ばれています。

ここでは、中心市街地や大規模な商業施設、高校や大学、工業団地など、人が集まりやすい「拠点」を設けてLRTで結びます。

あわせて、従来のバス路線も大幅に見直します。定時制にすぐれ、大勢を輸送できるLRTが交通の「動脈」を担うとするのなら、バス路線は「毛細血管」として、「拠点」周辺の細かいネットワークを担当します。

こうしてLRTの沿線に都市の機能を集約することで、車だけに頼らず、誰もが移動しやすい持続可能なまちにしようとするねらいです。
宇都宮市 佐藤栄一市長
「人口減少に対抗できる、次の世代のためのまちづくりが“ネットワーク型コンパクトシティー”で、LRTはそのために必要な装置です。将来、宇都宮市の人口が少なくなっても、次の世代や、そのまた次の世代が、しっかりと支えていくことができる環境を今のうちに作り出すという覚悟を持って、事業を進めてきました」
ただ、地元のバス会社にとって、LRTの開業は、乗客を奪い合うことにもつながりかねません。

しかし、宇都宮市内でもっとも多くの路線バスを運行する会社の社長は、長期的な視野に立って“コンパクトなまちづくり”の方針に賛同しています。
関東自動車社長 吉田元さん
「短期的に見れば収入が減るのは明らかですが、われわれはこの地域からどこにも行くことはできないので、この地域が発展することをいちばんに考えています。LRT沿線のエリアで人口密度が高くなり、人が多いところにバスを走らせることができるようになれば、それはバス路線の安定化につながります」

開業前からすでにLRTの“効果”が

LRTの開業に先駆けて、沿線地域ではマンションや住宅地などの開発が進み、“コンパクトなまちづくり”の兆しが見え始めています。

宇都宮市郊外の「ゆいの杜(もり)」地区には、隣接する工業団地に勤務する人や、その家族などが次々と移り住み、それにあわせてスーパーやホームセンター、クリニックなどが進出してきました。
地区の人口は増え続け、おととしには市内で26年ぶりとなる新しい小学校も開校しました。
8年前、出産を機に引っ越してきた行田千里さんも、2人の子どもを小学校に通わせています。

LRTの開業によって、休日に出かける場所や、子どもの将来の選択肢が広がることに期待していると言います。
「ゆいの杜」地区に住む 行田千里さん
「この地区は短期間でどんどん便利になっていくと感じていたんですが、今後はさらに住みやすくなると思っています。これからはLRTで宇都宮駅まで行って新幹線にも乗りやすくなりますし、子どもたちが大きくなったときの進学先も、JRの駅前だったり、都心方面だったり、さまざまな学校に行けるようになると思います」

課題は「安全対策」そして「採算性」

一方で、課題もあります。

路面電車が初めて走るまちで、何よりも求められているのが安全対策です。
開業前、沿線の住民が交通ルールを確認するために開いた会議では、子どもやお年寄りが事故に遭わないか、心配する声が相次ぎました。
「この間、LRTのレールの溝に、子どもの靴がはまって動けなくなっていました」
「線路内で倒れた人がいたとき、運転手が目視だけで確認するのは危ない気がします」
一世帯あたりの車の保有台数が全国で5番目に多い栃木県で「住民が本当にLRTを利用するのか」という声も少なくありません。

宇都宮市は開業初年度から黒字を見込んでいますが「赤字がかさんで、むだな投資になる」という批判も根強くあります。
都市の公共交通に詳しい専門家は、短期的な収支や業績だけで評価するのではなく、同じ課題を抱える全国の都市の先行事例として、長い目で見守っていく必要があると指摘しています。
関西大学 宇都宮浄人教授
「宇都宮市と同じように、少子高齢化やスプロール化(市街地が無秩序に郊外に拡大)などの課題を抱えている全国の地方都市にとって、『公共交通を軸にして、まちの姿を変えることができる』と気付く機会になるのではないでしょうか。今後は1年、2年の短いスパンではなく、長期的な目で見て、『住み続けたい』『訪れたい』と思えるようなまちづくりのツールとして、LRTをしっかり育てていく必要があると思います」

宇都宮の中心市街地を通る延伸計画も

宇都宮市のLRTによる取り組みは「開業して終わり」ではなく、むしろ「ようやくスタートラインに立った」と言えます。

市はさらに、LRTの路線を、中心市街地を通って5キロほど伸ばす計画を立てていて、3年後には建設工事を始める方針です。
人口減少、少子高齢化、中心市街地の空洞化、車に過度に依存した社会、といった地方都市の課題を打開できるかもしれない先行事例として、LRTを軸にした“コンパクトなまちづくり”の行方をしっかり見守っていきたいと思います。
宇都宮放送局記者
梶原明奈
2019年入局
栃木県政を担当 LRT初乗車は5日目 休日に映画を見に行ってきました
宇都宮放送局記者
宝満智之
2020年入局
宇都宮市政と警察を担当 LRTから眺めた鬼怒川の景色はとてもきれいでした