「AIで仕事失いました」あなたの働き方が変わる?

「AIで仕事失いました」あなたの働き方が変わる?
「すべてを変えてしまったんです。2週間で仕事を失いました」

ChatGPTの導入で仕事を失った男性のことばです。生成AIは質問を入力するだけで、ほぼ瞬時に、まるで人間のように答えてくれる利便性から、すでにさまざまなビジネスで活用が広がっていますが、その便利さゆえに仕事を失う人まで出てきています。

一方、今はチャンスと、この分野にのめり込む若手起業家たちも。脅威なのか、それとも新たなチャンスなのか。働き方が大きく変わり始めたアメリカの現場を見つめます。

(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

たった2週間で失業

AIで仕事を失った男性がいると聞き、向かったのはイリノイ州のシカゴ。幼い子どもと妻と3人で暮らす、イーエス・ファインさん(34)の自宅を訪れました。
家具などの商品に説明をつけるコピーライターとして働いてきたファインさん。10社ほどの企業と契約がありましたが、より高性能で高度な文章の作成が可能なChatGPT4.0が2023年3月に登場すると、いずれの会社もファインさんの仕事をAIに置き換えたいと言ってきたといいます。
コピーライターの仕事を失ったイーエス・ファインさん
「初めてChatGPT4.0を見たとき、本当に衝撃を受けました。ゲームチェンジャーになると思ったんです」
このままではまずいと思ったファインさんは契約を結んでいたある企業の担当者に、交渉を試みました。

「自分がChatGPTを活用してより速いスピードで、より多くの説明を書けるようにするというのはどうか?」と食い下がると、担当者は「それはよい考えだけれど、これまでの4分の1の報酬でやってくれ」と返してきたというのです。

4分の1の報酬では話にならないと、諦めたというファインさん。ChatGPT4.0の登場からわずか2週間で、すべての契約を失いました。

AIに取って代わられない仕事へ転職

失業したファインさんは生活を支えるため、職探しを始めました。

そして新たな仕事として選んだのは空調の整備士。9月にも資格取得のための講座に通うことにしています。

全く経験がない仕事ですが、すぐにAIには取って代わられない仕事として思いついたということです。
コピーライターの仕事を失ったイーエス・ファインさん
「事務系の仕事はみななくなるリスクにさらされているんです。私が失業したことで、考え過ぎているのではないかと思うかもしれませんが、皆さんが同じ立場になったら同じことを言えるでしょうか。私たちにできることは将来に備えておくことだけです」

約4000人がAI失業か

アメリカの再就職支援会社、チャレンジャー・グレイ・アンド・クリスマスがまとめている月ごとの企業による人員削減数ではことし5月以降、新たにAIによる失業の数が追加されました。
8月時点までの最新のデータでは、ことしに入り約4000人がAIの台頭を理由に失業しています。

カウンセラー解雇でトラブル続出

AIを導入し、働いていた人を解雇したところ、とんでもないトラブルに発展した業種もあります。

向かったのはニューヨーク。拒食症や過食症などの摂食障害に悩む人たちのカウンセリングを行うNPO「全米摂食障害協会(NEDA)」でカウンセラーとして働いていたアビー・ハーパーさんに話を聞きに行きました。
ハーパーさんによると、このNPO法人には年間およそ7万人から相談が寄せられます。その多くは、摂食障害を家族や友人に言えなかったり、打ち明けても理解してもらえなかったりした人たちです。
ある日突然、この団体が相談業務をすべてAIに置き換えると表明。ハーパーさんを含むカウンセラーやボランティアは全員解雇されたといいます。

このAIは、摂食障害の相談を受けるため特別にカスタマイズされて作られたものだとされていましたが、AIが問題発言をしているという情報がSNS上で拡散されるようになりました。
健康を害するレベルまで摂取カロリーを減らすようアドバイスするなどの問題が表面化すると、この団体は相談業務を中止。現在は、ホームページ上からAIチャットボットは削除され、電話はつながらない状態となっています。
カウンセラーの仕事を失ったアビー・ハーパーさん
「AIが不具合を起こすかもしれない、危害を与えるかもしれないというリスクを冒すのは無責任すぎます。摂食障害では共感することがとても大切です。過去の経験などから人間だからこそできるアドバイスがあります。AIは共感しているふりはできますが、本当の意味で経験から生まれる共感を示すことは不可能だと思います。何でもAIにすればよいというものではありません」

生成AIで新たなチャンスを

仕事を失う人たちがいる一方、アメリカでは生成AIの登場をビジネスチャンスととらえ、のめり込む人たちもいます。こうした人たちの姿を見ようとカリフォルニア州・サンフランシスコで行われたイベントに行ってきました。
このイベントは「AGIハウス」という建物で行われていました。集まっていたのは世界中からおよそ150人。アメリカだけでなくドイツやスウェーデン、カナダなどからAIビジネスを展開しよういという新進気鋭の若手起業家たちが結集していました。

AGIとは、Artificial General Intelligence、日本語で汎用人工知能のこと。人間の思考回路に近い、より高度なAIのことを指します。次に投資すべきは、AGIだと考える投資家が優秀な若者をこの場所に集め、AIを使った事業を支援しているのです。
参加者の男性
「AIが人の仕事を助ける未来像を描いている人はまだ少ない。でもここにはその未来を見据えた精鋭たちが集まり、アプリの開発をめざしているんです」

名門大学を中退して起業する人も

このAGIハウスで、名前のとおり暮らしている若者もいます。

大学進学のため中国からアメリカへやってきたデミ・グオさん(25)です。名門スタンフォード大学の大学院に入学しましたが、中退し、アニメ製作などに活用できる画像生成AIの会社を設立したばかりです。
画像生成AIスタートアップ Mellis デミ・グオCEO
「生成AIには大きな可能性があり、今最も多くの投資が集まる分野の1つです。動画生成AIの分野で一番の会社を目指していきます」

脅威かチャンスか 決めるのは私たち

AIと雇用や働き方をめぐっては多種多様な分野、職業の人たちが侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を繰り広げています。
アメリカでAIの取材を続けていると、時折、SF映画「ターミネーター」の世界が本当にすぐそこまで来ているのではないか、と感じることがあります。

1984年に公開された「ターミネーター」は未来で起きた人類と人工知能を備えたコンピューターシステムとの戦いを描いた映画です。
人類を率いた指導者の存在をないものにしようと、母親を抹殺しにアンドロイドを過去に送り込むストーリーで、今でいうAIの脅威が恐ろしく描かれています。

この映画のメガホンを取ったジェームズ・キャメロン監督は2023年7月にカナダのテレビ局とのインタビューで「AIの脅威について1984年に映画で警告したが誰も耳を貸さなかった」と語り、AIが兵器化され、核兵器の開発競争と同じ道をたどれば、人類最大の脅威になると指摘しています。
一方、情報学が専門のカリフォルニア大学ロサンゼルス校、サラ・ロバーツ助教に話を聞くと別の答えが返ってきました。
情報学が専門 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 サラ・ロバーツ助教
「仕事を失う人たちが増えているが、新たな仕事も生まれている。AIにとって代わられた職業の人たちが別の仕事へシフトする過渡期にいる」
そして、ロバーツ助教は、AIテクノロジーの最先端にいる起業家や研究者たちに対しては「コミュニティーの外に目を向け、社会が本当に何を必要としているのか、きちんと把握して開発に臨むことが大事だ」と、視野を広げ、社会との接点をしっかり考えることの重要性を説きました。

アメリカのMIT・マサチューセッツ工科大学の経済学者、デビッド・オーター教授などの研究によると、2018年の仕事の6割以上は1940年には存在していなかったといいます。この間の雇用の増加の背景には、技術革新があるというわけです。

取材を通じ、AIを脅威ととらえるのか、それともチャンスにできるのかは、結局、私たち次第なのだと感じます。

AIの可能性と危険性の両方をきちんと把握し、どう活用していくべきなのか、それは自分にとってどのような存在なのか。最新のテクノロジーは、働くすべての人にこの問いを投げかけています。
ロサンゼルス支局記者
山田奈々
2009年入局
長崎局 経済部 国際部などを経て現所属
テックと環境に関心
ロサンゼルスで最新トレンドを取材