財政膨張? 私たちの税金めぐる気になる動き

財政膨張? 私たちの税金めぐる気になる動き
「事項要求」そして「補正回し」。私たちの税金が使われる国の予算編成の現場で、最近、耳にすることばです。この2つ、日本の財政が膨張を続ける要因になっているという指摘も出ています。ことしも8月末に概算要求が締め切られ、来年度の予算編成作業が始まりました。先進国で最悪の財政状況とされる日本の予算編成で、今、何が起きているのでしょうか。
(経済部財務省担当記者 横山太一)

相次ぐ“事項要求”

夏は霞が関の官僚にとって、目指す政策を実現するための「スタート」の時期です。

翌年度の予算編成に向けた概算要求が8月末に締め切られるからです。
各省庁は財務省に政策の内容と必要額をセットで提出。

年末にかけて政策の必要性や予算額について、財務省と激しい折衝が繰り広げられます。

そこで、各省庁が提出した資料を読み込んでみると「“事項要求”として、予算編成過程で検討する」という記述が散見されました。
中には必要な予算額だけではなく、政策の細かな内容が示されていない項目もあります。
▽物価高騰のなかで生産性の向上に取り組む中小企業などを支援する事業(経済産業省)
▽食料安全保障の強化に向けた費用(農林水産省)
▽自衛隊が有事に備えて空港や港湾を活用できるよう設備を改修する費用(国土交通省)
「事項要求」とは、今の時点では経費を見積もるのが難しい場合、具体的な金額を示さずに要求する手法です。

最新の情勢を反映させやすく、政治的な議論が必要な場合にも対応しやすい面があります。

ただ、政策の内容と予算を明示することが原則の概算要求で、例外的な位置づけです。

それが、今回は「少子化対策」や「物価高騰」など、幅広い分野で認められました。

8月末に締め切られた概算要求の総額は一般会計で114兆円を超え過去最大でした。

しかし、こうした事項要求が多数あるため、実態はさらに膨らむ可能性があるのです。

シーリングが形骸化!?

概算要求は、各省庁から要求を集める手続きですが、財政面で重要な機能があります。
参議院予算委員会の職員として30年以上勤務し、現在は白鴎大学法学部の藤井亮二教授は、その機能として「シーリング」を挙げています。

シーリング(ceiling)とは、英語で「天井」を意味することば。
まさに天井のように各省庁からの要求額に上限を設ける機能です。

概算要求を前に例年7月ごろ、政府は「概算要求基準」を設けます。

この基準では、前年度の予算額を基に、要求の上限額を定めます。

歳入が限られる中、要求段階から政策の優先順位を決めていくことが必要だからです。

藤井教授によると、この仕組みは高度経済成長期で各省庁からの要求額が急増していた昭和36年度の概算要求から始まりました。
基本的な骨格は、それから60年以上受け継がれているといいます。

その歴史の中では、予算の膨張を防ごうと厳しい上限を設けたこともありました。

昭和50年代には、各省庁の要求の伸び率をゼロにしたり、平成前半には「公共投資は10%削減」などと項目ごとに上限を設けたり。

「ゼロシーリング」や「マイナスシーリング」といったことばも使われました。

ところが今回は、少子化や物価高騰への対策で事項要求を認めたため、事項要求が多発。

その結果、概算要求でのシーリング機能が形骸化していると藤井教授は指摘します。
白鴎大学法学部 藤井亮二教授
「“少子化対策”とか、“物価高騰のための対策”という表現を使ってしまうと、ほとんどそれにかこつけて、何でも要求していくことができる。特に、ここ数年は、ほとんどシーリングが機能しなくなっているのではないか」

事項要求、その歴史は…

本来、例外のはずの事項要求は、いつから登場したのか。

藤井教授が過去の概算要求を調べたところ、今回使われているような「年末の予算編成過程で決定する」という文言は、今から30年以上前の平成元年度に初めて登場したことが分かりました。
当時は▽雇用保険における国の負担額や▽沖縄の米軍基地関連など、対象が限定されていたといいます。

しかし、平成20年代に入ると対象が大幅に拡大しました。

民主党政権では、マニフェストに掲げられた項目が予算編成過程での検討とされ、子ども手当の増額分などが事項要求になりました。

また、消費増税を控えた平成26年度予算の概算要求では「消費税率引き上げに伴う社会保障の経費」や「引き上げの影響を緩和する措置」が、また、平成29年度予算の概算要求には「一億総活躍の実現に向けた施策」が、それぞれ「予算編成過程で検討する」とされました。

また、去年は、防衛力を抜本的に強化するとして、防衛関連の予算について幅広く事項要求が認められました。

藤井教授は、事項要求について、立ち止まって考える時期ではないかと問題提起しています。
白鴎大学法学部 藤井亮二教授
「事項要求は、本当に予算の支出、予算の規模が決まらないものに限定するというのが基本ではないか」

広がる「補正回し」

事項要求がじわじわと広がる中、その後の予算査定にも影響が出てきているといいます。

藤井教授は、各省庁が3年前から国会に提出している資料を分析しました。
すると、事項要求の事業の一部が翌年度予算ではなく、その年の補正予算に前倒しする形で計上されている実態が見えてきたのです。

例えば、今年度・令和5年度予算に向けて提出された去年夏の概算要求。

この中の事項要求のうち少なくとも34事業が、去年12月に成立した昨年度の第2次補正予算に計上されていました。

補正予算は、事前の予測が難しく、緊急性が高い事業を中心に編成されるものです。

災害対策やコロナなどの感染症への対応などが典型例です。

ところが、藤井教授の分析では、34事業の中には緊急性を疑わせるような事業がいくつもあったといいます。
▽ロケット開発支援事業(文部科学省 188億円)

▽ETCの普及に向けて行う高速料金割引事業(国土交通省 78億円)

▽地方自治体の廃棄物処理施設の整備のための交付金(環境省 442億円)
補正予算を編成する場合、概算要求のような手続きを経ることは一般的ではありません。

このため、そもそも事業ごとの上限額が明確ではないという性質があります。

加えて、ここ数年は新型コロナ対策などの名目で予算額が膨らみがちです。

この第2次補正予算は一般会計の総額で28兆9000億円と異例の規模でした。
藤井教授は、補正予算が膨張する裏で、気がかりなことがあるといいます。

それは、官僚の間で使われている「補正回し」ということばです。
白鴎大学法学部 藤井亮二教授
「『補正回し』は、来年度予算に向けて要求はするものの、実際は秋にも補正予算が組まれるだろうことを念頭に、そこで計上する事業を意味することば。補正予算は本来は“緊急かつ必要”でなければならないが、実際には、事項要求された事業をあえて“緊急かつ必要”と解釈し、補正予算に組み込んでいることも多いのではないか」

徹底できるか 厳格査定

「事項要求」に「補正回し」。

査定する財務省はどう考えているのか。

鈴木財務大臣は概算要求を締め切ったあとの今月1日の記者会見で、事項要求といえども、査定に手を抜く考えはないことを強調しました。
鈴木財務相
「一定程度の事項要求が生じることはやむをえない。ただ、最終的な予算の姿は事項要求も含めて財務省による厳格な査定を経て決定する」
その一方で財務省幹部は「金額が明示されていない事業を他の事業と比較して優先順位を決めていくのは簡単ではない」と、本音を吐露します。
日本の財政は、国債の発行残高が1000兆円を超え、先進国でも最悪の水準と言われて久しい状況です。

政府は今年度の「骨太の方針」に、コロナ対策で膨らんだ歳出構造を平時に戻すと明記しました。

一方、足元では物価高騰などへの対処として、経済対策を策定し、補正予算を編成するという流れができつつあります。

この秋にも編成されるであろう補正予算で、各省庁の事項要求がどう扱われるのか?

財政健全化に逆行するようなことにはならないのか。

財務省担当記者として目をこらして取材にあたっていく必要があると感じています。
経済部記者
横山太一
2013年入局
富山局、高松局を経て現所属
財務省担当として去年は税制を取材