自社株買い活発に 企業に求められるものは【経済コラム】

企業が「自社株買い」を行うと株価の上昇につながる。最近こんな話をよく耳にします。ことし3月、東証が市場での評価が低い企業に改善を求めたことで、自社株買いの動きが一段と活発になっていますが、その効果をめぐっては懐疑的な見方もあります。市場での評価を高めようと本格的に動き出した日本企業。いま何が求められているのでしょうか。

(経済部記者 坪井宏彰)

PBR改善策 1倍以上の企業で開示進まず

東京証券取引所はことし3月下旬、市場での評価が低い企業に改善を促すため、株価上昇につながる具体策を作り、改善策を株主に開示するよう求めました。

その目安としている指標が、1株あたりの純資産に対して株価が何倍かをあらわすPBR=株価純資産倍率です。

東証の最上位のプライム市場とスタンダード市場に上場しているおよそ3300社のうち、PBRが1倍を下回る企業が半数以上を占め(3月末時点)、欧米と比べて「低PBR」企業が突出して多い市場となっています。

8月29日、東証は上場企業のコーポレート・ガバナンス報告書や中期経営計画などに記載されている開示状況を公表。(3月期決算企業が対象 7月14日時点)

成長投資や株主還元の強化、事業ポートフォリオの見直しなど、PBRの改善に向けた取り組みを開示したのは、「検討中」という内容を含め、プライム市場に上場している企業の31%、スタンダード市場では14%でした。

PBRの水準別に見た開示率は以下のとおりです。

・0.5倍未満 46%
・0.5倍から1倍 36%
・1倍から2倍 23%
・2倍以上 19%

PBRが高い企業で相対的に開示が少なくなっていて、PBRが1倍を超えていればいいという誤解が企業の間で生じているのではないかという指摘が出ています。

みずほ証券 菊池正俊チーフ株式ストラテジスト
「東証の要請の伝わり方に問題があり、すでにPBR1倍以上の会社ではどこか他人事という雰囲気がある。PBRが高い企業は時価総額が大きい企業が多く、市場全体の底上げのためにもこうした企業でのさらなる取り組みが求められる」

株主還元策相次ぐ

東証の要請も背景となり、企業の間では自社株買いの動きが活発になっています。

東海東京調査センターによりますと、ことし4月から8月28日までに発表された自社株買いの総額は5兆3494億円と、年度を通して過去最大となった去年の同じ時期(4月~8月末 5兆6470億円)に次ぐ高い水準となっています。

企業が自社の株式を市場から買い戻す自社株買いは、買った株式を「消却」、つまり消滅して無効にすると、企業が発行した株式の総数が減ります。

この結果、1株あたりの価値が高くなると考えられるため、配当金を増やす「増配」と合わせて投資家からは株主還元策の1つと受け止められます。

自社株買いは市場で好感され、株価の上昇につながるケースが多く、PBRの計算式の分子である株価の上昇によりPBRの改善にもつながることから、PBRが1倍を超えるまで自己株式の取得を続けるとまで発表する企業も出ています。

還元策、まだ不十分?

実際、自社株買いを発表した企業の株価は上昇につながっているのでしょうか。

ことし4月以降、10億円以上の自社株買いを発表した企業の株価の推移をグラフ化したデータを見てみます。

確かに株価は上昇していますが、PBR1倍割れ(109社)と1倍以上の企業(104社)に分けてみると、6月以降、1倍割れの企業で上昇が続く一方で、1倍以上の企業では上昇率が鈍くなっています。

市場関係者は、もともとPBRが低い銘柄の方が投資家からみると割安感があり、東証の要請を踏まえた企業の変化に、より期待が集まっている結果ではないかと分析しています。

その一方で自社株買いをはじめとする還元策はまだまだ不十分だと指摘しています。

東海東京調査センター 仙石誠シニアエクイティマーケットアナリスト
「PBRが低迷する根本的な要因は企業が内部留保をため込みすぎていることだ。本来もっと還元すべき企業が還元してこなかった。有効に活用できない内部留保を積み上げるぜひを企業は考えるべきで、成長戦略をしっかり描くことは大事だが、還元策として自社株買いを増やす動きはもっとあってよい。中間決算など今後の動向に注目している」

自社株買い、PBRに逆効果も?

一方、自社株買いはPBRの改善に結びつかないという指摘もあります。

PBRは時価総額を純資産で割って算出されます。

自社株買いを単なる余剰現金の社外流出だととらえ、株価の変動がないケースを考えると時価総額と純資産がそれぞれ自社株買いの金額分だけ減少し、PBRが1倍割れの企業では、PBRが低下することもあるといいます。

こう主張するのは、企業のM&Aを支援するコンサルティング会社の幹部。

短期的な需給のひっ迫や企業の姿勢への好感などから株価が上昇する可能性を排除しているため、現実には違った反応が見られることが多いとした上で、自社株買いをすればPBRが改善すると思い込み、これを株主対策の手段として捉える向きに疑問を投げかけています。

マクサス・コーポレートアドバイザリー 渡邉康之マネージングディレクター
「小手先の自社株買いなど株主還元策だけを打ち出して1倍割れを脱していくというのは、ファイナンスの理論としては効果に疑問符がつく。自己資本をためすぎている企業が還元の一環として行う自社株取得はあってもいいが、稼げるビジネス、新規事業の創出で将来的な利益成長に取り組むことこそが重要だ」

また、別の市場関係者からは、「還元策を優先するあまり、成長に必要な事業に資金を回せない事態となれば、逆に企業価値を毀損するおそれもある」という懸念の声も聞かれます。

東証の要請 真意は

自社株買いの是非をめぐる見方は分かれていますが、日本取引所グループの山道CEOは手元資金が十分にありながら、設備投資などに使う予定がない場合に、株主への還元策として自社株買いを行うことは1つの方法だとした上で、「今回の要請は自社株買いなど一過性の対応を期待するものではなく、持続的な成長を実現するための取り組みを期待するものだ」と記者会見などで繰り返し述べています。

短期的な取り組みだけに目先を奪われず、持続的な成長に向けた戦略をどう描いていくのか、日本企業の底力が問われています。

注目予定

アメリカでは金融政策を決める連邦公開市場委員会(FOMC)が9月下旬に開かれるのを前に、その判断材料の1つとなる地区連銀経済報告(ベージュブック)が7日、公表されます。

経済の減速が懸念される中国では7日に8月の貿易収支が発表されます。

7月は輸出が14.5%と大幅なマイナスとなり、輸出の減少が続くかが焦点です。

日本の景気動向指数や景気ウォッチャー調査など国内の景気の先行きを占う指標の発表にも注目です。