「人生は敗者復活戦」仙台育英 須江監督

「人生は敗者復活戦」仙台育英 須江監督
高校時代はレギュラーではなかった。大学時代もレギュラーとして試合に出ることはなかった。でも、野球を続け、社会人になってからも深く関わっている。やがて、日本一の指導者になるが……。

「人生は敗者復活戦。いつも、負けてから始まる」

この監督の言動は、うまくいかない時こそ、成長できるチャンスと気付かせてくれる。

(仙台放送局 記者 小舟祐輔)

勝ち続ける難しさ

仙台育英高校 硬式野球部は、2年連続で夏の甲子園決勝の舞台に立っていた。

指揮官の須江航監督(40)は試合前、この状況を報道各社の取材に対し「奇跡」という言葉を何度も使って表現した。
それぞれのチームのレベルはあるにしろ、この夏、全国の3486チームが頂点を目指して戦った。そして、最後まで一度も負けないチームを決める試合、それが夏の甲子園の決勝だ。2年連続の決勝進出となると、確かに須江のいうように奇跡かもしれない。
仙台育英は去年、夏の甲子園で初優勝を果たした。その夜、須江は新チームのメンバーに話をした。
「そんな甘くないんですよ。歴史はそれを教えてくれているっていう話をしました。甲子園の歴史が。前年度優勝校の連覇なんて何回あるのっていう話をして、それだけ確率の低いことをやるって伝えました」
中学野球の指導から始めた須江は、勝ち続けることの難しさを知っている。

いや、指導者になってからではない。須江はそれ以前から勝つことの難しさに直面してきた。

選手ではなかった野球人生

須江自身も、仙台育英の硬式野球部員だった。

中学まで埼玉で野球をして、仙台の強豪高校に進んだ。
甲子園の常連だった仙台育英には多くの部員がいた。

背番号をつけて試合に出られる選手は限られ、多くの部員がスタンドで応援していた。須江も背番号をもらえる選手ではなかった。

高校に入学して1年半。高校野球の選手としてのキャリアを終える決断をした。学生コーチとしてチームを支える側に回った。

その後、大学でも野球部に入ったがプレイヤーではなかった。
「(高校で)学生コーチになった理由は、野球が下手だったからです。絶対にレギュラーやベンチ入りできない部員の中から推薦されてなったんです。その学生コーチの時からですかね。『補欠魂』じゃないですけど、負けを自分のきっかけにしようと思いました」

負けた後どうするか

高校時代のこの経験が、指導の原点だと須江は振り返る。

「人生は敗者復活戦だ」と選手に言い続けてきた。負けて、失敗して、それで終わりではない。その後どうするかを考えればいい。
「なにか失敗したり、理想がだめだったりした時、人生が好転しはじめるんです」

いつも負けてから

夏の甲子園の連覇を目指してスタートしたチームもこの1年、ポイント、ポイントで試合に負けた。

去年秋の県大会は決勝で東北高校に、11月の明治神宮大会では大阪桐蔭高校に敗れた。

ことし春のセンバツでは兵庫の報徳学園にサヨナラ負けを喫した。6月の東北大会では、青森の八戸学院光星高校に1点差で負けた。
負けるたびに選手たちは歯を食いしばって練習した。

打撃が弱いと反省してからは、全国レベルの速球に打ち負けないように、より近くにピッチングマシンを置く工夫をした。多いときには一日1000回、バットを振り込んだ。
須江は勝ち切る強さを求めた時には、時代に合わないと感じながらも、根性や忍耐力、数をこなすことが正義だと思って、練習に取り組ませることもあった。
「いつも負けがきっかけで、やるしかないという雰囲気がチームに芽生えるんですよね。四の五の言わずに、やるしかないという雰囲気が。僕は負けることでしか学べない、勝っているときには学べないと思っているので、いつもそこから始まるんです」

思い通りいかなかった決勝

決勝は主導権を握りたかったと話していたが、序盤から慶応高校に押された。

先頭バッターにホームランを打たれ、中盤には2アウトから連続ヒットで失点、ミスも重なってリードを広げられた。攻守でうまくいかず、理想の試合展開ではなかった。終わってみれば2対8と完敗だった。

須江の言うとおり、連覇はそんなに甘くなかった。
それでも、負けから学んで強化してきた打撃は甲子園で結果を残した。6試合を戦って、チームの打撃成績はホームラン5本、二塁打16本を含む66安打、44打点。これまで取り組んだことの集大成となった大会だった。
「負けたのが慶応さんでよかった。取り組みも秀逸で、選手の技術もフィジカルもある。楽しむために一生懸命やるというエンジョイベースボールっていうのが神髄だと思う。現代野球に必要な要素。不思議ですね。もっと悲しいと思ったんですが、慶応さんを心からたたえたい。これが本心です」
インタビューを受ける須江は、決して強がりで言っている顔ではなかった。

勝者に拍手 “グッドルーザー”

慶応の選手がインタビューを受けている時、須江は仙台育英の選手を誇らしく思った。選手たちは相手の言葉に耳を傾けて一生懸命拍手を送っていた。

負けたときこそ人間の価値が出る。須江が大切に教え続けていることだ。
“グッドルーザー(良き敗者)”であれと。県大会の初戦の前日に(選手たちに)言いました。どこで負けるかわからないから、負けたときに全力で相手に拍手を送って欲しいと。誇らしかった。これが伝統になって、いつか真の王者になれる日が来たらいいなと思う」

“人生は長い” だから…

須江は座右の銘を「人生は敗者復活戦だ」と言っている。負けて、失敗して、それで終わりではなく、その後どうするかを考えなければいけない。そしてチームも代々、その言葉を大切に、負けても前を向いてきた。
「人生は勝てることなんてほとんどなくて、だいたい負けです。野球を続ける子も続けない子も、それぞれの人生が続いていきます。この負けを敗者復活戦のエネルギーにして、人生に臨んでほしい」
決勝で負けた日の夜、須江が宿舎で3年生に伝えた言葉だ。

野球だけで生活していける人はほんの一握り。長い人生を考えたときに、ベンチ入りのメンバーもスタンドで応援したメンバーも敗者復活戦はこれから始まる。そのゴールは、まだまだ先にある。

最後に須江らしい言葉で、この夏の大会を締めくくった。
「控え選手がいたからここまで来られました。日の当たるところでやってきた選手の陰には、一度もベンチに入れなかったり、サポートに回り続けた選手がいる。控えの選手が決勝の日の朝、みんなでメッセージをくれたんです。『日本一になろう』と。日本一のメンバーにしてあげられなかったことは申し訳ない。それはちゃんと伝えたいです。補欠出身の監督として」
仙台放送局 記者
小舟祐輔
2021年入局、宮城県警担当。
須江監督と同じ、さいたま市出身。仕事がうまくいかないたび、取材を通して聞いた監督の言葉が頭をよぎっている