マンションの隣人死亡 その部屋の処分代 あなたは払えますか?

マンションの隣人死亡 その部屋の処分代 あなたは払えますか?
分譲マンションの1室。
入居者の男性が3年近く前に病院で亡くなって以来、そのままになっています。

しかし、滞納された管理費や処分費用など数百万円を、負担する人はいません。

「早い話が、最後は泣き寝入りですよ」(管理組合の理事長)

相次ぐ“遺品部屋”の負担に、住民たちが選んだ道は…。

滞納続く部屋 調べてみると

異変に気付いたのは、今から5年前。

千葉県内の築およそ50年の分譲マンションで管理組合の理事長を務める佐藤学さんが、財務状況を調べている時のことでした。
「いったいどうなっているのか…」

入居者が毎月納めるはずの管理費や修繕積立金の滞納が続いている部屋があり、その額が50万円以上にも上っていることに気付いたのです。

調べてみると、入居者は8年前に病院で死亡。相続は親族によって放棄されていました。

つまり、部屋はそのまま放置され、引き取り手がいない状態です。

なんとかしなくてはと、弁護士に相談して資産整理を依頼。

放置された室内の傷み具合や遺品の状況を確かめるため、2年前、佐藤さんはその弁護士と一緒に初めてその部屋に足を踏み入れました。

中の様子は

立ち入ってみると、室内には布団や冷蔵庫など大量の生活用品が残され、人が生活していた跡がそのまま残っていました。
一方で、台所付近は床が抜けるなど部屋の傷みも激しく、荒れ果てた状況でした。

「これは片づけるの大変だよ…」

室内の遺品にも「資産」と呼べるようなものはなく、むしろ処分に費用がかかります。

「こんなのおかしい」

さらにその後の調査で、亡くなった入居者が固定資産税も滞納していたことが判明。

「資産」ではなく「負債」が見つかる結果になりましたが、その負債を引き受ける相続人はいません。
このまま放置し続ければ部屋はさらに傷み、管理費の滞納も続くことになる。しかたなく、管理組合では、マンションの住人でお金を負担して部屋を元の状態に戻すことを決めました。マンション全体のためにはやむなし、と判断したのです。

そのうえで、亡くなった入居者が滞納していた固定資産税までも、ほかの住人たちで負担することになりました。

「踏んだり蹴ったりですよ。こんなのはおかしいじゃないですか」

佐藤さんはたまらず訴えましたが、弁護士の答えはこうでした。
「不満はよく分かります。本当にそのとおりです。しかし負担いただかなければ部屋は自治体に差し押さえられます。今の制度では、この部屋を住める状態に戻すには、皆様に未納の税金を負担いただくしかないのです」
結局、“遺品部屋”を元の状態に戻すためにかかった時間は3年ほど。数百万のお金を費やすことになりました。

こうした状況で支援してくれるような制度はないのか必死に探しましたが、見つかりませんでした。

「相続人」はどこに

「もうこりごりだ」と思いましたが、これで終わりではありませんでした。
別のもう1つの部屋でも、同じ事態が起きていることがわかったのです。
その部屋を所有していたのは、高齢の男性です。

3年近く前に病院で亡くなり(これもすぐには分からなかった)、管理費の滞納もやはり積み上がっていました。

入居者が亡くなったあと、マンションの部屋や遺品の所有権は「相続人」に移る、と法律で定められています。このため、部屋に入ることも中を片づけることも、相続人でなければ原則としてできません。

では、その相続人はどこにいるのか。
佐藤さんが再び弁護士に依頼して調べたところ、相続の対象となる人は、予想以上に多くの数に上っていることがわかりました。
把握できた範囲で、両親・兄弟のほか、兄弟の子のおい・めいなど10人以上。

調査を進めると、このうち半数はすでに亡くなっていて、残る親族には北海道など遠方で暮らす人も多くいました。

「相続する意思はない」

やりとりに応じた遺族は「相続する意思はなく、滞納された管理費も払わない」と回答。相続も放棄していました。一方、まだ意思表示をしていない遺族もいて、解決にはさらに時間と費用がかかる見通しです。

結局、このマンションでの2つの“遺品部屋”の処分費用、相続人調査などにかかった弁護士費用、滞納された管理費などを合わせると、損失は約900万円に上ると見込まれています。

その損失は、いま住んでいる住人たちが負うことになるのです。
マンション管理組合 佐藤学理事長
「一つこういう部屋が出ると、組合はもう早い話が“泣き寝入り”です。膨大な時間もかかる、管理費も取れない、解決費用ももう出てしまった。マンションを維持していく上で、大変な損失です。そして損失を被るのは、私たち住人なのです。なぜ他人の部屋の整理のために、私たちが多額の出費を強いられるのか。それを思うとやりきれないのです」
一方、部屋の相続を放棄した親族の代理人に私たちが取材したところ、以下のような回答がありました。
相続放棄したおいとめいの代理人
「つきあいがなく、コロナ禍で葬式もなかったため、部屋をどうするか話し合う機会もなかった。所有者には債務もあったため、相続を放棄するしかなかった」

修繕工事のために「苦渋の決断」

1年前に初めて取材に訪れて以来、理事長の佐藤さんは、自分の大切な住まいが置かれた厳しい現実を私たちにつぶさに見せ、話してくれました。

そしてことしの夏、マンションでは外壁などの修繕工事が進められていました。
このマンションの半世紀の歴史の中で、最も規模が大きいという今回の修繕工事にあたり、管理組合はある「苦渋の決断」をしなくてはなりませんでした。

マンションではこれまで、今回の“遺品部屋”による損失などを補てんするため、住民が積み立てたお金を取り崩してきました。

そのため修繕工事にあたっては多額の借金をせざるをえなくなったのです。
佐藤理事長
「借金の返済となれば利息もつくし、本当は無駄なことはやりたくないというのが正直な思いですよ。でもマンションの価値を保ち、住人の暮らしを守っていくためには借金をせざるを得なかったのです」

そして住民の負担増へ

そして、こうした多額の損失は、住民の負担の増加にもつながっていました。

借金の返済にあてるため、マンションでは月々の管理費を3500円値上げすることになったのです。
入居者の中には、日中はなるべく明かりをつけずに電気代を節約してきた女性や、夏場の暑さの中でエアコンの使用を控える年金暮らしの高齢者もいます。

取材した入居者の1人は「値上げはしかたない」と受け入れつつも「物価高も続く中で、正直、痛いです」と話していました。
そうした入居者たちの実情も分かった上でなお、値上げは必要だと決断した佐藤さん。

国には、所有者や相続人が不明の部屋が出た場合の住人の負担を減らす仕組みを整えてほしいと話します。
佐藤理事長
「大きな資産にならない、さらにはつきあいも薄い親戚の部屋を『相続したくない』という人の気持ちもよくわかります。しかし、残された部屋を管理組合が解決しようとした場合、ばく大な費用と時間がかかるのが今の日本の仕組みです。これが私たちの生活を圧迫しているという事実を、多くの方に知ってほしいです。法律の整備というか国の支援体制がないと、全国のマンション管理組合は大変だと私は思っています」

専門家「住民負担踏まえ制度改正も必要」

入居者が亡くなったあと、遺品が放置される“遺品部屋”について、国土交通省が2019年に行った調査では「公営住宅」では全国で約1800戸に上り、人口の多い東京・大阪などの大都市部はもちろん、地方でも多い地域があることがわかっています。

一方、今回紹介したような「分譲マンション」でどの程度起きているのかを示す正確なデータは、まだありません。

日本相続学会の副会長を務める弁護士の吉田修平さんは、こうした問題は各地で発生し、民間の分譲マンションでは問題の解決がより難しく深刻になるおそれがあると指摘。問題の背景には「相続」をめぐる日本社会の変化があると話します。
日本相続学会副会長 吉田修平弁護士
「『相続』と聞くとメリットに聞こえますが、実は『相続放棄』の件数は毎年増え続け、年間20万件を超えています。マンションは築年数・立地条件が悪いと、ほとんどお金にならない。さらに相続には、故人が残した借金・未払い金も含まれ、マイナスになることもあります。核家族化が進み、親族どうしもめったに顔を合わせない時代。『面倒事まで引き継ぎたくない』というのが多くの人の本音ではないでしょうか」
そのうえで吉田さんは、管理組合自身ができる対策を進めるとともに、国の制度の見直しも必要だと指摘しています。
吉田弁護士
「管理組合としては『所有者が亡くなった後の連絡先』や、『遺品の処分方法』などを事前に入居者との間で決めておくことが大事です。ただ、それだけでは限界もあります。こうした問題については、国も法律を見直すための部会を立ち上げて、放置された部屋の扱いについて検討中です。マンションの住民たちの過大な負担にならないような制度の改正も必要だと思います」
※こうした問題が身近に起きているという方や、当事者として対応にあたっている方などからの情報をお待ちしています。

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ネットワーク報道部記者
内山裕幾
2011年入局
社会部で国土交通省担当などを経て現所属。
マンションや道路の老朽化の課題について継続取材。
社会部記者
飯田耕太
2009年入局
千葉局・秋田局・ネットワーク報道部などを経て現所属。
おはよう日本ディレクター
丸岡裕幸
2005年入局
広島局、社会番組部、大型企画開発センターなどを経て現所属。
「日本はいつから、相続が“負担”になる世の中になったのか」