いままでにない?新水族館の舞台裏

「この子たちずっと脇役だったんですよ」
ことし7月、札幌市中心部にオープンした新たな水族館。ヘコアユやコケギンポ…
この水族館にいるほとんどが、これまで「脇役」だった生き物たちだ。
「脇役」が「主役」として、訪れた人の熱い視線を浴びている。
なぜ「脇役」なのか?
私たちは開業までの100日に密着。
見えてきたのは、小さな命を大切にするからこそ、引き出せる魅力があるということだった。
(札幌放送局 記者 黒瀬総一郎・ディレクター 柴淳一)
ことし7月、札幌市中心部にオープンした新たな水族館。ヘコアユやコケギンポ…
この水族館にいるほとんどが、これまで「脇役」だった生き物たちだ。
「脇役」が「主役」として、訪れた人の熱い視線を浴びている。
なぜ「脇役」なのか?
私たちは開業までの100日に密着。
見えてきたのは、小さな命を大切にするからこそ、引き出せる魅力があるということだった。
(札幌放送局 記者 黒瀬総一郎・ディレクター 柴淳一)
脇役ばかりの不思議な水族館
ことし7月20日にオープンした、新たな水族館「AOAO SAPPORO」。
札幌市中心部で進む再開発の象徴的な存在として、新設の商業施設の中に作られた。
展示されている生き物は250種4000匹。
館内には、不思議な雰囲気が漂う空間がある。
札幌市中心部で進む再開発の象徴的な存在として、新設の商業施設の中に作られた。
展示されている生き物は250種4000匹。
館内には、不思議な雰囲気が漂う空間がある。
多種多様な生き物がいるメインの展示室「ライブラリーアクアリウム」だ。
展示されているのは、これまでの水族館では脇役だった生き物ばかり。
展示されているのは、これまでの水族館では脇役だった生き物ばかり。

例えば、頭を下に向けて泳ぐ「ヘコアユ」。
全国の水族館で展示されているが、ほかの生き物の引き立て役だったため、存在に気付かれないことも多い。
ここでは、主役として、700匹を展示している。
全国の水族館で展示されているが、ほかの生き物の引き立て役だったため、存在に気付かれないことも多い。
ここでは、主役として、700匹を展示している。

また、アニメで有名な魚の脇役だったイソギンチャクも。
ついつい中を探してしまうがあのカラフルな魚はいない。
主役はイソギンチャクだ。
よく見ると、イソギンチャクの本体はエリンギのような形をしていることに気付く。
ここでは、脇役が主役なのだ。
ついつい中を探してしまうがあのカラフルな魚はいない。
主役はイソギンチャクだ。
よく見ると、イソギンチャクの本体はエリンギのような形をしていることに気付く。
ここでは、脇役が主役なのだ。
“脇役“への思い
なぜ脇役を主役にするのか。
きっかけは、館長の山内將生さんのある思いにあった。
元金融マンの山内さん。
11年前に開業した東京のすみだ水族館のプロジェクトに関わったことで、魚の魅力にのめり込んだ。
きっかけは、館長の山内將生さんのある思いにあった。
元金融マンの山内さん。
11年前に開業した東京のすみだ水族館のプロジェクトに関わったことで、魚の魅力にのめり込んだ。

特に興味を持ったのが「チンアナゴ」だ。
それまで他の魚の引き立て役だったが、あえてメインで展示したところ、大きな反響を呼んだ。
群れでゆらゆらと体を揺らすユニークさをイベントで伝えたり、世界初となる産卵シーンの撮影に取り組んだりする中で、人気が出てきたという。
脇役の魅力を丁寧に伝えることに水族館の新たな可能性を感じたのだ。
それまで他の魚の引き立て役だったが、あえてメインで展示したところ、大きな反響を呼んだ。
群れでゆらゆらと体を揺らすユニークさをイベントで伝えたり、世界初となる産卵シーンの撮影に取り組んだりする中で、人気が出てきたという。
脇役の魅力を丁寧に伝えることに水族館の新たな可能性を感じたのだ。

AOAO SAPPORO館長 山内將生さん
「有名な魚や定番の魚ばかりでは興味が広がらない気がする。脇役は見過ごされがちだが、主役が生きるためには脇役がいないと環境が成り立たないことがある。海とか川は、もっと多様でよく分からないものだと思うので、固定化されていることをちょっと覆したときに、興味が持てる人が増えるのではないか」
「有名な魚や定番の魚ばかりでは興味が広がらない気がする。脇役は見過ごされがちだが、主役が生きるためには脇役がいないと環境が成り立たないことがある。海とか川は、もっと多様でよく分からないものだと思うので、固定化されていることをちょっと覆したときに、興味が持てる人が増えるのではないか」
脇役は、水族館を訪れる客の多くが「見たことがない」と感じる生き物ばかりだ。

先入観を持たずに、じっくりと観察してもらうことで、発見や驚きをもたらし、自然への興味が広がるきっかけとなるかもしれない。
いっぽう、飼育員にとって脇役は、主役と区別なく愛情を注いできた存在だ。
いっぽう、飼育員にとって脇役は、主役と区別なく愛情を注いできた存在だ。

飼育を通じて蓄積されたノウハウを引き出せば、魅力的な展示につながる可能性がある。
「脇役」を「主役」へ。
国内外の水族館立ち上げに関わってきた山内さんは、札幌を新たな挑戦の場に選び、移住。
山内さんを慕う元同僚たちも移住し、新たなプロジェクトに加わった。
生き物の飼育は、業務提携を結んだ、小樽市にあるおたる水族館に担ってもらうことになった。
50年の伝統を持つ水族館から、ベテランや若手の飼育員12人がやってきた。
「脇役」を「主役」へ。
国内外の水族館立ち上げに関わってきた山内さんは、札幌を新たな挑戦の場に選び、移住。
山内さんを慕う元同僚たちも移住し、新たなプロジェクトに加わった。
生き物の飼育は、業務提携を結んだ、小樽市にあるおたる水族館に担ってもらうことになった。
50年の伝統を持つ水族館から、ベテランや若手の飼育員12人がやってきた。
「脇役」の魅力を引き出す展示とは!?
脇役だった生き物の特徴を引き出すため、もっともこだわったのは、水槽作りだ。
オープンまで2か月余り。
生き物をどう展示するか、話し合いが始まっていた。
オープンまで2か月余り。
生き物をどう展示するか、話し合いが始まっていた。
山内さん
「自然を再現するのではなくて、隠れているとか巻き付いているとか、機能を上手に引き出すようなところを表現できればいいな」
「自然を再現するのではなくて、隠れているとか巻き付いているとか、機能を上手に引き出すようなところを表現できればいいな」
山内さんが伝えたこの発想は、いままでの常識とは大きく異なるものだった。
通常、水族館は、複数の種類の生き物と石や木などを水槽に入れ、生息環境を再現することがほとんどだ。
一方、山内さんが目指したのは「1つの水槽に1種類」。
しかも、レイアウトは「極力シンプル」に。
通常、水族館は、複数の種類の生き物と石や木などを水槽に入れ、生息環境を再現することがほとんどだ。
一方、山内さんが目指したのは「1つの水槽に1種類」。
しかも、レイアウトは「極力シンプル」に。
飼育リーダーの三宅教平さんは、おたる水族館とのギャップに頭を悩ませていた。

飼育リーダー 三宅教平さん
「都市型の水族館はデザイン面もこだわったほうがいいというのはごもっともだし、おたる水族館の視点にはなかった。生き物を優先して展示を考えてきたので難しい」
「都市型の水族館はデザイン面もこだわったほうがいいというのはごもっともだし、おたる水族館の視点にはなかった。生き物を優先して展示を考えてきたので難しい」
数日後、飼育員たちの作った展示を山内さんと検討した。
ユニークな表情が特徴の「ワヌケモンガラドオシ」の水槽の前で山内さんの足が止まった。

山内さん「岩が大きすぎて岩の展示になってしまっていませんか?」

たしかに、生き物よりも岩が目立っていた。
さらに「シマウミヘビ」の水槽では、暮らしやすいようにと敷いた砂に潜って、体が全く見えなくなっていた。

山内さん
「見えないのは厳しい。ただ、生き物はそうしたいわけだから、その気持ちを利用してお客様に見えるようにしないとおもしろくない。まだ飼う側の意見で話をしているので、見る側の意見を入れていく必要がある」
「見えないのは厳しい。ただ、生き物はそうしたいわけだから、その気持ちを利用してお客様に見えるようにしないとおもしろくない。まだ飼う側の意見で話をしているので、見る側の意見を入れていく必要がある」

早速シマウミヘビの水槽では砂を減らし、魚の姿は見えるようになったものの、飼育員たちは、生き物に負担をかけないか、戸惑っていた。
飼育員 楊彩嘉さん
「私たちが大変な分には全く問題ないが、環境が変わるのは、動物たちの負担を考えると心配だ」
「私たちが大変な分には全く問題ないが、環境が変わるのは、動物たちの負担を考えると心配だ」
一方で、飼育員の経験がない山内さんも悩んでいた。
「飼育員的にはおもしろいの?おもしろくないの?」
水槽の前で飼育員に問いかけていた。
飼育員しか知らない生き物の魅力があるはずなのに、それを引き出せないことに、もどかしさを感じていたのだ。
飼育員しか知らない生き物の魅力があるはずなのに、それを引き出せないことに、もどかしさを感じていたのだ。
脇役はスタッフが捕獲することも
こうした中、脇役たちをスタッフみずから捕獲することもあった。

札幌市の住宅街を流れる川では、許可を得て魚を採集した。
取れたのは国内では北海道だけに生息するドジョウの仲間「フクドジョウ」や、「シマウキゴリ」など、身近にいながら見過ごされてきた生き物たちだ。
このうち3種類を展示に加えた。
取れたのは国内では北海道だけに生息するドジョウの仲間「フクドジョウ」や、「シマウキゴリ」など、身近にいながら見過ごされてきた生き物たちだ。
このうち3種類を展示に加えた。

小さな命と向き合いながら
オープンまで1か月を切った6月下旬の朝、館内は緊張感に包まれていた。
チンアナゴたちの体調が急変し、飼育員たちが必死の救助を行っていたのだ。
チンアナゴたちの体調が急変し、飼育員たちが必死の救助を行っていたのだ。

原因は水槽の水質の急激な悪化。
中には命を落としたチンアナゴもいたことが分かった。
展示室の奥で山内さんや飼育員たちが車座になって話し合っているのが見えた。
中には命を落としたチンアナゴもいたことが分かった。
展示室の奥で山内さんや飼育員たちが車座になって話し合っているのが見えた。

三宅さんは、声を振り絞って取材に応じた。
「ただただ、生き物に申し訳ない。本当に申し訳ない」
山内さんの気持ちにも変化が。
「何をしているんですかね、水族館って。生物の魅力を伝えると言うが、本当にその子たちが生きているということを考えて日々接してきたか。僕は直接世話しない係で飼育員に生き物の健康状態を聞くことはあったが、本当の意味で話したのかなと。もっと話そうと思った」
少しのことで失われてしまう小さな命。

その一つ一つと向き合いながら、どう魅力を伝えていくのか。
山内さんと飼育員たちとの間で、盛んに意見が交わされるようになった。
山内さんと飼育員たちとの間で、盛んに意見が交わされるようになった。
山内さん
「なんか世話しづらいとか、生物の行き場がないとかある?」
飼育員 山田汐音さん
「ボロカサゴは狭そう。コケギンポは逆に岩が隠れがになっていて、いいと思う」
山内さん
「ミズヘビの水槽は照明が暗いけどしかたない?」
飼育員 楊さん
「明るくてもいいが、水は弱酸性にしないと皮膚のトラブルを起こしやすい」
「なんか世話しづらいとか、生物の行き場がないとかある?」
飼育員 山田汐音さん
「ボロカサゴは狭そう。コケギンポは逆に岩が隠れがになっていて、いいと思う」
山内さん
「ミズヘビの水槽は照明が暗いけどしかたない?」
飼育員 楊さん
「明るくてもいいが、水は弱酸性にしないと皮膚のトラブルを起こしやすい」
山内さん
「最低限の見比べやすさはほしいけど、いわゆるビジュアルデザインみたいなことで魚とか展示物を苦しめるっていうのは話が全然違うだろうから」
「最低限の見比べやすさはほしいけど、いわゆるビジュアルデザインみたいなことで魚とか展示物を苦しめるっていうのは話が全然違うだろうから」
飼育員たちもみずから動いていた。
岩の穴をすみかにする「コケギンポ」の水槽には、大きな岩が入っていたが、魚が小さいため、見つけ出すのが大変だった。
飼育員の山田さんは、魚が安心して暮らせることを重視しつつ、穴から顔をのぞかせる本来の魅力を引き出そうと、小さくても穴の多い岩を選ぶようにした。
岩の穴をすみかにする「コケギンポ」の水槽には、大きな岩が入っていたが、魚が小さいため、見つけ出すのが大変だった。
飼育員の山田さんは、魚が安心して暮らせることを重視しつつ、穴から顔をのぞかせる本来の魅力を引き出そうと、小さくても穴の多い岩を選ぶようにした。

岩をハンマーでたたき割って水槽に入れたところ、ものの数秒で、コケギンポたちが一斉に穴に身を隠すのが見えた。

また、木の葉に似た形の「リーフフィッシュ」は、枝と組み合わせることで、魅力を引き出せると考えた。
飼育員の楊さんは、流木の枝を水槽の上から垂らすことを提案。
飼育員の楊さんは、流木の枝を水槽の上から垂らすことを提案。

魚が動くスペースを奪ってストレスにならないよう、枝の数や位置を何度も調整した。
命を大切にするからこそ、引き出せる魅力がある。
その思いが、形になってきた。
山内さんがコケギンポの水槽に駆け寄った。
「探す感じが一気に増えたね」と話すと、担当した山田さんから笑みがこぼれた。
そして、その頃、大切に育ててきたヘコアユは、想像しなかった景色を見せるようになっていた。
命を大切にするからこそ、引き出せる魅力がある。
その思いが、形になってきた。
山内さんがコケギンポの水槽に駆け寄った。
「探す感じが一気に増えたね」と話すと、担当した山田さんから笑みがこぼれた。
そして、その頃、大切に育ててきたヘコアユは、想像しなかった景色を見せるようになっていた。

エサやりや掃除の方法を改善し続けた結果、上下に漂うだけでなく、人の姿を追うように、群れで横泳ぎをするようになったのだ。
飼育リーダー 三宅さん
「見たことのない動きだ。飼育の原点を徹底したことで生き物が能力を見せてくれた」
「見たことのない動きだ。飼育の原点を徹底したことで生き物が能力を見せてくれた」
そして、オープンの2日前に展示が完成。
山内さんは飼育員たちと完成を祝った。
山内さんは飼育員たちと完成を祝った。
脇役が主役になった日
迎えたオープンの日。
至る所に水槽を食い入るように見る人たちの姿があった。
至る所に水槽を食い入るように見る人たちの姿があった。

ヘコアユの水槽では、アクリル越しに女の子が「ワオ」と口を大きく開く様子が見えた。

コケギンポの水槽では、若いカップルが岩の穴から顔をのぞかせる姿を発見していた。
飼育リーダー 三宅さん
「お客さんにはどういう人がどう頑張ったかが伝わらなくても、出来上がったものを見て笑顔が出ていて、すごくうれしく思っている」
「お客さんにはどういう人がどう頑張ったかが伝わらなくても、出来上がったものを見て笑顔が出ていて、すごくうれしく思っている」
山内さん
「ここにいる生き物は脇役だったはずだけど、魅力があると思ってやってみて、お客さんがその存在に気付いているのでうれしい。よかった」
「ここにいる生き物は脇役だったはずだけど、魅力があると思ってやってみて、お客さんがその存在に気付いているのでうれしい。よかった」
脇役だった生き物でも、よく観察すれば魅力に満ちあふれていて、主役になれる。
100日の密着で見えてきたのは、小さな命を大切にするからこそ、引き出せる魅力があるということだった。
100日の密着で見えてきたのは、小さな命を大切にするからこそ、引き出せる魅力があるということだった。

そして、生き物は実に多様だという事実を「脇役」たちが教えてくれた。
山内さんは、客が水槽の中をじっくりと観察する姿を見ながら、目を輝かせていた。
山内さんは、客が水槽の中をじっくりと観察する姿を見ながら、目を輝かせていた。
山内さん
「生き物たちが、命が通っているというなまなましさを感じることは、SNSなどで得られる情報とは違う体験になっていると思う。水族館は何か分かっていることを展示するのではなくて、先につながるようなヒントをお客さんに提供していく場でありたいと思うので、さらなる展示に挑みたい」
「生き物たちが、命が通っているというなまなましさを感じることは、SNSなどで得られる情報とは違う体験になっていると思う。水族館は何か分かっていることを展示するのではなくて、先につながるようなヒントをお客さんに提供していく場でありたいと思うので、さらなる展示に挑みたい」

札幌放送局
記者 黒瀬総一郎
2007年入局 岡山局、福岡局、科学文化部を経て札幌局へ
自然環境やIT分野などを取材
日本産淡水魚が好き
記者 黒瀬総一郎
2007年入局 岡山局、福岡局、科学文化部を経て札幌局へ
自然環境やIT分野などを取材
日本産淡水魚が好き

札幌放送局
ディレクター 柴淳一
2009年入局 金沢局、社会番組部を経て札幌局へ
趣味はダイビングでハゼが好き
ディレクター 柴淳一
2009年入局 金沢局、社会番組部を経て札幌局へ
趣味はダイビングでハゼが好き