ウクライナの農産物輸出 ドナウ川を代替ルートに 態勢整備急ぐ

ロシアがウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意の履行を停止したことを受けて、代替ルートとしてドナウ川の利用が注目されています。ルーマニア政府は輸送量の増加に向けて、船舶の安全運航のための態勢整備を急いでいます。

ことし7月、ロシアがウクライナ産農産物の輸出をめぐる合意の履行を停止したことで、黒海沿岸にあるウクライナの港からの輸出が危ぶまれ、世界的な供給や価格への影響が懸念されています。

こうした中、代替ルートとして、ウクライナとルーマニアを隔てるドナウ川沿いの港から黒海に抜けるルートを利用する船が増えています。

このうち、ルーマニアのガラツィの港は、旧ソビエトとの貿易拠点だったため、ヨーロッパでは珍しくウクライナと同じ幅の線路が残っていて、先月下旬、ウクライナから食用油の原料などとなる菜種を積んだ貨物列車が到着し、積み降ろし作業が行われていました。

ドナウ川の航行を管理するルーマニア政府の担当者は「世界が必要とするウクライナの穀物を運び出す必要がある」として、輸送量を増加させたいとしています。

しかし、課題は少なくありません。

その1つが、港から黒海へつながるスリナ運河を安全に航行するため船に乗せる水先案内人の不足です。

水先案内人の1人は「船は以前の3倍に増えた。1日12時間から14時間も働いていて本当につらい」と話していました。

ルーマニア政府は退職者にも声をかけるなどして水先案内人の数を侵攻前の3倍程度まで増やすことを目指しているほか、新たに運河などにおよそ190のブイを設置して夜間の航行を解禁する計画です。

政府の担当者は、こうした取り組みによって1か月に航行できる船の数を現在のおよそ300隻から600隻に増やし、1か月300万トンの穀物などの輸送が可能になるとの見通しを示しています。

ただ、輸出業者の間では、ドナウ川を通じた輸出は、ウクライナ産農産物の主要ルートの黒海に面した港からの輸出を完全に補完することは難しいとの見方もあるほか、ロシアはドナウ川沿いのウクライナの港に攻撃を加え、妨害する動きを見せています。

こうしたことから、4日に行われるロシアとトルコの首脳会談でウクライナ産農産物の輸出をめぐる前進がみられるかに注目が集まっています。

ウクライナ産農産物の輸出ルートめぐる経緯

ウクライナは世界有数の穀物の輸出国で、FAO=国連食糧農業機関によりますと、侵攻前のおととし、トウモロコシの輸出量は世界第3位、小麦は世界第5位で、大半が南部オデーサなど黒海に面する港から船でアフリカなどへ運ばれていました。

この輸出ルートを確保するため、去年7月、ウクライナとロシア、それに仲介役のトルコと国連は、ウクライナ南部の3つの港から農産物を輸出する船舶を安全に航行させることなどで合意しました。

しかし、ロシアはことし7月、農産物の輸出をめぐる合意の履行停止を発表し、黒海沿岸のウクライナの港からの輸出が危ぶまれる事態となりました。

こうした中、代替ルートとして注目が集まっているのが、ウクライナとルーマニアを隔てるドナウ川を使うルートです。

ドナウ川沿いのルーマニアのガラツィやウクライナのレニの港などまで陸路で運んだ穀物を船に載せ、長さ60キロ余りのスリナ運河を通って黒海に出て、アフリカなどを目指すことができます。

ウクライナから貨物列車やトラックでポーランドなどの隣国を通りヨーロッパの港から出すルートに比べ、一度に運ぶことのできる量が多く、輸送コストを抑えられるのが利点です。

船の位置情報を公開している「マリントラフィック」では、黒海のウクライナの沖合には船がほとんど見当たらない一方、ドナウ川沿いの港の周辺には穀物の積み込みを待つ船が密集し、沖合にも多くの船が停泊している様子が確認できます。

隣国の市場にウクライナ産穀物流入で打撃

ウクライナ産農産物をめぐっては、アフリカなどへ輸出されるはずの穀物の一部が、経由地のルーマニアやポーランドなど隣国の市場に流入して、価格が低下し、地元農家が打撃を受けています。

ウクライナ産の穀物がEU=ヨーロッパ連合の域内で生産されるものより安いことなどから、業者がウクライナから輸出のためにルーマニアなどへ運び出された穀物を売りさばいたのです。

ルーマニアの農業生産者協会のリリアナ・ピロン事務局長は、これまで数百万トンの穀物が流入して、小麦などの価格が大幅に低下し、農家の収入が減っていると説明し、「ウクライナの人々の苦境は理解し連帯しているが、地元農家への影響が無視されるべきではない」と訴えています。

ピロン事務局長は、ドナウ川が代替の輸出ルートとして期待される中、ウクライナ産の穀物の流入が増え、問題がさらに深刻化する懸念があると説明し、税関などで監視の徹底が不可欠だと指摘します。

そのうえで「事態が改善されることを望む」と述べ、ロシアが履行を停止したウクライナ産農産物の輸出をめぐる合意が再び動き出すことに期待を示しました。

専門家“合意の履行再開不可欠も長続きする保証ない”

ウクライナ産農産物の輸出などに詳しい国際海運会議所のジョン・ストウパート上級マネージャーは、ドナウ川の利用について「使えるルートではあるものの、オデーサの港などに比べ、小さい船しか利用できないため、輸出能力が低下することが問題だ」と述べ黒海に面したウクライナの港からの輸出を完全に補完することは難しいと指摘しました。

その上で、「ウクライナ産農産物の輸出を巡る合意が履行されている間はウクライナの輸出能力が侵攻前のレベルに戻っていた。合意の履行が再開されることが不可欠だ」と述べました。

一方で、「もし合意の履行が再開されたとしても、それが長続きするという保証はない。このため、ドナウ川ルートは代替ルートとして残るだろうし、強化されることになるだろう」と述べ、ウクライナ産農産物の輸出にとってドナウ川の利用の重要性は今後も変わらないとの見通しを示しました。